夜這い
しかしながらそんな可愛気のないわたしに旦那様は美しいだの可愛いだのなんだのと言ってくれるではないか。
それが慰めから来る言葉であるという事くらいは理解しているのだが、それでも今までそんな事を言われた事もなければ、女性として見てくれた事など無い私からすれば、嘘でも女性として扱ってくれる事に嬉しいと思ってしまう。
それをしてくれるのが好きな異性であれば猶更であろう。
そして今私はその好きな異性との関係は夫婦であり私の旦那様なのである。
これがもし夫婦でも恋人でも何でもない関係であれば私はここまで素直になれずに、ずっとやきもきしていたであろうことが容易に想像できてしまうのだが、既に婚姻しており私の旦那様であるという事は私の好意がバレたところで何も変わらないという最高の環境なのである。
そのお陰で私は旦那様に日々隠す事も無く好意を向けているのだけれども、まだ大人の関係には成れていないのが少しだけ不安に感じてしまう事もある。
というか恐らく私が夜這いをすれば旦那様は受け入れてくれるのだろうが、流石にまだそこまで勇気をだせる程には自分をさらけ出すことができないでいる。
そんな中途半端な私をみて旦那様の執事であるセバスさんから『旦那様は唐変木かつかなりの奥手でございます。恐らく旦那様はどうせ『自分から誘った場合ドゥーナがこの家に嫁いで来た背景やフェニックスの尾使った恩やら負い目やらなんやらで嫌だと思っても断ることができないのではないか、などと要らぬ心配をして手を出せないでいるのでしょう』と、何故旦那様が私に手を出せないのかというのを推測ではあるものの話してくれた。
確かにそう思い当る節はあるし、それこそ産まれた頃から旦那様の事を間近で見守ってきたセバスさんが言うのだからほぼほぼ間違いないのだろう。
それでも一歩踏み出す勇気が持てない私にセバスさんは『ここでうじうじとしていると、他の女性に奪われてしまいますよ? 今のルーカス様は昔と違いかなり女性人気も高いでしょうしここタリム領は軌道に乗れば他の貴族から政略結婚として娘を嫁がせに来るはずです。そうなる前にルーカス様と子供を作って置けばおいおい第一婦人としても後から来た者に舐められてしまう事も無いかと。まぁ、ルーカス様がドゥーナ様以外の女性を娶るかと言われれば疑問ですが、そういう未来も無いとは言い切れませんので』と言うではないか。
セバスさんの言葉は私の胸に突き刺さり、ようやっと私は旦那様を襲う……ではなく夜這いをしてみようと決心がついたのである。
しかしながら、だからといっていざ夜這いをやろうとしてもそれを実行に移すだけの勇気があるかどうかは別問題である。
そんな感じで結局堂々巡りに陥ってしまうのだが、今ここでうじうじと悩んで、もし旦那様が二番目の妻を娶った時、旦那様が二番目の妻ばかり可愛がって、そして二番目の妻との間に子供を作って幸せな家庭を築くのを見て、あの時恥ずかしいからと一歩踏み出せなかった事を一生後悔するくらいならば、今一瞬の恥で済むと考えれば夜這いするべきだという事くらいは私も理解している。
理解しているのだけれども、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいわけで……。
「どうした? ドゥーナ。なんかそわそわしているみたいだけど、他にやりたい事とか行きたい場所とかあれば遠慮せずに言ってくれて良いぞ? 俺ができる事であれば、常識の範囲内であれば何でもするぞ?」
そんな私を見て旦那様が心配そうに優しく聞いてくる。
その優しさが私は嬉しく思うのだが、そこいつもならば満足してしまっていた。
しかしながら、今の私はそんな優しい旦那様を誰にも渡したくないと強く思ってしまった。
「あの……、その……、わたくしの我が儘を聞いてもらえないだろうか?」
「なんだ? 一応聞いてみるから話してみな?」
「その……旦那様との子供が欲しいんだが……?」
そう言った瞬間、私は自分で何を言ったのか理解した瞬間に顔が真っ赤になってしまうのが分かる。
「え……? 子供……? 俺と……?」
そしてやはりというか何というか旦那様も急に子供が欲しいと言われてビックリしているようで、穴があったら入りたい程に恥ずかしい。
そもそも夜這いの許可を得るつもりだったのが、何でこんな事になってしまったのか……。
いや、夜這いは夜這いで同じような事なので恥ずかしさは一緒なのか……? とも思ったのだが、やはりそういう行為をしたいというのと違い、そこから更に飛躍してからの子供が欲しいという訳で……。
というか夜這いをすると宣言した時点でそれは夜這いではないのではなかろうか?
