なんだか実感がわきませんわ
「お言葉は有り難いのですが……わたくしは以前のようなわたくしには戻りたくありませんわね……。しかしながらそれがルーカス様の願いと言うのであれば、頑張って前のように対応させていただきますわ」
「いや、マリアンヌが今の方が楽だと言うのであれば無理に戻す必要はない。それで、早速本題と行きたいところだがまずは風呂に入ってきたらどうだ? リラックスするぞ? そしてそれが終わったら食事も出そう。話は食事を食べながら聞いてやるよ。はしたないとかは言うなよ?」
そして俺は、早速マリアンヌの話を聞こうとも思ったのだが、いかせんマリアンヌから漂ってくる体臭が気になってしまい話の内容に集中できるかいささか不安に思った為、その事には触れずにお風呂へ入るように促す。
それと、学園で見た時よりも明らかに痩せこけていたので食事も提供する事にする。
「……分かりましたわ」
そしてマリアンヌは少しばかり疑問に思ったような表情をした後、俺の言葉の裏を読めてしまったのか顔を真っ赤にしながら了承してくれるのであった。
◆ドゥーナside
「…………久しぶりですわね、ドゥーナ」
「そうだな……」
「片や幸せを掴み、方やどん底まで転げ落ちてしまいましたわね……」
私は一緒にマリアンヌとお風呂に入るのだが、その身体は以前見た時よりも明らかに瘦せており、あれほど女性らしかった肉体は見る影もなく、骨が浮き出ていた。
そんなマリアンヌは、どこか遠くを見ながら話し始める。
「正直な話あの時のわたくしは、ここだけの話ドゥーナが片足を失い、ダニエルを独り占めできるかもしれないとほくそ笑んでいましたわ……。きっとその罰が当たったのですわ……」
そして私とマリアンヌは入浴前に身体を洗い、湯船にお互い浸かりながら話を聞く。
「それは関係ないな……あの時は様々な不幸と幸運が重なった結果が今の私だからな。もし片足を失ったのが私では無くてマリアンヌであったのならば私はきっと今のような幸せになれていなかっただろうしな」
「ですが……」
「そこを深く考えたところで答えなど出ないだろう。ようは無駄な考えという事だ。あの時の感情が変わったからと言って結果が変わるわけでも無い……と言えばマリアンヌは怒るか?」
「そうですわね……昔のわたくしならば怒りはせずとも苛立ちはしたかもしれませんが、今は何とも思わない、むしろその通りだと思いますわ……。それにしても……本当に幸せそうで羨ましくもあり、憎くもありますわね。ドゥーナが母になるとは、なんだか実感がわきませんわ」
そう言いながらマリアンヌの視線は私のお腹を見つめている。
「確かに私なんかが母に成るだなんて、少し前までは思いもよらなかったからな……。人生どうなるか分からないものだ」
「……本当に……そうですわね」
マリアンヌは私の言葉に、まるで自分に言い聞かせるようにつぶやく。
そして私たちは二人で数十分ほど語り合うのであった。
◆主人公side
ドゥーナとマリアンヌがお風呂から出てきたようなので早速食堂のテーブルへと料理を並べていく。
とはいっても俺たちは既に食事は済ましているし、マリアンヌのやせ細っている体型からしてあまり食事は取れていないであろう事から、簡易かつお腹に優しい卵雑炊と、温めたミルク程度なのだが。
そして俺とドゥーナの分は温めたお茶と、何か摘まめる漬物などを何種類か用意する。
ちなみに、ここ帝国は海に面した領地があるにも関わらず海藻などを食料として利用していなかったので、手始めに俺の領地と提携して昆布や海苔等の流通を始めているところである。
そのお陰で地味に前世でも好きだったきゅうりの浅漬けが美味しく食べられるようになった事は嬉しかったりする。
「あら、本当に料理を用意してくださいましたのね……」
「そんな事をするような人物に俺が見えて……いや、確かに学生時代の俺を知っているマリアンヌならばそう思われても仕方がないな……」
そして、ドゥーナに案内されて食堂へと来たマリアンヌはテーブルに置かれた料理を見て少し驚いているようである。
