13、家族会議
その日、家族との夕餉の時間に間に合うように邸に戻ったアンドレは、バルドに今後の自分の身の振り方について相談したい旨を告げた。
「そうだな……。このまま有耶無耶にもできんか……」
こうして、晩餐のあと、タオも交えての緊急家族会議が開かれた。
「では、タオ殿。改めて聞くが、本当に私の寿命は150歳以上で間違いないのですな」
そう真剣な顔で問いかける領主に対して、タオの反応は軽い。
「うん、それは間違いないよ。そりゃ勿論、あんなトカゲとかじゃない本物の神話級の魔物と戦うとか、数千の兵を一人で相手するとか、そういう無茶をすればわからないけどね。
人の範疇で生活する分には、余程のことがない限り、まず早死にとかは無いかな」
そんな、どこまで本気か冗談かわからない返事が返ってくる。
「いやいや、そのような領の存亡に関わるような戦いであれば、生き死にが定かで無いのは致し方無いこと。
それよりも、その……このようなことをタオ殿のような若い娘に聞くのは憚られるのだが……夜の方は何歳くらいまで現役でいられるのかと……」
そう言いにくそうに尋ねる父に、タオよりも速く反応したのはカテリーナ。
「なッ、お父様! そのような事を……」
たとえ必要なこととて、タオのような少女に、しかも尊い女神様に対して聞いていい問いではない。
「いいよ、いいよ。ボクは別に気にしないから。
えぇと、生殖行為のことだよね? 具体的に何歳くらいまで子作りができるかってことでいい?」
そんなカテリーナの気遣いもなんのその。年頃の少女が決して口にしてはいけない言葉が飛び出してくる。
「タオ様! あけすけ過ぎます!」
カテリーナは自分の頬が熱くなっていくのを感じる。
「カティ、何をそんなに怒っているんだい? 陰陽和合は世の理だよ。
そもそも、そういった行為がなければ、カティだってこの世に生まれてくることはできなかったんだから」
暗に子供の存在が夜の行為の結果だと指摘されて、その場の男性陣の目も泳ぎ出す。
「あーーもう! わかりました! わかりましたから、もう……」
真っ赤になったカテリーナが俯いてしまうも……。
「あぁ、ゴホン、確かにこのような話を年頃の女性に対してするものではないが、これは今後の我が領の行く末を決める重要な事なのだ。
すまないが、カティも冷静に聞いてほしい」
その場のいたたまれない空気を、バルドが強引に元に戻す。
「それでタオ殿、私は具体的に何歳くらいまで子を成すことができるのかな?」
「そうだねぇ、金丹の効果であと100年は今の肉体を維持できるはずだから、今大丈夫ならあと100年は余裕じゃないかな」
「あと100年……」
「そんな訳だから、バルドさんの後継者の事を心配してるなら、今は考える必要ないと思うよ」
タオの核心を突いた発言に、場に沈黙が広がる。
「そうですか……。
すまんな、アンドレ。このような事情だ。お前には申し訳ないが、この街の領主の座をお前に継がせるのは、現実的に難しいようだ」
眉間に皺を寄せ、厳しい表情で、父親としてではなく、領主としての最適の判断を息子に告げるバルド。
タオに自分の寿命についての話を聞いた時から、バルドもこのような事態は当然ずっと考えていた。
この決断は、息子の将来を閉ざしてしまう事になると。
だが、領主交代による混乱もなく、100年もの期間、健康な領主により安定した領政を行えることが、この領の発展にとってどれほどの幸運となるか。
適当なところで引退し、アンドレが亡くなった後、再び領主の座を引き継ぐといった方法も考えたが、そのようなことは領主としては愚策に過ぎる。
公私混同も甚だしい。
ここは、アンドレには無理にでも現実を飲み込んでもらうより他には……。
と、ふと息子の方を見ると、そこには意気消沈するどころか、笑顔を隠しきれていない息子の姿が……?
そして、そんな息子から出たのは、まったく予想外の言葉で……。
「いえ、父上。お気遣いは無用です。それより、その……そういう事であれば……私は自分の妻となる相手を自由に選んでも構わない、という事でよろしいでしょうか?」
まさか、今のこの状況で、堅物の息子からこのような質問が飛び出してくるとは……。
「……もしや、お前、誰か気になる女性がいるのか!?」
「……はい」
なるほど、剣以外にはまったく興味を示さぬ堅物と思っていたが、どうやらそうでもないらしい。
息子の次期領主への道を閉ざしてしまったのだ。ならば、せめて息子の恋心だけでも叶えてやりたいもの。
どこのご令嬢かは知らぬが、せめて先方にはできうる限り良い条件を提示できるよう協力してやらねばな。
「そうか……それで、それは何処のご令嬢だ? 流石に敵対関係にある領では厳しいが、そうでなければ領の利益云々は気する必要はないぞ」
「それが、その……相手は他領のご令嬢とかではなく……」
言いにくそうにしている兄の横から、
「レイアさんですよね!」
勢いよく妹が口を挟んでくる。
先ほどまでは恥ずかしさに頬を染めていた娘だが、今は楽しそうに頬を上気させている。
「なっ!? カテリーナ、どうしてそれを!?」
「そんなの、日頃のお兄様の行動を見ていればわかります。
普段は領地の用向きよりも剣の訓練を優先するお兄様ですのに、なぜか冒険者ギルドが絡んだ時だけは積極的に関わろうとするのですもの」
「それは!?」
妹に意中の相手を指摘されて、あの息子が狼狽えているな。
「レイアというと、冒険者ギルドの副ギルド長か?
……なるほど、それでか。ヒドラの事後調査に向かおうとする私を止めて、しきりにまだ静養が必要だから自分が行くと言い張っていたが……。
要するに、自分がレイア殿と一緒にいたいだけだったと」
思わぬ暴露に居た堪れず小さくなるアンドレだが、家族からも反対の意思は感じられない。
バルドにしても、既に死別している妻とはそれなりに良い関係を築けていたとは思うが、それでも領主としての責任故に生じる打算がお互いに全くなかったとは言い切れない。
もし心から好いた相手を選べていたら……。
そんな気持ちを抱いたことも、一度や二度では無いのだ。
自分にはできなかったもう一つの生き方。
次期領主の責務から解き放たれた息子には、そんな生き方をさせてやるのも悪くはあるまい。
そして、それは娘にも……。
「アンドレ、そして、カテリーナ。聞いた通り、パパはお前たちよりも随分と長く生きることになってしまった。
本来であれば、親として領主として、自分の死後を考え、領とお前たちの力になってくれる婚姻相手を選ぶべきであろうが……。
幸か不幸か、お前たちが死ぬまでパパはこの領地を守ることができる。
故に、もうお前たちが領の事を気にする必要はない。
お前たちは自由に生きなさい。
それがパパの願いだ」
せっかく愛しい娘よりも長生きできるのだ。
他所の男などにかわいい娘をくれてやる必要など全くないが……。
自分が心から添い遂げたいと願う相手を選んでくれるならいい。
願わくは、それが私であるなら言うことは無いな!




