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アンティーク ー神は細部に宿るー

作者: おーばる



「すごい(なが)めだな」


高層階のマンションのリビングから見える景色は、(さえぎ)るものもなく、外国らしい色彩と形状の建物を見下ろせた。

ハリケーンほどではないが強めの暴風雨のせいで昼間なのに薄暗く、時折強い雨風(あめかぜ)が窓ガラスを叩く音が聞こえた。

それもまた非日常感があって、異国にいる気分を盛り上げていた。

招かれたばかりだというのに、つい友人を放って窓に張り付くように立って外を(なが)めていた。


「いい加減こっちに来いよ」


亮介が人に命令するような物言(ものい)いをするのは珍しかった。

振り返ると、右手にアルコールの入ったグラスを持ち、一人用のソファーにだらしなく座ってこちらを見ていた。


「なんだよ、どうしたんだよ」


亮介がだらしない姿を友人に見せるのも珍しかった。

形だけ問い掛けはしたが、亮介がそうしたくなる理由は見当がついていた。

色んな飲み物と軽食の乗ったテーブルに歩いて行き、目についた飲み物のグラスを取り、亮介の近くのソファーに座った。


「俺はもう、前みたいには踊れない」


俺が近くに座ると、手に持ったグラスを見ながら亮介は話し始めた。


その気になれば、ネットニュースでいろんな情報が手に入ったし、友人の事だからその事を知っていた。

そして、それにまつわる記事やコメントも。


「踊れなければ、俺は動かない機械と一緒で、ただのゴミだ」


俺は黙って亮介を見ながら、彼の言う事を聞いていた。

亮介が愚痴(ぐち)を言うのを初めて聞いた。

言いたいのなら、言いたいだけ言わせてやりたかった。


「スクラップだ」


その言葉に、いくら人前でパフォーマンスをすることも批評されることも仕事とはいえ、批評を超えた悪意に満ちたいくつかの記事を思い出した。

俺が読んでも、好き勝手な事を想像で言いやがって、と腹が立った。

その中の記事のひとつに “スクラップ” という言葉が使われていた。

恐らく亮介も、それらの記事を読んだのだろう。


亮介は世界で活躍するダンサーだった。

成功してもストイックに練習を続け、決して(おご)らず、人前で感情を荒げることもほとんどなく、その演技と(たたず)まいにファンは多かった。

普通なら引退する年齢になっても、体を(きた)え続け、体の手入れを(おこた)らず、飲食する物にもこだわり、踊り続ける為に出来る事は何でもやり続けてきた。

それでも。

ダンサーなら当然怪我もするし、年齢を重ねていけば以前のように踊れなくなる。

そうなれば当然、若手の才能のある者に今まで居た場所を奪われる。

ダンサーの宿命だ、しょうがない。

しょうがない。

けれど。

俺は今まで踊りと無縁だったし、亮介以外の踊りを見ても、あまり何とも思わなかった。

それでも、亮介の全盛期の踊りは俺でも()き込まれる何かがあった。

あの感動は今でも俺の中に存在していたし、亮介がもうあの踊りを踊れないとしても、あの感動が無くなる訳じゃない。


今、俺が思った事は、すでに、たくさんの人から言われただろう。

亮介を見ながら思う。

亮介は俺を見ると、肩をすくめ、悲し気な、何かを(あきら)めたような笑顔を見せた。


「昼飯作らせるからキッチンに行こう」


亮介はそう言うと立ち上がった。

俺も立ち上がり、亮介の後ろをついて歩き、ふと通りがかった壁の絵に目を()めた。

ルノワールの油絵だった。

俺でも知っている絵だから模写だろう。

もしこの構図を、そのまま写真で撮っても他の作家が描いても、これほど()かれはしないだろう。

ルノワールが描いた柔らかな色彩と光、その何かが、絵の知識がない俺でも()きつける。

亮介の踊りと一緒だな。

そんなことを思い立ち止まって絵を(なが)めていた時、深い飴色(あめいろ)重厚(じゅうこう)な木製の額縁(がくぶち)に目が()まった。

大胆に削られたラインと繊細に削られたラインが組み合わされた物だった。

