第十五話 ソウジの不在
吾妻姉妹が常桜学園に登校した日、何故だか校門前は少し賑やかになっていた。
その理由は生徒会長の賀東レンジだ。
「おう、吾妻ーズ! おはよう!」
彼は腕に「挨拶活動中」と書かれた腕章をはめて、ミツバ達に向かって挨拶をしてくれる。
ニカッと笑う口から白い歯が見える。
あら、綺麗。丈夫そう。それを見てミツバはそんな事を思った。
「何よ、その呼び方。悪くないわね、おはよう」
「おはようございます、レンジ先輩。何をなさっておいでで?」
「よくぞ聞いてくれた。挨拶活動だ!」
レンジはびしり、と人差し指を立ててそう教えてくれた。ちょっとドヤ顔である。
何でも常桜学園は、入学式から一カ月は、各委員会が交代で朝の挨拶活動を行う伝統があるらしい。
始まったばかりの学園生活で緊張する新入生に、親しみを持ってもらうのが目的だとか。
ちなみに明記されてはいないが、これは人間に向けてのものらしい。
常桜学園の生徒はほとんどが鬼人で占められている。
鬼人は人間より身体が大きいし、力も強い。
なので昔の生徒会のメンバーが、人間の新入生から学園が怖がられちゃったら嫌だな~悲しいな~、と思って企画したものがこれである。
ちなみにこの辺りの事情を知っている生徒は、恐らくほとんどいない。
単純に伝統だし、新入生に挨拶がてら話しかけてあわよくば委員会や部活に誘いたいよな、くらいの感覚だったりする。
「ところで、二人はソウジと一緒じゃないんだな」
「なーに? 別にそんなに毎日一緒に登校したりはしないわよ?」
レンジの言葉にツバキとミツバは揃って首を傾げた。
吾妻と十和田は、家のある方向こそ一緒だが、それでも離れてはいる。
だから何かしら約束をしていない限りは、一緒に登校していない。
たぶんレンジも、ソウジと一緒に登校している姿はそんなに見ていないと思うのだが。
そう思っていると、
「あ~、そりゃそうか。いや、ほら、あいつ小中とずっと早い時間に登校していたじゃん?」
と言った。どうやらレンジ達は小さい頃から一緒に学校らしい。
話を振られたツバキも軽く頷いた。
「ああ、言われてみればそうね」
「だろ? 俺さぁ、今日は校門開いた時から来ているんだけどよ、まだ見てねーの。だから一緒だと思ったんだよ」
腕を組んで、変だなー、とレンジは呟く。
校門が開いた時間に来ているレンジもなかなか変わっているが、それはそれとして、確かに変である。
「……ちょっと私、連絡してみるね」
「ミツバ?」
「いつもと違う事があった時は、一応、確認してみた方が良いって、施設の先生が言っていたの」
小さな異変でも大きな何かに繋がる可能性がある。
だからどんな些細な事でも、気になった時には相談してみてね、と恩師はミツバに言ってくれた。
子供達を守ろうとして言ってくれた言葉だ。ミツバは今もその言葉をしっかり胸に刻んでいる。
なのでミツバはソウジに電話をしてみる事にした。
スマートフォンを操作して、ソウジを呼び出す。
しかし、幾ら呼び出し音が鳴っても、ソウジが電話に出る事は無かった。
やはり何かおかしい。
電話が出来ない場所にいるだけかもしれないが――そもそもこの学園周辺でそんな場所は病院くらいだ。しかも病院ならばちゃんとしているソウジの事だ、電源を落としているはずである。
ミツバの中で違和感が大きくなる。
こういう時は彼の近くにいる人に連絡をした方が良い。
ミツバは一度電話を切ると、今度はソウジの父親のハジメにかけた。
すると、こちらは数回の呼び出し音の後、
『はいはーい、おはようミツバちゃん。どうしたの?』
と出てくれた。
良かった、とミツバは心の中で呟く。
「おはようございます、十和田さん。朝のお忙しい時間に申し訳ありません。あの、ソウジ君はまだお家にいらっしゃいますか?」
『んー? ソウジならいつも通りの時間に家を出たけど……何かあった?』
