第二話 永遠(とわ)の仕事
真っ黒ずくめのゴスロリファッションに身を固めた永遠叔父さんの後を付いていく僕。
そのファッションの特異性上故案の定周りの人々の目を引きジロジロと見られること見られること、申し訳ないけど少し離れて歩かせてもらおう。
「おいおいそんなに離れていたら話しが出来ないしはぐれたらどうするんだ?」
「は……はい」
やはりそれは許してもらえなかったか、仕方なく僕は叔父さんと横並びに歩く事にした。
さっき出掛けると言っていたけど一体どこへ行くのだろうか。
「こうして会うのは十年ぶりくらいかな久遠」
「そうだね……」
会話が続かない、いや話したい事、言いたい事、聞きたい事が山ほどあるはずなのに、嫌な事を聞いて機嫌を損ねたらどうしようとどうしても思ってしまう。
まずどうして永遠叔父さんは女性の様な容姿でしかもゴスロリドレスを着て歩いているのか、周囲の目が気にならないのか、会えなくなってからどうしていたのかとか話したい、しかしずっと会っていなかった人と話す事の何と難しい事か。
「憶えているかい? お前の母さんと私が大喧嘩してお互い会わない様になったのを……」
返事した切り無言が続くと叔父さんはそんな僕の気持ちを察してくれたのか自分から話を切り出してきた。
「うん、小さかったからよく憶えていないけどそうなったのは知ってる」
「実はお前の母さん、千歳姉さんと私は子供の頃からあまり仲が良くなくってね、よく姉さんとは喧嘩をしたものさ」
「……そうなんだ」
「子供心に姉さんに嫌われない様自分を抑えて暮らしてきたんだけどね、遂にあの日、とうとう抑圧されてきた気持ちが爆発してしまったのさ」
(僕と同じだ……)
僕の母さんは普段の物腰はとても優しいのだが一度怒りに火が着くと癇癪を起した様になりこちらの話しを聞かず自分が全て正しいかのように一方的に罵詈雑言で捲し立てるのだ。
こうなってしまうともう最後で怒りが収まるまで手が付けられず、例え怒りが収まったとしても一週間くらい口を利いてくれない事もあった。
なるほどそうか母さんの性格はそんな昔からなのか、叔父さんも被害者なんだな。
そんなこんなで話しながら歩いていると駅に着いた、叔父さんは僕の分の切符を買って渡してよこし自分は定期で改札を抜け二人で電車に乗った。
シートに空きがあったので二人並んで座った。
ここでもやはり叔父さんは目立っており僕らは衆人環視の憂き目にあう事になった。
それから叔父さんは無言だった、流石に電車内で込み入った会話をする事は出来ないか。
三駅ほど来た所で降車、電車に乗った時はまさか僕の家に連れ戻すんじゃないだろうかとも思ったけど方向が逆だし違った様だ。
母さんは今頃どうしているだろうか、
喧嘩して家から出るのは別に初めてではない、母さんに罵られて泣きながら外へ駆け出す程度だったが今回は違う、僕も言いたい事を母さんにぶつけた、実はこれは初めての事で母さんも珍しく動揺していたっけ。
「何してるの、行くよ」
「あ、はい」
ホームの雑踏の中、どうやら足が止まっていた様だ、小走りで叔父さんの元へと駆け寄る。
「一体どこへ行くの?」
「もう少しだよ、久遠、お腹空いてるよね?」
「うん」
「じゃあ丁度良い」
市街の中央道を歩き程なくしてシックで落ち着いた外装の店の前に着く。
「ここだよ」
「ここは……」
『カフェ スカーレット』と書かれた看板が掛かっている、喫茶店かな?
「さあ入るよ」
「待ってよ」
叔父さんに続いて僕も店内に入った。
「いらっしゃいませ! お嬢様! 坊ちゃま!」
店員の出迎えの声に一瞬ドキッとした、何だここは?
出迎えてくれた見ると店員はメイド服姿の女の子であった。
「あらトワ様、今日は正面からお入りなんですね、珍しい事」
金髪ツインテールのメイドが親し気に叔父さんに話し掛ける、って今叔父さんの事を『トワ様』って呼んだ?
「私の名前は永遠だろう? だから永遠と書いて『トワ』って呼ばれてるんだよ」
「へぇ、叔父さんはこの店の常連なんですね」
僕がそう言った瞬間、叔父さんの目の色が変わる、物凄く怒っている様な鋭い目付きだ。
僕、何か怒らせるようなこと言ったかな?
