プロローグ メイド喫茶 スカーレットへようこそ!
「お帰りなさいませご主人様!」
僕は来店した男性客の一行を入り口から開いているテーブル席に案内する。
「やあくおんちゃん! 今日も可愛いね!」
「ありがとうございます! ご主人様!」
口ではこう言ってはいるが嫌悪感で虫唾が走り吐き気がし頭痛を起こし眩暈がする、みぎの頬が自分の意思と反し痙攣して引き攣っている、しかし笑顔を絶やすわけにはいかない。
ここは『スカーレット』、僕の叔父が店長を務める喫茶店だ。
もう気付いているかもしれないがメイド喫茶という店員がメイド服を着て給仕をするというコンセプトカフェで今どき珍しくも無く、寧ろ少し時代遅れというか衰退していってる感さえある業務形態だ。
「くおんちゃん注文お願い」
「はいご主人様! 只今お伺いします!」
僕は銀色の円形トレイに水を注いだコップを載せて客の元へと急ぐ。
「ご注文をどうぞご主人様!」
「おいらはメイドの愛情いっぱいキュンキュンオムライスを一つ」
「拙者も同じものをお願い申す」
「オデもオデも!」
「畏まりました! メイドの愛情いっぱいキュンキュンオムライス三つですね! 少々お待ちくださいませ!」
注文を取った僕は丁寧に頭を下げその場を後にする。
何が「おいら」に「拙者」に「オデ」だよ気持ち悪いな、だがそんな感情も絶対に顔を出してはいけない。
しっかしこのメイド服って奴は実に動きづらい、パニエでスカートが膨らんでいるせいで料理の皿やコップに引っ掛けては大変だスカートを抑えつけながら歩く。
「MAKO3オーダー入りました!」
長ったらしい料理名なので略してカウンター越しのキッチンに伝える、メイドの愛情いっぱいキュンキュンオムライスだからMAKOだ。
「は~~~い♪」
キッチンからおっとりした女性の声がする。
主に厨房担当のコック兼メイドのエリカさんだ。
メイド服を着ているのによくもまあその恰好で料理が出来るもんだな、感心する。
「ほら! くおん邪魔邪魔!」
「あっ……済みませんあやめ先輩!」
金髪ツインテールのメイドが料理待ちをしている僕の横を通り過ぎる。
持っている料理はMAKOだ。
ほぼここに来る男性客はこのMAKOをお目当てにやって来る、だがこのオムライスが特別美味しい訳では無い、及第点だ、ならそれは何故かと言うとオムライスのオプションサービスにある。
「くおんちゃ~~~ん、MAKO3上がったわよ~~~」
「はい!」
エリカさんのおっとり声が料理の完成を告げる、僕は出来上がったオムライスをトレーに乗せると客の元に急いで運ぶ、原則注文を受けたメイドがその客に運ぶのがこの店のルールだ。
「お待たせしました! ……あっ……」
しまった! スカートの裾を踏んでしまった! トレーをごと宙に舞うオムライス。
これはマズイ、このままではオムライスが床に落下してしまうし僕も倒れ込んでしまう、僕は堪らず目を瞑る。
しかしいつまで経っても料理が落下した音もしないし僕が床に倒れ込む事は無かった。
「おっと危ない、大丈夫かい? くおんちゃん」
やさしいバリトンボイスが聞こえる、恐る恐る目を開けると僕の腹下を右手で支え、左手でオムライス載ったトレーを持ってにこやかに微笑む美形ウエイターが居た。
「すっ、すみません! シオンさん!」
慌てて起き上がりペコペコと頭を下げる僕。
「いいっていいって、気を付けてねくおんちゃん」
トレーを僕に渡すとウインクをして去っていく美形ウエイター。
「キャーーー!! シオン様ーーー!!!」
数少ない女性客からも黄色い声援が起こった。
いや待て待て、僕にその気は無い筈だがトクンと胸がときめき心拍数が上がり顔が火照ってしまう。
「お待たせしましたご主人様! メイドの愛情いっぱいキュンキュンオムライスでございます!」
何とか無事オムライスを客に届ける事が出来た。
「う~~~ん惜しい、くおんちゃんのドジっ子メイド姿が拝めると思ったのに」
「拙者、くおん殿が落とした物でも美味しく頂く所存であったのだが」
「オデも! オデも!」
気持ち悪い……。
だがある意味ここからが地獄の始まりである。
「ではサービスのケチャップトッピングをさせて頂きます! 何かご要望はありますか?」
そう、この店も他のメイド喫茶の例に漏れずオムライスにケチャップで文字やイラストを描くサービスを行っており、僕はこのサービスが心底大嫌いだった。
「じゃあねおいらは『キモオタ』って書いてよ」
「拙者は『落ち武者』と……」
「オデはね、くおんちゃんのおまかせで」
「畏まりました! ではそのようにさせて頂きます! 美味しくな~~~れ、美味しくな~~~れ……」
張り付いた笑顔を湛え気持ち悪い呪文と共にケチャップで文字を書く僕、一体何をやってるんだろうね。
「はい! 出来上がりました!」
満面の笑顔でオムライスの前で両手を広げる僕。
要望通りおいらには『キモオタ』、侍には『おちむしゃ』、そしておまかせのオデには『このブタ野郎♥』と書いてやった。
「ブヒーーー!! くおんちゃんに『このブタ野郎』頂きましたーーー!!」
「あっ、ズルいぞこのデブ!!」
「抜け駆けは許せんでござるぞ!!」
本当に気持ち悪い……。
「それではこれで失礼します! ごゆっくりお召し上がりくださいませ!」
そう言うが早いか一目散に僕はその場を離れバックヤードへと引っ込んだ、そして休憩用のソファに腰掛け盛大に溜息を吐く。
「……お、お疲れ様……ゆ、ゆっくり休んでね……」
ぼそぼそとしゃべる黒髪ソバージュヘアの表情の暗いメイド、あざみさんが僕の座ったソファの前にある長テーブルに紙コップに入ったお茶を置いてくれた。
「ありがとう」
「……ど、どういたしまして……」
ニヘラっと不気味な笑みを浮かべて店内に戻っていく根暗メイドのあざみさん。
「はぁ……本当に何やってんだろう僕は……」
入れてもらったお茶を一口飲み一息つく。
飲食するにはちょっと邪魔だな、被っていたショートシャギーのウイッグを外しソファに置く。
「はぁ……ウィッグは頭が痒くなって溜まらない……」
メイドの恰好こそしているが僕は姫川久遠、高校三年生のれっきとした男子だ。
何で男の僕が女装してまでメイド喫茶でバイトする事になったのか、それは5日前に遡る……。