3章 ベンガルトラにカレーをかけた件
あの日の居酒屋での衝撃は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。急なお礼に驚いたが、まさか、ベンガルトラが店長を務めているスナックが私の行きつけだったとは。なんと愚かなことか、そんな事情をつゆ知らず、私は虎穴に入り浸っていたのだ。
しかし、実際に話してみると、ベンガルトラは思った以上にフレンドリーだった。子犬に優しいヤンキー効果とも言うべきか。その見た目とは裏腹な姿勢に、私も心を許していたのだろう。2人が打ち解けるのに、時間はほとんど必要なかった。
そして今、私はベンガルトラとBBQをしている。
細かい経緯は省くが、仲の良い高街の経営者やスタッフを集めた会に、なぜか私も参加することになったのだ。目の前にはベンガルトラが座っていたが、私も免疫がついたのか、普段通りの会話を楽しんでいた。
「カレーラーメンできたわよー」
ママが寸胴をかき混ぜながら、楽しげに声を上げる。BBQとは何なのか。
屋内でコンロの上に置かれた寸胴。その中では、カレーがグツグツと踊り、スパイスの香りが空間を支配している。ベンガルトラもカレーを早く食べたいのだろう。寸胴に穴が空くのではないかと思うほどの鋭い視線を送っている。
(よし、折角仲良くなれたのだから、カレーラーメンをよそってあげよう)
そう決心した私は、釜で毒草を煮詰める魔女のごとくカレーを一心不乱に混ぜ続けるママからお玉を譲り受け、カレーを取り分けようとした。
(まずい!手が震える!)
迂闊だった。私はお酒か薬を飲まないと手が震えてしまう体質なのだ。この体質のせいで、いつも食事に苦労している。まさかこのタイミングで震え出すとは。
お玉の上では、とろりとした液体が私の震えに合わせてぷるぷると小刻みに動いている。
(勢いでいくしかない・・・!)
私は意を決して、ベンガルトラの取り皿にカレーラーメンを注ぎ込んだ。
チュポンッ!
お玉から滑り落ちた麺の尻尾がカレーの水面を強く叩いた。
「あぢぢいい!!あっぢいい!!!!!うおおおおおお!!!」
はしゃいだ麺が撒き散らしたカレーの飛沫が意志を持ったかのように、何故か全てベンガルトラに降りかかった。
「一体俺になんの恨みがあるんだ!あぢぢっ!!うおおおお!!!」
牙を剥き出して叫ぶ猛獣を窓からの日差しが、スポットライトのように照らし続けていた。
カレーをかけた時は本気で殺されると思いました。