「トワ……外で私の事を呼ぶ時はトワまたはトワ様と呼んでね?」
今度は打って変わって満面の笑みを浮かべる。
「えっ、それは……」
「呼んでね?」
何か目には見えない圧力を感じる。
「はっ、はい! トワ様!」
「はい、宜しい」
怖えぇーーー、こう言う所やっぱり母さんと姉弟なんだと感じる、怒らせないようにしなければ。
「今日は客としてこちらから入ったのよ、この子にここで食事をさせたくってね」
「そうでしたか畏まりました、こちらへどうぞ!」
ツインテメイドに案内されてテーブル席に座る。
向かい側におじさ……もといトワ様も着席した。
「ここのお薦めはね、これよ」
トワ様がメニューを指さしたのはオムライスだ。
正式名称は長ったらしい上に口にするのも恥ずかしいのでじゃあそれとお願いしたのだが……。
「メイドの愛情いっぱいキュンキュンオムライスですね! 承りました!」
「ひぃっ!」
このツインテメイドめ、わざわざ大声で復唱しやがった、恥ずかしさのあまり僕は顔から火が出そうになった。
「大丈夫よ、この店の一番人気だしみんなこれ目当てで来店してるんだから」
トワ様がウインクしている。
あれ、そう言えばトワ様、この店に入ってから女言葉を使っているような気が……気のせいか?
「私は萌え萌えロイヤルミルクティーをアイスでお願い」
「畏まりました、少々お待ちくださいませ!」
そっちは復唱しないのかよ!
ツインテメイドは恭しくお辞儀をすると立ち去った。
「何です? その妙な名前のミルクティーは」
「ここはそういう店なのよ」
「そう言う店……」
僕が首を捻っているとさっきのメイドがお盆を持って戻ってきた、お盆には大きなオムライスが乗っている、早っ! もう出来たの?
「お待たせしました! メイドの愛情いっぱいキュンキュンオムライスです!」
又言った、もうやめてくれ~~~。
「それではケチャップで文字かイラストを描かせて頂きます、坊ちゃま、ご要望は御座いますか?」
「へっ?」
何で? 何でこんな事するの?
「サービスよサービス、思いつかないならお任せにしちゃいなさいな」
いつの間にか運ばれていたアイスミルクティーをストローで澄まし顔で飲みながらトワ様が言う。
「じゃあおまかせで……」
「はい! 畏まりました!」
ツインテメイドは慣れた手つきでケチャップチューブを巧みに操りどんどん赤い文字を書いていく、一体なんて書くつもりだろう?
「出来ました! さあ召し上がれ!」
優雅なポーズを決めるツインテメイド。
「………」
オムライスの黄色いキャンバスには『ラーメン』と書かれていた……どういう事?
「相変わらずね~あやめ」
「お褒めに預かり恐悦至極にございます!」
それに何なのそのやり取り、褒めてないでしょ、それに叔父さんも叔父さんだ、おっとトワ様ね。
何だってよりにもよってこんなおかしな店に入店するかな。
って今頃気付いた、ここは所謂メイド喫茶って奴だ。
メイド服を着たうら若き乙女が如何わしい(失礼)サービスを提供するっていうあのメイド喫茶だ。
実は僕はこの手の店に入った事が無いので気付くのが遅れてしまった、看板はお洒落な感じだったのでまんまと騙されたわけだ。
「何固まってるのよ、冷めるから早く食べちゃいなさいな」
「わっ、分かったよ」
スプーンの腹でラーメンの文字オムに満遍なく伸ばし端から一口分すくって口に運ぶ。
「うん、美味しいよ」
可もなく不可も無く普通に美味しいオムライスです。
お腹が空いていたのも手伝ってあれよあれよという間にオムライスは僕の胃の中に収まったのでした。
「食べ終わった久遠?」
「うん、ごちそうさまでした」
「そう、じゃあ次ね」
「?」
次? デザートでも食べさせてくれるのかな?
「あやめ! エリカ! ちょっとこっち来て頂戴!」
「はい! トワ様!」
「は~~~い、只今~~~」
さっきのツインテメイドともう一人は初めての子だな。
ふわっとした柔らかそうに膨らんだボリュームのあるショートヘア、そしてこちらもボリュームのある二つの胸の膨らみ。メイド服がはち切れそうだ。
「この子を着替えさせて頂戴、さっきメールした通り手筈は整っているわよね?」
「もちろん! お任せくださいトワ様!」
あやめと呼ばれたツインテメイドが自身満々に胸を叩く。
「はい~~~、可愛くしてあげるわね~~~」
おっとり系の巨乳メイドは背面から僕に抱き着くとベタベタと顔を撫で回し始めた、頭の両サイドが柔らかくも弾力のあるもので挟まれてしまった。
気のせいかこの子、顔が紅潮しているんだが?
あやめも加わり僕を二人掛かりで店の奥に連れて行こうとする。
「なっ!! どうなってるのこれ!? おじさ……トワ様助けて!!」
何かがおかしい、客であるトワ様がメイド店員を意のままに使える訳が無い、これは一体? それに着替えって?
「あら、言って無かったわね……私、この店のオーナーなのよ」
又してもウインクを決めるおじさんことトワ様。
一体僕はどうなってしまうんだ?