(6)
~ 後日談~
*
「ミモザ、見てくれ」
「はい、ジーク様」
「俺の子だ」
史上最強。そう、そのように。嬉しそうな顔をしたジーク様が、同じように短い毛の赤子を抱いていた。
フンフンと鼻息の荒い彼から、白布に包まれた赤子を受け取る。
ジーク様はベッドで横になる妻の方へ、激励の声をかけていた。
ミモザが「可愛らしいですね」と、呟けば。「――だろう!」という即答が飛んできた。
「ミモザ」
「はい、ジーク様」
「ぜひ、教育係を引き受けてくれ。俺はおまえから多くのことを学んだ。その子にも同じような教育を受けさせたい」
ベッドの上で、若い令嬢が「気が早いですわよ」と笑む。
なんと幸福的な光景だろうか。ミモザは心の底から彼らを祝福していた。
ジーク様は自分の手で育てたようなものだ。ならばこの赤子は、孫になるのかも知れない。
そんなことを考えるような余裕があるほどに満たされていた。
幼い頃、母親とミモザを助けてくれた英雄は塵のようになって消えた。
その後、母は十分すぎるほど生きたし、自分はこれまで貞操を守ってこれた。
なんと心地の良い世界だ。ここがミモザの求めていた終着点なのだろう。
ジーク様が「ミモザも続かねばなぁ」と冗談を言うので、「おおきなお世話ですよ」と微笑みで返す。
「だがなぁ」
ジーク様は腕組みをして、悩ましげな顔をした。
「……何か、ひっかかるんだよな」
彼の言葉に、ミモザは「ふふふ」と微笑む。
――考えすぎだ。
きっと、そんなものは気のせいだろう。不安材料となるものは、すべて消え去ったのだ。
ミモザはすやすやと眠る赤子へ、穏やかな眼差しを送っていた。
*
「……夫は、ジーク様は、何かお悩みの様子です」
そんな相談を受けたのは、赤子がよちよちと歩き始めた頃のことだった。
「最近では、地下室へこもりっきりで、お体の方が心配ですわ。ミモザ、お願い。様子を見てきてくれないかしら?」
ミモザは彼女の言葉に従って、様子を見に行くことにした。
研究熱心なのは良いことだが限度がある。子供の頃からそう教えたはずだが、守られた試しがない。
地下への階段を降りた。地下室の戸を叩く。
「ジーク様、ミモザです。研究熱心は良いことですが、少し休憩にしてくださいませ」
戸の向こう側から「入れ」という声が返ってきた。
重い鉄戸を開く。
「失礼いたします」
室内は薄暗く、埃っぽい。おまけに臭い。例えるならばアンモニアのような酷く嫌な臭いが充満していた。
「窓を開けていただけますか」
顔をしかめていると、奥からやけに窶れた表情のジーク様が現れた。
「窓はない。地下だ」
「ふふ、そうでした。それよりも、ジーク様。酷く疲れたお顔です。少し休んではいかがですか?」
「ああ、もういいんだ」
「終わったのですか? では地上にあがりましょう。奥様も心配しておられました。伴侶にあまり心労をかけてはいけませんよ」
「……なぁ、ミモザ」
「はい?」
「俺は、間違えた」
「はぁ、というと?」
暗闇からぬっと近寄ってきたジーク様。その手には凶器が握られている。
刃先の鋭い大振りの鎌だった。
「その鎌はどうなされたのですか?」
「ずっとひかっかっていたことを思い出した」
「はぁ?」
「俺は今までなんの為に同じことを繰り返していたかということ、だ」
そう言ったジーク様は、ずかずかとミモザへ距離を積めてくる。
「な、なんの冗談です?」
首元に鎌先をあてがわれて、身がひるんだ。
背にはざらついた石壁の感触。後ろに逃げ場はない。
「俺には妻と娘がいる」
「……え、ええ」
「本当は知っていたはずなのに。心に刻んでいたはずなのに、こんな簡単な間違いを犯した!」
「ジーク様。とにかくそれを離してください」
「俺は今までなんのために。
こんな世界じゃ、もう生きている意味もない!」
「落ち着いて、話をしてください」
「話す必要はない。もう一度、やり直すだけだ」
その一瞬だった。鋭利な鎌の刃が、喉元をかすめた。
とたんに鮮血が吹き出す。ミモザは慌てて患部を押さえたが、一度吹き出たものが戻るはずもない。
暖かな感触だけが腕を滴っていく……。
それは、いくらあがいても、死に向かうだけと運命づけられている。絶望的な現実だった。
「こ……わい」
今まで何度も世界を繰り返してきたのに。
何度だって投げ出してきたものなのに。
これほどまでに死に対して、恐怖を感じたことがあっただろうか……。
「俺は、今度、今度こそ、手遅れになる前に、すべてを思い出してみせる」
凶器が振り上がる瞬間を見た。やめて欲しいと心から叫んだ。
だが、文字通り手遅れだった。
ジーク様が笑っている。泣きながら笑っている姿が、目のはしに見えた。
――なぁ、ミモザ。
おまえは、置いていかれる人間のことを考えたことがあるか――。
糸が切れる寸前。
はっきりと、最期の言葉が聞こえた。
END
※本編はこちらで終了となります。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
私情にはなりますが、ジーク編はまだ書けないなって悟りがあり、こちらの短編は2019-2020年に書き下ろしたものになります、
引っ越しや云々があり、
大変忙しくなかなかアップロードができず仕舞いでした。ありがとうございました。礼




