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2章 居酒屋でベンガルトラと再会した件


あれから数ヶ月の時が経ち、仕事に追われる日々の中で、私はベンガルトラのことなどすっかり忘れていた。あの時の恐怖も殺気も、忙しさの波に飲まれて記憶の片隅へと追いやられていたのだ。


(今日は知り合いの居酒屋で軽く飲むか)


そんな気軽な気持ちで向かったのは、よく通っていたカラオケ居酒屋。いつも空いていて、顔見知りがいることが多いこの店は、私にとって気楽な憩いの場だった。


(何を食べようか)


店のドアを開け、見慣れたママがいるカウンターへと目を向ける。

「こんばんh・・・っ!!!!!」

挨拶をしようとしたその瞬間、言葉が喉元で凍りついた。


ベンガルトラがいる。


カウンターに座るその後ろ姿。間違いない。

ミャンマーのジャングルを思わせる緑の頭髪。狩猟本能が凝縮された筋肉をまとう太い体躯。周囲の空間が歪んで見えるほどの強烈な殺気。

あの時の映像がフラッシュバックし、足がすくんでしまった。しかし、店に一歩入ってしまった手前、ここで引き返すわけにはいかない。私は震える脚に喝を入れ、アレと距離があるテーブル席に腰を下ろした。


(なぜここに・・・)


アレに認識されてはまずい。小声で注文を済ませ、食べ終わったらすぐに立ち去ろうと決意した。

運ばれてきた食事は本来は美味しいのだろう。しかし、私には全く味が分からなかった。


恐らく人は銃口を額に押し付けられた状態で食事をしたら、私のように味覚が正常に機能しなくなるのだろう。自身の持ちうる全ての感覚を死へと誘導してくる凶器に向け、生存の可能性を本能的に模索しているのかもしれない。

現に、私の視覚は彼の一挙手一投足を警戒し、聴覚は彼が標的にするものの情報が無いか無意識に探っていた。


どれ程の時間が経っただろう。皿の上の何かが私の喉を通り過ぎるだけの、食事とは呼べない時間が終わりに近づいた頃、カウンターに陣取っていたママがこちらに向かって歩いてきた。 嫌な予感がする。


「 ぴよー、紹介してあげるね。この子カズヤっていうの。カズー、この子、ぴよって言うのよ」


頭が真っ白になった。 「ぴよ」とは私のことだ。

ママ、もとい、このサイコパスはあろう事か、私をベンガルトラの餌として献上したのだ。


ベンガルトラがママの紹介を受けてこちらに向かって歩いてきた。一歩一歩踏みしめるたびに床にヒビが入り、彼に触れた動線上にあった椅子や机は粉々に粉砕されていく。

(嗚呼。私の人生もここまでか。)

粉塵と足音が近づいてくる。

(味を感じない食事が最後の晩餐になるなんて、ついてない・・・)

ついに彼は私の目の前に辿り着いた。


彼は頭を振りかぶった。

恐らく頭突きで私を仕留めるのだろう。

成人女性のウエスト程はある強靭な首によって加速した頭突きは私を肉片へと変えるには充分すぎる威力だろう。

(彼の頭突きであれば私は苦しむこと無く一瞬で絶命できそうだ)

不思議と死を受け入れたのか冷静な自分がそこには居た。

目を瞑りその瞬間がくるのを待った。


しかしその時は訪れず目を開けた私の前に居たのは驚いたことにただ頭を下げた彼だった。

彼はその見た目からは想像もできない優しい声で私に礼をしたのだ。


「いつも ありがとうございまーす」




ホントにびっくりしました。

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