しかしながら、確かに学園時代の俺は自分から見ても最低なクズ男と思える程にはクズなのでマリアンヌの反応も理解できる。
「ち、違いましてよっ!! た、確かに学生時代の貴方は最低だとは思っておりましたが、それと同等に今から思えばあの頃のわたくしも貴方に対しては最低な事をしておりましたもの……。そんな最低な事をしてきたわたくしに施しをしてくださった事に少しばかり驚いただけで、ルーカスを疑ったとかそういう事ではございませんわっ!!」
「確かに、お互いに色々とあったからな……」
そんな俺の返答にマリアンヌは『自分は学生時代俺に対して酷い事をしてきたから』と、俺がクズだからとかではないと否定する。
それを考慮しても俺のクズさには敵わないと思うけどな、とは思うものの、ここでそんな無意味な事を言い合う意味は無いので否定はせずこの話を終わらす。
「まぁ、とりあえずこの話は一旦置いといて……質素かもしれないがマリアンヌの体調を考えてお腹に優しい料理にしてみた。俺から出された料理を食べるのは嫌かもしれないが、美味い事は保証しよう」
「…………お、美味しい……っ。……美味しいですわっ!!」
そして、あのマリアンヌが卵雑炊を食べてくれるか少しばかり不安ではあったものの、どうやら問題なく食べてくれ、口に合っていたようでホッと胸を撫で下ろす。
以前までの彼女であれば『ルーカスが出した料理なんて何が入っているか食べられませんわ』だとか『何ですの? この料理は。こんな貧乏人の料理をわたくしに食べろとでも言うのかしら?』などと言って食べなかったであろう。
これで外面が良いので聖女だ何だと持て囃されるのだから、当時のマリアンヌからすれば人生はちょろいと思っていただろう。
俺が前世でマリアンヌくらいの年代の時に、マリアンヌのように上手く行っていたのならば間違いなく調子に乗っていただろし、なんなら当時普通の学生であったにも関わらず根拠のない自信に満ち溢れ『俺は特別なんだ』などと勘違いしてイキっていた。
それはある種若者の特権であり、前世と合わせて若者ではなくなった今の俺はその自信とプライドを失いつつもそれでも残った大切な物と、逆に新しくできた大切な物を両手で抱えながら歳を重ねていく。
恐らく俺が出した料理を文句も言わずに素直に食べて美味しいと言えるマリアンヌは、きっといろんなものを失って来たのだろう、
それはプライドかもしれないし貴族としての誇りかもしれないし、他にもいろいろとあるのかもしれない。
「どうした? 旦那様」
「いや、ちょっとな……。マリアンヌも色々とあったんだろうなと改めて思っただけだ」
「そうだな……。まだ何があったのか私も聞いていないのだが、良くぞ死を選ばないでいてくれたとマリアンヌを見て思うな……」
そして、俺たちはマリアンヌに聞こえないように会話をする。
やはりというか、ドゥーナもマリアンヌの変化に思うところあったのだろう。
そんな俺たちのやり取りに気付く気配が無い程マリアンヌは夢中に卵雑炊をたべ、余程お腹が減っていたのだろう。一瞬でぺろりと平らげてしまった。
「おかわりはいるか?」
「…………そ、そうね。あなたにこんな食にがめつい姿を見せる事は恥ずかしいのだけれども、次いつこんな美味しい料理を食べられるか分からないもの……。連絡も無しで押しかけた身としては図々しいお願いとは思うのですけれども、ここはルーカスの言葉に甘えておかわりをしてもいいかしら?」
「了解。俺やドゥーナに気を遣う必要などない。好きなだけ食えば良い」
本当は腹八分目が良いとは思うのだが、断る理由も無いので俺は使用人へマリアンヌのおかわりを持ってくるように指示を出す。
ここまで読んでいただきありがとうございます!!
今現在、別作品にて
【婚約破棄された公爵令嬢は罰として嫁がされたのだが、旦那様のお陰で日本(地球)の食べ物に舌鼓を打てて今日も幸せです】
https://ncode.syosetu.com/n5038jr/
を連載中でございます!
もしよければこちらも読んでいただけると幸いでございます(*‘ω‘ *)ノ




