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 ~ 後日談~


 *



「ミモザ、見てくれ」


「はい、ジーク様」


「俺の子だ」


 史上最強。そう、そのように。嬉しそうな顔をしたジーク様が、同じように短い毛の赤子を抱いていた。


 フンフンと鼻息の荒い彼から、白布に包まれた赤子を受け取る。

 ジーク様はベッドで横になる妻の方へ、激励の声をかけていた。


 ミモザが「可愛らしいですね」と、呟けば。「――だろう!」という即答が飛んできた。


「ミモザ」


「はい、ジーク様」


「ぜひ、教育係を引き受けてくれ。俺はおまえから多くのことを学んだ。その子にも同じような教育を受けさせたい」


 ベッドの上で、若い令嬢が「気が早いですわよ」と笑む。


 なんと幸福的な光景だろうか。ミモザは心の底から彼らを祝福していた。


 ジーク様は自分の手で育てたようなものだ。ならばこの赤子は、孫になるのかも知れない。

 そんなことを考えるような余裕があるほどに満たされていた。


 幼い頃、母親とミモザを助けてくれた英雄は塵のようになって消えた。


 その後、母は十分すぎるほど生きたし、自分はこれまで貞操を守ってこれた。


 なんと心地の良い世界だ。ここがミモザの求めていた終着点なのだろう。


 ジーク様が「ミモザも続かねばなぁ」と冗談を言うので、「おおきなお世話ですよ」と微笑みで返す。


「だがなぁ」


 ジーク様は腕組みをして、悩ましげな顔をした。


「……何か、ひっかかるんだよな」


 彼の言葉に、ミモザは「ふふふ」と微笑む。


 ――考えすぎだ。


 きっと、そんなものは気のせいだろう。不安材料となるものは、すべて消え去ったのだ。


 ミモザはすやすやと眠る赤子へ、穏やかな眼差しを送っていた。





「……夫は、ジーク様は、何かお悩みの様子です」


 そんな相談を受けたのは、赤子がよちよちと歩き始めた頃のことだった。


「最近では、地下室へこもりっきりで、お体の方が心配ですわ。ミモザ、お願い。様子を見てきてくれないかしら?」


 ミモザは彼女の言葉に従って、様子を見に行くことにした。


 研究熱心なのは良いことだが限度がある。子供の頃からそう教えたはずだが、守られた試しがない。


 地下への階段を降りた。地下室の戸を叩く。


「ジーク様、ミモザです。研究熱心は良いことですが、少し休憩にしてくださいませ」


 戸の向こう側から「入れ」という声が返ってきた。


 重い鉄戸を開く。


「失礼いたします」


 室内は薄暗く、埃っぽい。おまけに臭い。例えるならばアンモニアのような酷く嫌な臭いが充満していた。


「窓を開けていただけますか」


 顔をしかめていると、奥からやけに窶れた表情のジーク様が現れた。


「窓はない。地下だ」


「ふふ、そうでした。それよりも、ジーク様。酷く疲れたお顔です。少し休んではいかがですか?」


「ああ、もういいんだ」


「終わったのですか? では地上にあがりましょう。奥様も心配しておられました。伴侶にあまり心労をかけてはいけませんよ」


「……なぁ、ミモザ」


「はい?」


「俺は、間違えた」


「はぁ、というと?」


 暗闇からぬっと近寄ってきたジーク様。その手には凶器が握られている。


 刃先の鋭い大振りの鎌だった。


「その鎌はどうなされたのですか?」


「ずっとひかっかっていたことを思い出した」


「はぁ?」


「俺は今までなんの為に同じことを繰り返していたかということ、だ」


 そう言ったジーク様は、ずかずかとミモザへ距離を積めてくる。


「な、なんの冗談です?」


 首元に鎌先をあてがわれて、身がひるんだ。


 背にはざらついた石壁の感触。後ろに逃げ場はない。


「俺には妻と娘がいる」


「……え、ええ」


「本当は知っていたはずなのに。心に刻んでいたはずなのに、こんな簡単な間違いを犯した!」


「ジーク様。とにかくそれを離してください」


「俺は今までなんのために。

 こんな世界じゃ、もう生きている意味もない!」


「落ち着いて、話をしてください」


「話す必要はない。もう一度、やり直すだけだ」


 その一瞬だった。鋭利な鎌の刃が、喉元をかすめた。


 とたんに鮮血が吹き出す。ミモザは慌てて患部を押さえたが、一度吹き出たものが戻るはずもない。


 暖かな感触だけが腕を滴っていく……。


 それは、いくらあがいても、死に向かうだけと運命づけられている。絶望的な現実だった。


「こ……わい」


 今まで何度も世界を繰り返してきたのに。


 何度だって投げ出してきたものなのに。


 これほどまでに死に対して、恐怖を感じたことがあっただろうか……。


「俺は、今度、今度こそ、手遅れになる前に、すべてを思い出してみせる」


 凶器が振り上がる瞬間を見た。やめて欲しいと心から叫んだ。


 だが、文字通り手遅れだった。


 ジーク様が笑っている。泣きながら笑っている姿が、目のはしに見えた。



 ――なぁ、ミモザ。


 おまえは、置いていかれる人間のことを考えたことがあるか――。


 糸が切れる寸前。

 はっきりと、最期の言葉が聞こえた。



 END

※本編はこちらで終了となります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

私情にはなりますが、ジーク編はまだ書けないなって悟りがあり、こちらの短編は2019-2020年に書き下ろしたものになります、

引っ越しや云々があり、

大変忙しくなかなかアップロードができず仕舞いでした。ありがとうございました。礼

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