第1話
よくある習い事の一環として、子供の頃、私もそろばん教室に通っていた。
当時は意識していなかったが、そろばんの名産地といえば「雲州そろばん」の島根県奥出雲と「播州そろばん」の兵庫県小野市。ただし元々前者は銀行用、後者は学校や個人商店で使用されるそろばんを作っていたそうだから、私も播州そろばんを使っていたのかもしれない。
また、そろばんを弾く音の「パチパチ」から、8月8日が「そろばんの日」として認定されているという。
そんな8月8日にちょうど仕事で近くまで行く機会が出来たのだから、これも何かの縁だろう。そう考えて、兵庫県小野市に立ち寄ることにしたのだった。
私鉄の小野駅に降り立ち、東口から駅の外へ。三階建ての駅舎は横に長い造りで、屋根と窓枠の赤色がアクセントな白い建物。少しお洒落な感じの外観で、ちょっとした駅ビルになっていた。学習塾や美容院などがテナントとして入っているらしい。
ただし駅前にあるのは、バス停が一つと小さなロータリーの植え込みのみ。あまり大きな駅ではない印象だ。
見上げれば、青い空に白い入道雲が浮かんでいる。典型的な夏空の下、早くも汗が出るのを感じながら、私は歩き始めた。
バス通りらしき通りを駅前から道なりに進むと、左右に見えるのは商店ではなく民家ばかり。しかしそれは最初だけで、県道18号との交差点に近づけば、電気屋やレストラン、医院や郵便局などが並んでいる。
交差点で北へ曲がり、今度はひたすら県道18号を行く。大きな商店街は見当たらないが、ポツリポツリと点在したり、時には何軒か並んだりという形で商店があり、それなりに栄えている感じだ。
そうして駅から十数分くらい歩いた辺りで、がらりと風景が変わる。通りに面した右手に、大きな池が広がっていたのだ。
地図には「大池」と記されている。県道18号の左側にも「権現池」という池があるようだが、そちらは通りと接しているわけではなく、大きさも大池の1/4か1/5程度なので、ちょっと見えにくかった。
とはいえ、道の両側に池があるとなると、大きな橋を渡っている気分。ちょうどその「橋」を渡り終えたところで、目的地が視界に入ってきた。
交差点の北西の角にある、大きな駐車場だ。この街の商工会議所の敷地らしい。その一画に建てられているのが、播州そろばんのモニュメント。「そろばんのまち 播州小野」と書かれた横長の看板の上に、十メートル……は大袈裟としても、少なくとも数メートルはあるほどの巨大なそろばんが載せられている。
全体的には黒っぽい茶色だが、いくつかの珠だけは色が違っていた。今年の西暦「2023」を示すように動かされた珠が、赤く塗られて目立っていたのだ。
おそらく毎年、その西暦に合わせて塗り直しているのだろう。気の利いた演出ではないか。
そんなことを考えながら、ボーッとモニュメントを眺めていると……。
突然、後ろからポンと肩を叩かれた。