パスワードを間違えすぎて5年先まで抜けなくなった聖剣
「古の勇者の血を引く者よ、よくぞ参った」
厳かな祠の奥、仙人が五百年の眠りから目覚め勇者の子孫と相対した。何処か懐かしいその顔に、仙人は僅かに笑みがこぼれたが、己が役目を果たすべく、すぐに顔を引き締めた。
「この森の奥に伝説の聖剣は眠っておる。だが、聖剣を手にするにはパスワードが必要じゃ。パスワードは…………確か4649じゃ!」
「……確か?」
それまで厳かな雰囲気に呑まれていた勇者だったが、仙人が首を捻りパスワードを思い出そうとする仕草に思わず声をあげた。
「あ! 1122じゃ! 婆さんとの結婚記念日に封じたから間違いないぞい!」
「……ホントに?」
「間違いない! 聖剣の柄に妻との相合い傘を彫ったのを憶えておるぞい!」
「何してんの」
勇者は祠を発ち、聖剣が封印されし森の奥へと向かった。
「パスワードが違います」
聖剣を守護する女神の言葉に、勇者は目を丸くした。
「違うんだけど」
「えーっ……と、あ! 思い出したぞい! 1032じゃ! 婆さんの命日じゃ! これは間違いない! いやぁ、すまんのぅ!」
「10月32日?」
「11月1日の事じゃ」
「あっそ」
再び祠を抜け森へと向かう勇者。
「パスワードが違います」
勇者はまたも目を丸くしました。
「ちょっと」
「ええぇぇ~? あー……あ!!」
「しっかりして」
「0624! 婆さんの誕生日!」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサー!!」
勇者は祠を抜けて森へと──
「連続して三回パスワードを間違えましたので、聖剣の封印を5年ロック致します」
勇者は目を丸くしました。
「残念」
「スマン! この通り! また5年後、な? それまでに思い出しておくからのぅ!」
「再来年には実家のイチゴ農園を継がないと……」
「スマン! すまんのぅ!!」
「…………」
──5年後、勇者は32歳になりました。
「どーも」
「お? ……おぉ! 久しぶりじゃ!」
「忘れてましたよね?」
手土産のイチゴを渡すと、仙人が0625と書かれた紙を差し出しました。
「婆さんの誕生日を間違えておったわい」
「……」
静かな怒りをそっと押さえ、いざ行かんとばかり森へ向かう勇者の歩いた跡は、新鮮なイチゴの香りが漂っていました。
「新しい聖剣14は指紋認証が搭載されました」
「ほうほう」
5年も経てば時代も進むもんだな。と、勇者は感心しました。
「どれ」
──ピッ
「指紋が違います。あなたは勇者ではありません」
「…………」
勇者は諦めてイチゴ農家として精一杯働くことに決めました。