もう色々とやってしまった事に気付いてももう後の祭りである。
「すまん、今から俺が確認する内容で気を悪くしたのならば先に謝って置く。……それは、貴族の妻の務めを果たさないといけないという責任感から来たものか?」
「ち、違うぞっ!! 私は貴族の務めだとかそういうのではなく、旦那様との間に子供が欲しいと思っているっ!!」
そして旦那様が私に対して『貴族の務めで子供が欲しいのか?』と聞かれたので、売り言葉に買い言葉で否定してしまう。
そもそも旦那様に子供が欲しいと言ってしまっている時点で、今更本心を恥ずかしいからと隠しても意味が無いだろうし、せっかくのチャンスを逃す事になるくらいならばしっかりと私の本心を伝えるべきだろう。
一度覚悟を決めたら後は突き進むだけだ。
「私は生物として愛した異性の子供を欲しいと思っているんだっ!!」
だからもう一度、今度は旦那様の目をしっかりと見て『愛する者との間に子供が欲しい』と伝える。
「…………わ、分かった。俺も覚悟を決めるから少しだけ時間をくれないか? 覚悟が決まれば俺からドゥーナを誘う」
「…………うあ……っ。 あ、う…………うん。待ってる」
そして私の覚悟が旦那様まで伝わったのか、旦那様が私との間に子供を作ってくれることを了承してくれるではないか。
その時の旦那様の耳が赤く染まっている事に気付いた私は、旦那様は旦那様で恥ずかしかったのに頑張って答えてくれたんだなと思うと、今まで以上に旦那様の事が愛おしく思えて仕方がなかった。
正直言うと、旦那様の覚悟を待たずに今すぐにでも押し倒してしまいそうになるくらいには……。
◆
タリム領に冒険者の闘技場と放送環境が整って、数か月が経った。
帝国内のギルドで放送してくれているお陰か、帝国内で燻ぶっていた冒険者が当初の予定以上にタリム領に来てくれたお陰でかなり賑わっている。
更に嬉しい事に味噌や醤油、日本酒などもまだ粗削りレベルではあるものの一応は完成しており、特産品も想像以上に大好評で、その中でも醤油やみりん、地鶏で取った出汁などを使ったうどんと日本酒が好評である。
まさに嬉しい誤算であり、嬉しい悲鳴であろう。
その為うどんに関してはお土産用を、連日従業員を増やして作っているのだが、それでも追いつかない程である。
日本酒に関しては数に限りがあるのでお土産用を用意する事はできず、それどころか提供用でも現在の在庫から逆算して一日に提供できる量を制限しなければならない程である。
そんな忙しい日々の中でもドゥーナとの時間を作るようにしており、今日はドゥーナとのデートの日である。
恐らく今日もいつも通り発展していくタリム領を眺めながら新しくできた飲食店などを巡る感じになるのだろうと思っていた。
そして、俺がさり気なく裏で手を引いて流行らせた醤油みりん砂糖で作ったタレで味付けして焼く焼き鳥風、というかもろに焼き鳥の屋台を見つけたのでそこで何種類か購入してベンチに座り二人で座って食べる。
ここまで読んでいただきありがとうございます!!
今現在、別作品にて
【婚約破棄された公爵令嬢は罰として嫁がされたのだが、旦那様のお陰で日本(地球)の食べ物に舌鼓を打てて今日も幸せです】
https://ncode.syosetu.com/n5038jr/
を連載中でございます!
もしよければこちらも読んでいただけると幸いでございます(*‘ω‘ *)ノ




