大魔導士マーリン
明日の〈適性試験〉に備えるため俺たちはギルドを後にした。
道を行く俺とリーゼ。さて……まずはどうしたものか。
「魔法のことだが、まずはどうする。いきなり修行から始めるか?」
「いえ、まずは魔法に必要な道具を揃えるのです。〈魔術書〉と〈魔法の杖〉が要りますね。この街には揃えられそうな所はありますか?」
「ああ、一つあるよ。たしかこっちだったはずだ。行ってみよう」
俺たちがやってきたのは、この街唯一の魔道具店〈まばゆい三日月亭〉だ。
大きな古めかしい店の壁にはいくつものツタが絡まっている。
「うわぁ由緒がありそうな店ですね。ドゥリン、入りましょうか」
「ああ、そうだな」
魔導書か。そういえば一度買ったことがあったっけ。
勇者パーティーにいた頃、俺は皆の役に立ちたいと、魔法を覚えようと思ったことがあった。
俺は勇者から与えられる、少ない報酬をやりくりし、どうにか一冊の魔導書を手に入れたのだった。
だが、いざ読もうとした時、勇者パーティーの一人、賢者ミネルバに見つかってしまう。
彼女は面白がってそれを俺から取り上げるのだった。
「あーらドゥリンのくせに似合わないものを持っているじゃない。ちょっと私に見せてみなさい!」
「あっ、待ってくれ! そ、それは金を貯めてようやく買えた大事なものなんだ。俺も魔法が使えるようになればみんなの役に立つだろう?」
「ぷっ……あははっ! 冗談でしょ? ドゥリン、あなたに魔法なんて使えるわけないじゃない。はあ。だからあなたは無能なの。いったい何を勘違いしているのかしら……」
「そ、それは……わからないだろ。もしかしたら努力したら俺にだって……」
「はあ。これだから素人は……魔法っていうのはね、才能と血筋がすべてなの。平民出身の、底辺職のあなたが使えるわけないでしょ。そういうわけだから、これは燃えるゴミに出しておいてあげるわ」
結局、俺は魔導書をまったく読むことが出来ないまま彼女に持っていかれてしまった。
俺は抗議したかったが、勇者パーティーでの、俺の立場などあってないようなものだったからどうすることも出来なかった。
後日俺が気が付いた時には、それは焚き木の中にくべられて、灰になっているのだった。
あの時はそれで魔法を習得するのを諦めてしまった。
けど、今の俺にはリーゼがついてる。
魔法が得意なエルフの彼女が教えてくれるんだ。
よし……時間はないが必ずモノにしてみせるぞ……
俺は意気込んで店のドアを潜った。
店内はかなりの広さだ。大きな本棚にいくつもの魔導書が収められている。
「ふふっ……ドゥリン、まずは魔導書を選んでいきましょうか」
「リーゼ、なんだか嬉しそうだな」
「それはもう。だってドワーフ様のお役に立てると思うと嬉しくて」
「はははっ助かるよ。どの魔導書を選べばいいかな」
「そうですねまずは〈初級魔術〉の収められたものを。それと、将来的に〈中級魔術〉も必要になるでしょうから合わせて買って行きましょう」
魔法使うにはまず魔導書を読んで習得し、それを基礎にして魔力をコントロールする技術が必要なのだとか。魔導書というのは実際に読んだことはないのだが、一冊を理解するのに平均して数か月、高度なものになれば数年を要するらしい。
おそらく相当に複雑で難しいことが書かれているのだ……
俺たちには一日しか時間はないのだが、リーゼがわかりやすいように解説してくれるようなので、今は彼女を信じて頑張るしかないだろう。
何冊かの魔導書を選び終えたリーゼが言った。
「ふう……魔導書はこれで十分でしょう。あとは杖が要りますね」
「ああ。杖は店の奥に置いてあるらしい」
本棚の列のあいだを抜けて、店の奥のカウンターにいたのは白いひげをたくわえたローブ姿の老人だった。とがった帽子の下から覗く、その眼光は鋭い。
「いらっしゃい。何かお探しかね?」
