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家出仙女は西側世界で無双する  作者: Ryoko


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05、薬の効果

 屋敷に向かって駆け出していくカテリーナを見送る……ことはなく、カテリーナの後に続いて一緒に駆け出すタオ。

 もちろん、隠形術はそのままで。

 その姿はおろか、足音や気配、影さえも消し去ってしまうタオの隠形術は、夢と(うつつ)との間を逍遥する仙人仕込みのもの。

 どのような達人であろうと、俗人に見破れるものでは決してない。

 そんなわけで、こっそり後をついてくるタオの存在にカテリーナが気づくことはなく、タオはあっさりとカテリーナの父であるラモス領主の寝室へとたどり着くことができた。


 う〜ん、ちょっと心配でついて来ちゃったけど、これはかなり酷いなぁ。

 全身に毒が回りかけてる。一刻の猶予もないよ。

 ほんと、念の為太上老君(おじいちゃん先生)の金丹の方を渡しといて正解だったね。

 僕の金丹だと、場合によっては手遅れになってたかもしれない。


 ベッドに横たわる男の顔面は蒼白で、既に死んでいるのかと見間違うほどだ。


「爺や、薬です! お水を! 早くお父様に飲ませて!」


 慌てて部屋に駆け込んできたカテリーナに、目を丸くする爺やと医師。

 しかし、その顔はすぐに痛ましげなものに変わり、カテリーナの手の上の丸薬を見た医師は、深いため息を吐く。


「お嬢様、これは?」


 尋ねる医師に先ほどのタオとの邂逅を語るも、爺やと医師の反応は悪い。

 タオという名の黒髪の少女。黒髪というのなら東国の生まれで間違いないだろう。

 お嬢様が“少女”と呼ぶくらいなのだから、年齢(とし)はお嬢様よりも下か……。東人は若く見えるというから、もしかするとお嬢様と同い年くらいなのかもしれない。

 だが、いずれにせよ、そのような得体の知れない少女から渡されたものを、領主様に飲ませるわけにはいかない。

 それがたとえ、死を直前に控えた主人(あるじ)であってもだ。


「お嬢様、せっかくのお薬ですが、旦那様の治療についてはヤブー様にお任せしております。ここは先生にお任せして、お嬢様はお部屋で少しお休みください」


「何を言っているの、爺や。大体、ヒドラの毒には手の施しようがないって言ったのはヤブー先生でしょう。

 それを、治療は先生に任せるって……。そんなの、初めから諦めているのと同じじゃない!

 このお薬を飲めばきっと良くなるのよ! いいから早く飲ませなさい!」


 激昂するお嬢様を前に、なんとか気を落ち着かせようと提案するヤブー。


「……わかりました。では、一旦そのお薬は私が預かりましょう。あとでどのような薬か私の方で確認し、それで問題ないようでしたら、お嬢様のおっしゃる通り領主様にお飲みいただきましょう」


「それでは間に合わない!!」


 つい叫んでしまうカテリーナと、なんとか落ち着かせようとオロオロする爺やと医師。


『まぁ、こうなる気もしてたけどね』


 隠形の術を維持しつつ部屋の隅で様子を伺っていたタオは、3人のやり取りに小さなため息を吐いた。

 なんとなく予想はしてたのだ。

 龍脈から突然現れたボクを直接見たカテリーナならともかく、たまたま見知らぬ子供にもらった薬など誰も信用しないと思う。

 カテリーナからもらった知識によると、領主の暗殺など然程珍しい話ではなく、口に入れるものに気を使うのはむしろ領主の嗜みであるらしい。

 食べたい物も自由に食べられないなんて、可哀想な人たちだとは思うけど、カテリーナの知る西方地域の状況を考えると、上に立つ者にとっては仕方のないことだと理解できる。

 当然、この知識をくれたカテリーナだって、普段であれば理解できるだろう。

 訳のわからない物を領主に与えられない。たとえ、放っておけば死ぬとわかっていたとしてもだ。


『仕方がない。少しサービスしてあげよう』


 タオは領主の眠るベッドに近づくと、両の掌を開いて領主の胸の辺りに軽く当てた。

 僕の仙気を少しだけ流して、一時的に体内の気を活性化させる。

 これだけ毒が回っていると、こんなのは気休め程度にしかならないけど。

 精々、目を覚まして、死ぬ前にちょっとだけ話ができる程度のもの。

 でも……。


「うっ、カテリーナ、か……」


「お父様!」 「旦那様」 「領主様」


「カテリーナ……あまり耳元で、騒ぐから……パパは、ゆっくり、寝て、いられない、よ」


「あぁ、お父様」


「泣くんじゃ、ない……カテ、リーナ。あとの、ことは、アンドレに、任せて、お前は、幸せに、なっ」


「そうだわ、お父様! 今すぐこのお薬を飲んで! 早く!」


 そう言って手に持った丸薬を父親の口に押し込もうとするカテリーナ。

 色々と心残りはあるものの、最後に愛する娘と話ができたと、いい感じに人生の幕を引こうとしていた領主バルドは、訳もわからず口に放り込まれた丸薬を飲み下す。


 効果は劇的であった。

 なんだ、これは!?

 力が、漲ってくる。

 身体中の血が湧き立ち、忌まわしきヒドラの毒が蒸発していくのを感じる。

 すっかり血色も良くなり、覇気を取り戻したバルドは、勢いよくベッドから起き上がると、愛する娘をその胸に抱きしめ、娘の泣き顔をその大きな胸で包み込んだ。


「カテリーナ、心配をかけた。パパはもう大丈夫だ。

 何が起きたのかはわからないが、お前のお陰で私は九死に一生を得たよ」


 そんな急展開に訳もわからず立ちすくむ爺やと医師。

 そして、嬉しそうな親子を確認して、タオはゆっくりとその場を離れていった。


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