ドン引きである
「冗談はよしてくれよ……。今のお前は神聖などかけらもない、どちらかと言えば神は神でも邪神の方に成り下がった世界の敵だと言われた方がまだしっくりくるわ。むしろ、今現在お前がやっている事は邪神そのものではないか」
「は? 何を言い出すかと思えば俺が世界の敵である邪神だと……? 俺はむしろ世界の浄化の為に不要な命を殺して周っている、まさにこの世界にとっての救世主である俺に向かって……っ!! 前々から俺はお前の事が気に喰わないと思っていたんだが、こうして再会してやっぱりお前の事を殺したいくらいに気に喰わないし心の底から嫌いだとはっきりしたぞっ!!」
「そりゃどうも……」
とりあえず俺は思った事をそのままダニエルへと伝えると、激昂しながら救世主だのなんだのと宣うではないか。
関係ない人々を大量に殺しておいて、その言い草は流石に肯定する事はできないのだが、だからと言って彼の価値観を変える事もできるとは思わないので、適当に流す事にする。
「それと、そこにいるのはマリアンヌか?」
そんなダニエルは、マリアンヌの存在に気付いたのかゆっくりとマリアンヌの方へと近づいて行くではないか。
「こんなに痩せてしまって……。あの時俺に犯されなかった事が、それほどまでにショックだったんだな……。だが、今の俺はそんなものよりも気持ちよく幸福になれるものを見つけたんだ。どうだ? お前もその気持ちよくて幸福になれる事をしてみないか? それはいたって簡単だ。目の前にある命を奪う事さっ!! ただそれだけで、まるで自分が神になったかのような万能感すら感じる事ができるんだよっ!! これは凄い発見だと思わないかっ!! 相手の命を俺の一存で殺す事も生かす事もできる……まさに神の所業ではないかっ!! 特に人間の命を奪う時が最高に気持ちがいいんだよこれがっ!!」
「…………あっ……」
そしてダニエルは、マリアンヌに向かって一緒になって無差別に殺戮をしようと誘うのだが、あまりの恐怖から、マリアンヌはまともに返事すらできなくなってしまっている。
しかしながらダニエルは、そんな事にすら気付けていないのか尚も語り続ける。
「そして、俺はここ数日間はずっと人間を殺す事を我慢していたんだよっ!! ここエルフェイムのギルドマスターを殺してその秘書から『ルーカスがここへ来る』という情報を得たからなっ!! いちいちルーカスを殺す為に探す手間が省けたというものだよっ!! だが、待っている間に人間を殺したい衝動が日に日に強くなってな、この街にすむエルフを殆ど殺し尽くしてしまったんだが、実際にルーカスが来たと言う事は待った甲斐があったという事だなっ!!」
取りあえず、ダニエルの話を聞いた感じだと既に魔剣に精神を蝕まれており、恐らくいまから魔剣を奪い取ったところでどうにもならないだろう事は、人の姿を辞めたダニエルの姿からしても明らかだろう。
「だからマリアンヌも、手始めに俺と一緒にこのいけ好かないルーカスを嬲り殺してやろうぜっ!! あの時は確かに俺はルーカス相手に手も足も出せなかったが、今の俺はあの時の非じゃない程の強さを得たから、もうルーカスなんかには負けないと言い切れるだけの力を持っている…………あ?」
なので俺は今なお気持ち良く喋っている途中であるダニエルの腕を切り落とす。
これがスポーツなどであれば卑怯な行為であるのだが、ただの殺し合いにルールだのなんだの言っていられないからな。
むしろこの場合気を抜いてしまったダニエルの方が悪いというのが俺の認識である。
「すまんな。 俺を殺そうとしている事を知った時点で、俺はお前に殺される前に攻撃する権利があると思っているんだが、卑怯とは言わないよな?」
「…………そうか、なるほどなるほど」
しかし、ダニエルは怒るでもなくただ切り落とされた腕を眺めた後、納得しながら拾い上げると、切られた腕の切り口へとくっつける。
すると、切り落とされた腕から無数の濃いピンク色をした紐状のものがうごめきながら生えてくると、そのまま切り口へと突き刺していくではないか。
その光景にアイシャもマリアンヌもドン引きである。
ちなみに流石の俺も無数の濃いピンク色の紐状の何かがうごめく光景ははっきり言ってドン引きしていたのは内緒である。
いや、確かに昔のアニメとかでは良くあった光景ではあるものの、こうして実際にみるとアニメ以上に気持ち悪さが際立っているというか何というか……あれを気持ち悪いと思わない人間はいないのではなかろうか?
