第2話
驚いて振り返ると、小さな女の子が立っていた。クリッとした大きな目と黒髪のおかっぱが特徴的で、年齢は5、6歳くらいだろうか。
他にパッと目につく点として、イチゴ柄の長袖シャツと、裾長の真っ赤なスカート。「暑くないのかな?」と少し心配になるけれど、汗もかいていないようだから、おそらく薄手の生地なのだろう。
そんな幼女が、人懐っこい笑顔を浮かべながら、私に声をかけてくる。
「おじさん、そろばんが好きなの?」
どうやら自分で思っていた以上に長い時間、ここに突っ立って巨大そろばんを見つめていたらしい。
もちろん私は、そろばんマニアでも何でもないのだが……。今日が「そろばんの日」だとか、この街がそろばんの産地だとか、小さな子供にきちんと説明するのは大変そうだ。
だからこの場は、彼女の言葉を肯定しておく。
「うん、そうだね。大好きってほどじゃないけど、そろばんは好きだよ」
「じゃあ、これあげる!」
彼女が伸ばした右手には、小さなそろばんが握られていた。珠が5つしかない、つまり一桁分しかない特殊なそろばんだ。
これは子供用の玩具か何かだろうか。少なくとも、大人の私がもらったところで使い道はなさそうだが……。
私が一瞬、困惑している間に、
「お守りのそろばん! いっぱいもらったから余ってるの。だから一つあげるね!」
そう言い残して、彼女はパタパタと駆けていく。
よほどの早足だったらしく、そろばんから私が顔を上げた時には、もう彼女の姿も足音も消えてしまっていた。
「お守りのそろばん……?」
一人残された私は、独り言を口にしながら、改めて手の中のそろばんに視線を向ける。
小さなそろばんをよく見ると、その上枠のところに「合格」と彫られていた。ならば合格祈願のお守りなのだろう。
指で珠を動かそうとしても、上段に1つある珠は動かない。ずっと「5」の状態だ。
一方、下段の4つは動くものの、その4つ同士はくっ付いていて、まとめて動く状態。その4つで示せるのは「0」か「4」のみであり、上の珠と合わせれば「5」か「9」……。
そこまで考えたところで、ピンときた。
「なるほど、『「5」か「9」』で『合格』という語呂合わせか」
そろばんの街ならではのお守りだ。そう思うと、私の苦笑いも微笑みに変わるのだった。