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家出仙女は西側世界で無双する  作者: Ryoko


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06、街歩き

『さて、これからどうしようかなぁ』


 こっそりと領主のお城を出たタオは、珍しげに立ち並ぶ店や市の屋台を覗いたり、そこを行き交う人々を観察したりしながら、初の街歩きを体験していた。

 周囲をぐるっと高い城壁で囲まれたラモスだが、その面積はかなり広い。

 カテリーナのいる領主の邸だけでもそれなりの広さなのに、それを囲むように多くの家が立ち並んでいるのだ。


『仙界じゃあ考えられないよね。こんなに家が密集してて、こんなに人がたくさんいて……』


 タオの育った仙界は、勿論こことは比べ物にならないほどに広い。

 どこまでも続く大地には、多種多様な風光明媚な景色が広がり、仙人たちは各々の好みで好きな場所に己が庵を結び、ある者は修行に励み、ある者は日々怠惰な時を過ごす。

 雲に乗れば移動も自由自在だし、縮地の術を用いれば距離など関係ない。

 基本的に面倒な人付き合いを嫌う人が多いし、仙術の練功に失敗でもすれば千里四方の被害も馬鹿にならない。

 そんな事情もあって、タオの育った仙界には、こんなに多くの人が集まる場所など殆どない。

 思い当たるのは天帝の住む紫微宮くらいだ。

 そんな訳で、こんなにも人も建物も多い場所に初めて来たタオは、なんとも落ち着かない。


 カテリーナの記憶で見たから、知ってはいたんだよ。

 それに、東国の下界の様子はたまに千里眼で覗いていたから、人の住む下界がこういうとこだってことも勿論知ってた。

 でも、これは……。

 百聞は一見に如かずって、こういうことなんだなぁ。

 まさか、ここまで五月蝿いとは思わなかったよ。


 先程からタオを悩ませているのは、街の喧騒。

 物を売り買いする商人とお客のやり取り、街ゆく人たちの話し声。

 確かに騒がしいが、それでも我慢できない程ではない。

 問題は、心の声の方。


『あぁ、今日も仕事かぁ……行きたくない』

『あの服かわいい! でも、どうせ買えないし、似合わないし……』

『ケッ、買う気がないなら来るなよ!』

『あの(ひと)かっこいい! でも、女の趣味は最悪』


 人が無意識に放っている気から、相手の考えていることを自然に理解してしまえるタオにとって、この環境は精神衛生上非常によろしくない。

 おまけに……。


『おっ、あの黒髪の子、すごくかわいいなぁ』

『東人か? 身なりはいいから奴隷ってことはなさそうだが……娼婦ならありか? どこの店だ?』

『一人かなぁ? 迷子なら声かければ案外ついて来るかも』

『あんな穢れを知らなそうな娘にあんなことをしたり、こんなことをしたり……』


 陰陽和合は世の(ことわり)だけど、流石に気持ち悪い。

 これじゃあ、せっかくの下界をちっとも楽しめない。


『う〜ん、仕方ない……断っ』


 小さく術を唱えると、途端に今まで聞こえていた声が聞こえなくなる。

 うん、うまくいった。

 自分の周囲に薄く気の空白地帯を作って、外からの気が流れ込んでこないようにしたから、これで大丈夫。

 でも、これやると外からの気を取り込めなくなるから、大周天の修行が滞るんだよねぇ。

 まぁ、下界(ここ)だとそもそも大気に満ちている気の量自体が少ないから、あんまり変わらないかな。

 うん、気の修行よりもボクの心の平穏の方が大事だよね。

 では、気分を入れ替えて……。


 改めて周囲を見渡すと、何やら美味しそうな物がたくさんある。

 その中でも、特に香ばしい匂いを放つ屋台にタオは惹きつけられていく。


「おじさん、これもらえる?」


「おう、鉄貨3枚な」


「ん? 鉄貨? ……ごめん、鉄貨というのは金貨何枚分かな?」

(カテリーナの知識の中には銀貨と金貨しかなかったはずだけど……)


「はぁ? あのなぁ、金貨ってのは鉄貨よりもずっと価値が高い。鉄貨10枚で銅貨1枚、銅貨が10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚だ。

 ……お嬢ちゃん、東人だよなぁ。さては、こっちには来たばかりだな。金は持ってるのか?」


 ああ、そういえば、お金の持ち合わせがなかった。

 そもそも仙界ではお金なんて使わないから。


「いや、お金は持っていない。(ぎょく)ならあるんだけど、これで払えるかな?」


 腰の巾着から(仙界の)近所の川で拾った綺麗な玉を取り出すと、それを店主に見せる。


「きれいな石だなぁ……う〜ん、価値がありそうなのはわかるんだが……すまん、わからん!

 だが、多分うちの串焼きなんかよりはずっと価値がある。ていうか、多分全然釣りあわねぇぞ。

 そうだなぁ、この通りをずっと行った先に冒険者ギルドがある。そこでは珍しい素材の買取もやってるから、そこで金に換えるのがいいと思うぞ。

 下手なところに持ち込むと、足元見られて買い叩かれちまうからな」


「わかった。ありがとう」


 串焼きは食べ損ねちゃったけど、とりあえずの目的地は決まった。

 冒険者ギルド。

 魔物の討伐や稀少素材の採取、護衛依頼などを受ける人材派遣業だったかな。

 カテリーナの知識だと、領の経済にも大きな影響力を持つし、領兵不足を補う意味でも、冒険者ギルドとの関係維持は領政には必要不可欠とあった。

 カテリーナ自身は冒険者ギルドに直接行ったことはないようで、どんな場所かの記憶はないけど、ここを真っ直ぐなら道に迷うこともないだろう。

 タオは、さっそく冒険者ギルドへと向かうことにした。  


 

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