「おそらくルーカスは俺に勝てないと思って隙を突いて攻撃したのだろうが、残念だったな」
「まぁ、お前がそう思うのであればそれで良いんじゃないのか?」
ただ単にさっさと倒して帰路につこうとしただけなのだが、それを言った所で何かが変わるわけでも無く、むしろ更に相手が煽ってくる可能性もあるので適当に流しておく。
「しぶとそうだな……。ニーズヘッグ」
「どうした、主?」
「アイシャとマリアンヌを首都であるエルフェイムの外へと連れて行ってくれないか? 守りながら倒せない事も無いだろうが万が一巻き込んでしまう可能性があるからな……」
「かしこまりました」
その人間離れした再生力を見た俺はニーズヘッグを呼び寄せるとアイシャとマリアンヌを安全圏まで離れるように命令をする。
何かあってからでは遅いからな……。
「なんだ? アイシャとマリアンヌは逃がしてくれるのか?」
「……こいつらがいるせいでルーカスが本気で戦えないと言うのであれば、妨害する必要もないだろう。俺は本気のルーカスを倒さない限り、この胸の渇きが癒える事が無いし、もしそれで勝った場合唯一この胸の渇きを癒せる事ができる瞬間を見逃した事になるからな……」
そしてダニエルは俺たちの邪魔をする事も無く、彼女たちが離れた場所まで逃げて行くすがたを黙って見守っているではないか。
その光景を少し不思議に思った俺はダニエルに一応聞いてみると『本気を出していないルーカスを倒しても意味が無い』という言葉が帰ってきた。
あの時俺が一方的にダニエルをボコッた事が相当堪えているらしく、容姿が変わり精神を侵されても俺への復讐への怒りは薄れる事は無く、むしろその怒りはかなり大きくなっているように思える。
それこそ、俺を殺す為だけにエルフの国に人間を殺したいという衝動を抑えながらとどまる程なのだから相当だろう。
それは『ただ俺を殺せればいい』というのではなくて『全力の俺を殺したい』という欲求から来ており『何が何でも俺はルーカスよりも強いんだ』という結果が欲しいという事が伝わってくる。
俺への執着心だけが、唯一残ったダニエルたる部分なのかもしれない。
だったら、せめて人間であったダニエルとして最後は屠ってやりたいと思ってしまう。
それが、この世界の運命を捻じ曲げてしまい、結果その被害者となったダニエルへ、俺が唯一できることなのではなかろうか。
「そうか……分かった。俺もダニエルの望み通り卑怯な手段や手加減などせず初めから本気で戦わせてもらうとするよ」
そして、何故か俺は本気を出す事に思わず笑みが零れてしまった。
不謹慎ながらも『本気で戦う事ができる』と思ってしまったのだ。
何だかんだで今までは無意識のうちに『本気で戦ってはいけない』と思い力をセーブして戦っていたのだという事に、この時初めて俺は気づくことができた。
「嬉しそうだな……」
「そういうお前こそ」
そんな俺の表情を見てダニエルは「嬉しそうだな」と聞いてくるので「そういうお前こそ」と返す。
ダニエルの表情だって、俺に負けずとも劣らずの笑顔をしていた。
それは、嬉しいだとか楽しいとか、そういった感情からくるものではなく『好敵手と出会えた』という喜びからくる笑みである。
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今現在、別作品にて
【婚約破棄された公爵令嬢は罰として嫁がされたのだが、旦那様のお陰で日本(地球)の食べ物に舌鼓を打てて今日も幸せです】
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を連載中でございます!
もしよければこちらも読んでいただけると幸いでございます(*‘ω‘ *)ノ