「いえ、実はまだ登校していないみたいなので」
『あいつが?』
ミツバの言葉にハジメは怪訝そうな声になった。
『……それは珍しいな。どこかへ行くって考えにくいし、探してみるよ。教えてくれてありがとうね』
そしてハジメは真剣な様子でそう言うと、電話を切った。
軽く流されない辺り、ソウジのこの行動は家族から見てもおかしいと思うもののようだ。
ミツバの胸に不安が広がる。
「ミツバ、十和田の親父さん何だって?」
「ソウジ君、いつも通りの時間に出かけたそうです」
「ふーん? なーんかちょっと気になるわねぇ」
「……姉さん、ちょっと探してきて良い?」
「でも、学校はどうするのよ?」
「そうなんだけど……帰って来なかったら嫌だから」
ミツバの頭の中に実の両親の姿が浮かぶ。
前触れは確かにあった。けれども、あまりにもあっさりといなくなってしまった、ミツバの生みの親達。
確かに当時のミツバは子供にしては達観していたが、ショックを受けないわけではないし、悲しく思わないわけでもなかった。
あの出来事は今もミツバの中に深く痛みを残している。
ミツバは誰かと仲良くなりかけるたびに、いつもあの時の事を思い出すのだ。
この人も、両親みたいにあっさりと、自分の前からいなくなるのではないのかと。
「……しょーがないわねー! じゃ、あたしも付き合うわ。でも先生に連絡してからよ」
そんなミツバの気持ちを察したのか、ツバキは肩にかかった髪を勢いよく払って、ニッと笑った。
「先生に? どうして?」
「鬼人と人間の婚約は色々と特例が認められるのよ。何かあるかもしれない、あったかもしれない。だから行動します。そういうのには許可が下りるの」
「ああ、そう言えばソウジ君が誘拐がどうのって」
「ええ、そうよ。だから入学前に婚約をしておけば、大体は諦めるのよ。婚約の書類は鬼人のお偉いさんに提出するから、皆に伝わるし。諦めない御堂と森川が特殊なの」
人間と鬼人の婚約は、どうやらミツバが思っていたよりも大事らしい。
恐らく鬼人側に、人間側の天秤体質とか、何かしらのメリットが発生した時のみ適応されるものなのだろうけれども。
ミツバが目を丸くして「そうなんだ」と呟いていると、話を聞いていたレンジが呆れた顔になった。
「おいおい、ツバキ、さすがに説明不足過ぎだろ。幾ら妹を不安にさせたくないからって、そりゃ過保護ってもんだぜ」
「わ、分かってるわよ! ……ごめんねミツバ」
「ううん、特に気にならなくて、聞かなかったのは私だもの。レンジ先輩もありがとうございます」
本当に気にしていなかったので、ミツバがそう言うとツバキはホッとした顔になる。
レンジは「そっか」と軽く頷いた後で、
「……んー、よし。俺も付き合うわ。やべー事になってんなら人数が多い方が良いだろ」
と言ってくれた。頼もしい笑顔まで浮かべている。
それを見てツバキは意外そうに片方の眉を上げた。
「まだそうだとは決まってないわよ」
「あの性格が悪くて頭は良い優等生のソウジが、親にも言わずにどこかへ行っちまうってのはさすがに気になるんだよ」
「あんたは褒めてんの、貶してんの」
「貶しながら褒めている」
「プラマイゼロと仰りたい?」
真っ直ぐに褒めるのは何となく面白くないのだろうか。
そんなやり取りをしてから、三人は足早に学校内へ入った。
目指すは職員室である。
急いでいるが、廊下は走ってはいけない。なので走るカテゴリーに入らないギリギリの速さで足を動かし、三人は進む。
途中、クラスメイトの御堂コウとすれ違った。
「あ、ミツバさん。あの、この間は――」
「おはようございます、御堂くん。すみません、今、急いでおりますので、また!」
しかし、話をしている時間も惜しい。
足を止めずに早口でそう返し、ミツバ達は進む。
「何かあったのか……?」
そんな三人を見て、コウはポカンとしながらそう呟いていた。