塗装ではない木材本来の色味(いろみ)が経年で変化し深く、淡く変色していて、その濃淡に()かれた。

絵の邪魔をする程ではないが存在感があった。

絵に合わせ、額縁(がくぶち)を使い回すことを知っていたので、アンティークかな、とふと思った。

あぁ。


「亮介」


数歩先で、俺が付いて来るのを立ち止まって待っていた亮介を見て声を掛けた。

亮介は黙って俺を見ている。


「機械でも、丁寧に細部までこだわって作られたものは、壊れてもアンティークとして大切にされる」


俺は真っすぐに亮介の瞳を見た。


お前がどれだけ丁寧に、細部までこだわって体を作り上げてきたのか、俺は知っている。

お前が機械として壊れても、お前は絶対ゴミなんかじゃない。


「神は細部に宿るんだ」


そう言った俺の顔を、亮介は驚いたようにじっと見つめた。

そして、顔を(ゆが)めて笑った。

泣きそうなのを(こら)えて無理に笑ったみたいに。


「昼めし食おうぜ」


亮介がわざと乱暴な物言(ものい)いをしてふざけて見せた。まるで照れ隠しみたいに。

俺も笑って亮介の隣に歩いて行き、同じように(こた)えてみせた。


「おぅ、食おうぜ」


亮介は笑いながら俺の左腕をグーパンで殴った。


「痛ッて、ちょ、亮介、笑いながら(なに)本気で殴ってんだよ!

 おま、ふざけんなよ、お前と違って俺、体鍛(きた)えてないんだかんな!」


亮介は笑った。

(ゆが)んでいない笑顔だった。

でも、右手は(こぶし)のままだった。











バイクが動いては止まる音が遠くで聞こえる。

朝の新聞配達をしているのだろう。

明け方にいつも聞こえる、聞きなれた日常の音だった。


体は動かないが、意識が浮かび上がり、夢と現実のはざまを(ただよ)う。


亮介の夢を見ていた。

あそこまでリアルな夢は、今まで一度も見たことがなかった。

まるで本当に会っていたかのようだった。

亮介にグーパンされた左腕が、痛かった。

……。

亮介に、グーパンされたところが、痛い。

……。

……くっそ。

亮介にグーパンしてやる。

だったら俺は腹だ。

腹に笑ってグーパンしてやる。


俺は意識を手放し、夢の中に沈み込んだ。











気が付くと、豪勢(ごうせい)なマンションの廊下にいた。

目の前の扉を開けると、広いキッチンだった。

大きいテーブルの手前にいた亮介は、振り返ると俺を見て笑った。


「どこに行ってたんだよ。

 ほら、昼食用意したから、温かい内に食べようぜ」


「おう」


俺は笑いながら亮介に近づくと、両腕を広げて見せた。


「亮介、空港で見送った時のこと、覚えてるか?

 次会う時は外国で、挨拶はハグなって言ってただろ」


亮介は少し照れたように笑った。


「もちろん、覚えてるよ」


そう言って、互いに両腕を広げ歩み寄った瞬間、俺は(こぶし)を握り、亮介の腹に叩き込んだ。


「んぐッ」


亮介が腕の中に倒れ込んでくるのを抱きとめ、笑顔で言ってやった。


「これであいこだ」


「…おま…」


亮介がうらめしげに腕の中から俺を見上げた。


その時、タイミングよく頭上で聞き覚えのあるスマホのアラーム(おん)(ひび)いた。

俺はしてやったりの笑顔を浮かべると、亮介と目を合わせ最後の声を掛けた。


「亮介、もし起きて腹が痛かったら、お前持ちで航空チケットを俺に送れ。

 仕返しされに来てやるよ」


世界が揺らぎ、色あせていく。

亮介が何か言いたげな顔をして俺を見るが、結局何も言わなかった。


「アンティークだ」


俺が笑ってそう言うと、世界が消えた。











ベッドの上で布団にくるまり目が覚めた。

頭上ではスマホのアラームが鳴っている。

腕を伸ばし、スマホを手探りで見つけ、アラームを止めた。


ベッドの上で伸びをする。


顔がにやけて仕方がなかった。





航空チケットが届くのが楽しみだ。











遠慮のないポイント評価、心のままにお願いします。






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