私は駄目な妻だな
しかしながら、何故だか分からないのだがここで初めて旦那様と会えた時、学園で感じていた嫌悪感などはなく、いまのルーカスとなら添い遂げても良いと思えたのだが、何だか不思議な感覚であり、そう思える程の魅力がルーカスにはあった。
それはこの家で働いている使用人たちの表情からも、学園でのルーカスとのズレを感じ取る事ができた。
学園でのルーカスは学生から嫌われているのは勿論のこと、教師からも腫れ物扱いにされており、ルーカスには友人一人いなかったしルーカスの事を褒める者もいなかった。
それがこの家では、使用人たちが取るルーカスへの態度は学園とは真逆で、全員がルーカスの事を慕っている、むしろ期待しているような眼差しを向けているのが手に取るように伝わってくるのである。
しかしながらその疑問は直ぐに解けた。
私は領民から税を絞り上げて贅沢三昧をしているものとばかり思っていたのだが、むしろ真逆の政策を実行しようとしており、そしてルーカス本人は比較的質素な生活をしていたのだ。
なんなら使用人たちの方がルーカスよりも良い生活をしているのではないかと思えるくらいである。
学園では想像すらできなかったこのルーカスの態度の違いに違和感を覚えてしまっていたのだろう。
その、学園と領地とでのルーカスの違いに私は思わず執事をしているセバスさんへ聞いてみたのだが「おそらくルーカス様は両親の目を欺くために演じていたのでしょう。しかしながら両親が死んだ今、欺くために演じる必要が無くなったのではと私は推測しております」という事を教えてくれた。
その事から私は今まで、ルーカスの事をちゃんと見ようとせず、それだけではなく誹謗中傷を口にしてはばかにしたような態度を取っていた事に気付かされる。
それは正に、私が嫌いであったルーカスのような態度ではないか。
その事に気付いた瞬間、私はルーカスへと謝罪をしに行くのだが「いや、学園の俺の態度だと仕方ないだろ。ドゥーナのせいではないし俺の自業自得だから謝る必要は無い」と返されてしまう。
これでは流石に私の気持ちが収まらないので、せめてプレゼントをしようと思いセバスさんと共にプレゼント選びをする。
勿論、プレゼントに関しては私の気持ちの整理をつける為の自己満足でしかないとは分かっているのだが、しないよりかはマシだろう。
やらない善よりやる偽善である。
ルーカスがこういう一方的な、ルーカスから見て理由のないプレゼントを嫌がるようならば次回からしなければ良い。
ちなみにセバスさんに関しては、まだ私はここタリム領の地理に疎い為案内係として同行の依頼を頼んでみたら快く引き受けてくれた。
そして私はセバスさんと一緒にタリム領、今私が住んでいるランゲージ家の家がある街を歩きながら見渡すのだが、他の村や街にはまず見たことないほど立派な水路が目に入ってくる。
「この水路、なかなか立派でしょう。 奥方様」
「ええ、そうね。水路の外壁などをみるとまだ完成して新しい水路だとは思うのだが、これほど立派な水路を完成させるのにどれほどの年月を費やしたのだろうか……? それにしては全ての水路の外壁が最近できたばかりのように綺麗に見えるんだが……」
そして私が水路に見入っていた事にセバスさんが気付いたのか自慢げに水路について話してきたので、この水路を見た時に感じた違和感について聞いてみる。
「そうですね、この水路はルーカス様が三日ほどでタリム領全域に、外壁と共に掘ってしまったのですから全体的に新しく見えてしまうのは当たり前でしょう。一応ルーカス様は『距離が距離なので突貫工事になってしまった為水路の外壁とかちゃんとできていない個所もある』とは言われておられましたが、領民たちと共に水路の最終チェックを一週間かけて全域を行いましたが数か所程度しかなく、その魔術の練度及び魔力量は目を見張るものがございます。それだけではなくタリム領を囲うように水堀を掘り、水魔術を行使されたかと思うと一晩で水を張り巡らせてしまったのです。それこそ宮廷魔術師様よりも実力は上なのではないかと思える程には……」
するとセバスさんは『この水路は旦那様が三日で、それも外壁も一緒にタリム領全土へと張り巡らせた』のだというではないか。
しかもタリム領の周囲に水堀を掘り、旦那様自ら水を張ってしまうというではないか。
いったいどれだけの魔力を秘めていればそのような事ができるか……。むしろそのような事ができる魔術師など宮廷魔術師ですら居ないのではないか?
「それは……皇帝陛下はご存じなのか?」
もし本当にそれ程の力を持っていたのだとしたら、私たちは学園で文字通り手加減をされていたという事となるのだけれども、隠されていたのは私たちだけなのだろうか?
もしそうなら何故か寂しいと思ってしまう。
「いえ、この事は皇帝陛下ですら知りません。 ですので、ここで話した私の話は内密にお願いします」
しかしながら、その事を知らないのは私たちだけではなく皇帝陛下すら知らないのだと知って少しだけホッとする自分がいた。
そんなこんなで私はセバスさんと話をしながら旦那様にあげるプレゼントを選ぶ。
こうしてプレゼントを選んでいる時もそうなのだが、私は本当に旦那様の事を何も知らないのだなと改めて実感してしまう。
何故私は今まで旦那様の事をしっかりと内面まで見ようとしなかったのか。その事が今になって悔やまれる。
「本当に、私は駄目な妻だな……。旦那様の事を何も知らない、知ろうとしてこなかった……」
「そんな事、ルーカス様は気になされないでしょう。それに、これから少しずつお互いの事を知られていかれるのも、悪くないと思いますよ?」
そして私は気が付いたらその事を呟いていたらしくセバスさんに聞かれてしまうのだが、セバスさんには『これから知って行けば良い』と言ってくるではないか。
たったそれだけのことなのだが、少しだけ心が軽くなった。
そんなこんなで私は旦那様へのプレゼントを買い、屋敷へと戻ると、何故か使用人たちがセバスさんを見つけた瞬間血相を変えて近づいて来るではないか。
その事から流石の私もただ事ではないというのだけは理解できる。
しかし、余程の事がなければここまで使用人たちが血相を変えてセバスさんの元へと駆け寄らないだろう。
そこまで思考を巡らせた私は『もしかしたら旦那様の身に何かあったのではなかろうか』と不安になってくる。
「いったいどうしたのですか? みなさんそんなに血相を変えて……。もしかして、ルーカス様に何かあったのですか?」
「そ、そのまさかですセバスさん!! ルーカス様がこんな置手紙を残してお屋敷を出て行かれたのですっ!!」
使用人はそう言うと、セバスさんへ手紙を一つ渡し、それを私はセバスさんと一緒に読み進めていく。
そこに書かれていたのは、簡潔にすると『フェニックスの尾を取りに行くから少し家を空ける』というものであった。
その内容を見て私もセバスさんも使用人たちと同様に一気に血の気が引いていくのが分かる。
「これは……もしかしなくても私の為に……?」
「恐らくそうでしょう……。ルーカス様がどれ程の力を持っているのかは分からないのですがかなりの実力を隠していたのは事実でしょう。しかしながらフェニックスの尾となると話は別。そもそもどこで取れるかも分からなければ、例え入手できる場所が分かったところでどれほど危険な場所にあるのか分からない。何日かかるかすらも分からない……それはいくらルーカス様と言えど無謀としか……。何故我々、いや奥方様にだけでも相談してくれなかったのか……」