断るという選択肢は無くなった
こんな事を言った理由には、お風呂場の意趣返しの意味もあるだが、俺が安心させようと声をかけると、ドゥーナは何故か悲しそうな、そして縋るような表情を俺に向けて来るではないか。
自分の足が元に戻り、それによって元の生活とまではいかないまでも嫌いな俺の元から去ることができるのである。
にも拘わらずあのような表情をドゥーナがする理由が、俺には理解できずに戸惑ってしまう。
「他に何か気がかりな事があるのか……?」
しかしながらいくら考えても分かる訳もないので、ここは素直にドゥーナへと聞いてみる事にする。
「あの……今まで私が旦那様へしてきた事を考えれば『何を言っているんだ?』と言われるかも知れないのだが…………その…………」
「とりあえず、何を言われても一応は受け入れてやるから言ってみろ」
するとドゥーナが俺の疑問に答えようとしてくれるものの、途中で言葉に詰まってしまった為優しく促してやるのだが何だか『怒らないから何をしたのか言ってみなさい』という、結局言った所で叱る親のような事を言ってしまう。
しかしながら、俺の言葉にドゥーナは安心したのかその表情からは少しだけ緊張感が薄れたような気がする。
そして、実際にドゥーナは緊張感が薄れたのか、再度語り始めてくれる。
「あ、ありがとう。なんで今まで私は旦那様のその内に秘めていた優しさを見抜けなかったのだろうかと悔やんでも悔やみきれないし、今更謝っても受け入れてはくれないだろう事は理解している。私が今まで旦那様に行ってきた行為を考えればそれも仕方のない事だろう。それ故に今私が抱いている不安はあまりにも自分勝手であり、旦那様を困らせる事は重々理解しているつもりだ。だからその事は言わずにいるつもりではあった」
ドゥーナはそこまで言うと深呼吸を一つして、真剣な表情を俺に向けてくる。
「私は、足が治っても旦那様の妻でいたい。こんな私を、例え私の親に騙されたような形になったにせよ嫌な顔せず、拾ってくれ、私の事は嫌っているであるにもかかわらずここにいても良いと、私の居場所を提供してくれた。更にそれだけではなく失った私の足を治す為に国一つ買える程の価値があると言われている伝説のアイテムを危険を冒してまで入手してくれ、そして今使おうとしてくれている。そんな旦那様を支えたい、これからも一緒にいたいと思ってしまっている自分がいるのだ……っ!」
そこまでドゥーナは一気に言うと、不安げな、そして少しだけ期待が入り混じったような表情を俺に向けてくるではないか。
「……いや、俺もドゥーナに酷い事をしてきたから、今まで俺がドゥーナにされたことは自業自得だと思っているからドゥーナの事は嫌ってはいないし、むしろ俺の方がまず先にドゥーナに謝らなければならないと思っている。その、申し訳なかった。そして、ドゥーナがここにいたいと言うのであれば好きなだけ居てくれて良い」
むしろケモナーの気がある俺からすれば、人狼であるドゥーナは是非とも俺の元にいて欲しいと思っていたので、俺の事を嫌っている訳ではない、むしろ俺の側に居たいというのであればそれを断る理由は無い。
「ほ、ほんとうか……っ!? 私は足が治ってもここにいても良いのかっ!?」
「あぁ、二言は無い。それにお互いがお互いを嫌っていると勘違いしていただけなのならば、それが分かった今出て行く必要はないだろう。それに俺はドゥーナの意見を尊重するつもりだったからな。勘違いではなく本当に俺の事を嫌っていたとしても、俺の邪魔だけはしないと約束してくれるのであればこのままここで暮らしても良いと思っていたしな」
俺が、ドゥーナがここにいる事を了承したのを信じられないのか確認してくるので、例え俺の事を嫌っていたというのが勘違いでなかったとしてもここに居たいというのであれば了承するつもりだったと話す。
「……旦那様という奴は…………使用人に好かれている理由が分かるな。勿論、出ていけと言われたとしてもこの恩は一生返してくつもりではあったのだが、これでは私はどれほどの恩を旦那様に返して行けば良いのだ……っ!!」
「そ、それは嬉しいのだが……まだ成功するかどうかも分からないからまずはその失った足をフェニックスの尾で治そうか。喜ぶのはそれからでも遅くはないだろうし、万が一フェニックスの尾で治るという話が迷信である可能性もあるしな。
そう言うとドゥーナは感極まったのか、俺に抱き着いてくるではないか。
ドゥーナの身体は日々の鍛錬により鍛えているにも関わらず、それでも女性なのだと分かる位に柔らかく、それでいていい匂いがするではないか。
しかも、柔らかい二つの大きなメロンが俺とドゥーナの胸に挟まれて形を変えている訳で……。
風呂場でなんとか抑える事ができた俺の理性がどうにかなってしまいそうなので俺はドゥーナの両肩に手を置き、まずは足を治そうと話題を逸らしながら引き離す。
「す、すまん。つい嬉しくて我を忘れてしまったようだ……」
そしてドゥーナは顔を真っ赤にしながら俺から離れてくれる。
「では、さっそくで悪いのだがフェニックスの尾でドゥーナの失った足を治したいと思うからここのソファーに座ってくれないか?」
「わ、分かった」
そして俺たちは、まるで思春期に付き合い始めた男女のような気恥ずかしさを漂わせながらフェニックスの尾を使う準備を始める。
そんな俺たちを見て使用人たちが微笑ましく見守っているかのように思えるのは気のせいだろうか?
いや、きっと気のせいに違いない。
でなければ先ほどまでのやり取りが物凄く恥ずかしい事をしていたような気分になる為、間違いなく頭を搔きむしりながら床を転がりたくなってしまうだろう。
ちなみにドゥーナも使用人たちの視線に気付いたのか、顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
そして、俺は使用人たちの事は極力考えないようにしながらフェニックスの尾をドゥーナへと行使する。
すると、淡いオレンジ色の光がドゥーナを包んだかと思うと、数秒してその光は収まり、そしてドゥーナの失った左足は見事治っているではないか。
「……だ、旦那様っ!! あ、足がっ!! 私の足が本当に治っているぞっ!!」
その事に気付いたドゥーナは俺へと抱き着いてくるのだが、先ほどと違いわんわんと泣いているその姿を見て、今度はドゥーナに欲情するような事はなく、むしろ貰い泣きをしてしまいそうになる。
人目もはばからずに声を出して泣いてしまう程嬉しかったというのもあるのだろうが、それ以上に左足を失った事で負の感情に押し潰されそうになっていたであろう事は容易に想像できる。
そんなドゥーナを見て俺はフェニックスの尾を入手し、ドゥーナに使って良かったと心から思うのであった。
◆
「旦那様、もしよければ私と模擬戦をして貰えないだろうか? 私の新しい左足を試してみたいというのもあるが、フェニックスの尾という伝説級のアイテムを数日足らず、それもたった一人で入手してきた旦那様の力を見てみたいという欲求が凄くてな……。嫌ならば、残念だが受け入れるので断ってくれてもいいのだが……」
あの日から三日たった早朝。
俺とドゥーナ、そして使用人たちと一緒に朝食を取っているとドゥーナがまるで玩具をねだる子供のような表情で俺に模擬戦をして欲しいと言ってくるではないか。
そんなドゥーナは、俺が嫌ならば諦めるとは言ってはくれているものの、そういうドゥーナの耳はしょんぼりと下がっているではないか。
そんな人狼であるが故に耳と尻尾によって感情がバレバレなドゥーナが可愛いと思ってしまい、その瞬間俺の中でドゥーナのお願いを断るという選択肢は無くなった。