「はい、実は魔法の〈杖〉を探していまして」
「ふぉっふぉっ。ならばうちに来て正解じゃ。わしはマーリン、この店の店主じゃ。皆からは〈大魔導士〉とも呼ばれておるよ」
「えっ!? す、すごい……あの大魔導士マーリン様ですか?」
「知っているのですかドゥリン?」
「ああ。数々の活躍をされたすごい魔法使いだよ。ここで魔道具店を開いていたなんて、驚いたなあ」
――大魔導士マーリン。
冒険者たちに今でも語られる半ば伝説的な魔法使いだ。
あの勇者パーティーに選ばれてこそいないが、その実力は賢者ミネルバに並ぶとすら言われている。
「わしもずいぶんと年を取ったものじゃ。冒険者を引退して久しいが、魔道具を扱う目は衰えておらぬ。この店の品ぞろえは周辺でも随一だと自負しておるよ」
「すごいなあ。実は俺、初めて魔法を学ぶんです。どんな杖がいいでしょうか?」
「ふむ。初めて魔導をこころざすか、感心なことじゃ。まず、杖には人それぞれ適性があるのじゃ。己の魔力量に合わせた適切なものを選ばねばならん。そこでじゃ……」
マーリンがカウンターの下から取り出したのは大きな水晶玉だった。
「これは……?」
「この水晶玉は手をかざすことで、その人の魔力量を計ることができるマジックアイテムじゃ。さあ、手をかざしてみよ。強く光り輝くほど、魔力量が多いという証じゃ」
「よ、よし……やってみるか」
「頑張って、ドゥリン!」
俺は緊張しながら水晶の上に手をかざした。
どうだろうか。荷物持ちの俺でも多少は適性があるといいんだが……
俺の手の下で水晶玉がカタカタと音を立てながら震えだした。
水晶玉から漏れ出す白い閃光。中から何かの高い音が響いている。
……キイイィン!
「ん? なんじゃこの音は……?」
マーリンが不思議そうに水晶を見ている……
――次の瞬間だった……!
ズッドオオオオオッ!!
いきなり水晶玉はひときわ強い光を発したかと思うと、バラバラになって砕け散ってしまった。
大きな爆発音が鳴り響き、店の中がぐらぐらと揺れていた。
「な、なんだ!? ば、爆発した……!」
「び、びっくりしました……」
「なっ!? いったいなにが起こったのじゃ。こんな反応は初めてじゃ」
「これは……どうなんでしょうか。マーリンさん、俺の適性は?」
「うーむ、わからぬ。ふむ、水晶玉の故障か? そんなはずはないんじゃが……」
まいったな。まさか爆発するとは思わなかったな。
やはり、あまり適性がないのだろうか……
マーリンはしばらく砕け散った水晶玉の残骸を調べていたが、やがて立ち上がって言った。
「よし。ならばわしが直接、おぬしの適性を見てやろう。そこでじっとしているのだぞ」
俺に向けて手をかざすマーリン。短く呪文のようなものをつぶやいている。
店主の手から光が伸び、俺の体を包んだ。どうやら俺の魔力量を計っているようだ。
「むん……ぬぅ!? な、なんじゃこれは!」
突如、表情をかえてうろたえるマーリン。
いったいどうしたんだろう……
「マーリンさん、どうかしましたか?」
彼の様子に俺は思わず問いかける。
しかし、彼の顔色がたちまち真っ青になっていくのが見て取れた。
それはまるで、ひどく恐ろしい何かを見ているかのようだった。
「ぬ、ぬああああっ!! ヒイイイッ! あ、ありえんぞ。なんという魔力量じゃ。これではまるで……」
「だ、大丈夫ですか。なんだか顔色が悪いですが……」
マーリンはガクリと膝をつき、うなだれながら震えていた。
俺は心配になり声をかけるのだが、マーリンはうわ言をつぶやくだけだった。
「汝、深淵を覗くとき、深淵を覗いているのじゃ……ガクガクブルブル……」
どうしたんだろう、大丈夫かな。
どうやら体調が悪そうだ。後で医者を呼んでおいた方がよさそうだが……
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