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第69話 おじさんは犯した過ちをなおせない

(あ、あは、あははは、どうしてこうなったのですか? ねえ? 神様)


清々しい朝に、ガナーシャは教会で祈りを捧げていた。

隣に祈るニナがいる。

その真剣な表情は女神のように美しく誰も声を掛けられない神聖な雰囲気を醸し出している。


暫くして、祈り終えたニナがガナーシャの方を見てにこりと微笑む。


「お待たせしました。では、行きましょうか」


ニナが立ち上がる。だが、いつもと様子が違っておかしい。


「うふ、うふふふふ、うふふふふふふふ」


そして、ガナーシャもおかしかった。


「あは、あはは、あははははは……」


教会の中で、幸せそうに笑うニナと、困ったように笑うガナーシャ。

様子は二人ともおかしいが、おかしい方向が違う。だが、思い出していることは同じ。


「うれしいです。ガナーシャさんと家族になれるなんて……思ってもいませんでした」

「僕も、思ってもいなかったよ……」


ニナがぽーっと頬を桃色に染めながら、ガナーシャがもじゃもじゃ頭を掻きながら思い出すのは昨日の出来事だった。






昨日、教会には朝早くにも関わらず、とても多くの人間が集まっていた。

教会の奥では、冒険者ギルドのギルド長であるグレゴリーと、王族のサファイアが一枚の誓約書を確認している。

その二人と誓約書を挟んでいるのがガナーシャとニナ。

ガナーシャはずっと脚をさすり続け、ニナは頬をおさえながらニコニコしていた。

グレゴリーがとても嬉しそうな顔で二人を交互に見ると口を開く。


「それでは、お二人ともこの誓いに嘘はありませんね」

「うふふ、ありません」

「……う、あ、あ、ありません」


教会の中で交わされる誓いを、リア達集まった多くの人々が固唾をのんで見つめていた。


「あの二人が……嘘でしょ……!」

「いつの間にだよ、本気で驚いたぞ」

「ニナ様! ニナ様ぁああああ! おしあわせにぃいいい!」

「ししょおっ! うるさいですっ! それにしても、ニナはっ、凄いですねっ!」


ニナは複雑な表情で驚き、ケンも呆気にとられながら、マックは大粒の涙を溢し、それを拭きながらメラは感心していた。


「ああー、お兄様がぁ……お兄様ぁあ……」

「もうシーファ様。悲しむ事ではないでしょう。おめでたいことです。ガナーシャさんにとっても。ねえ、ユアンさん」

「おう! めでてえめでてえ! 祝いの酒だ! 酒もってこい! ユアン特製自動酒飲ませ機を見せてやろう!」


シーファはハンカチを濡らしながら、アクアは心から幸せそうに、ユアンは酒を呑みながら二人を見守る。


「ではー、ニナとー、ガナーシャ=エイドリオン。ここに新たな家族が生まれたことをー、ここにみとめるー」

「ふふふ、サファイア様くやしそうですね、スライタス」

「まあ、心穏やかではないだろう。その心を慰めるのは騎士の仕事だな。ヴァルシュ」

「いえ、執事の仕事ですよ」


棒読みのサファイア、そして、二人でずっと肩をぶつけ合うスライタスとヴァルシュ。

彼らの前でニナは嬉しそうに微笑み、ガナーシャを見る。


「うふふ。これからよろしくお願いしますね」


ニナはぐいっとガナーシャの手を取り目と鼻の先まで近づけ、そして、口を開く。


「……お父さん」

「!!?? ニナ、お願いだから呼び方だけはいつも通りにしてくれないかなあ!?」


今日、二人は家族になった。

親と子として。

ガナーシャとニナが交わした誓約書の16番目は、白銀で擦られ消えかけた文字の上に書かれていたのは、こうだった。


『翼を操れるようになったら、ガナーシャはニナのお父さんになることを認める』


ガナーシャはとてつもなく反省していた。

当時は、30のお願いはほとんど内容もかわいらしいもので、数もこどもらしいと思っているだけだった。

時折、これを変更させてほしい。これはもういいと言ってきたが、大体が要求が軽くなるだけだったのでうんうん頷いていた。

部屋に入って物色するのも子どもらしいいたずら心だろうと思っていたし、大抵ガナーシャをわらわせてくれる楽しいものだったので、次第に細かくは気にしないようになっていた。


全ては、策略だったのかもしれない。


お願いの数も、度々の変更も、部屋に入ってくるのも、かわいい悪戯も、この為だったのかもしれない。


それに気付き、慌ててニナと話し合いを重ねたが、ニナは一切譲らなかった。

そして、教会で誓いを立てるに至ってしまった。


「ねえ、なんでみんな来てるの!? 結婚式みたいな空気で恥ずかしいんだけど!」


これも恐らくニナの策略だろう。みんなに知られており、これでガナーシャの仲間内では完全にニナはガナーシャの娘であると認められてしまった。

ニナは嬉しそうにリア達の元へ行き祝福を受けている。


「くっくっく、まあ、諦めろ。ガナーシャ。お前の負けだ。珍しくな」


グレゴリーがとっても嬉しそうにガナーシャの肩に肘をかける。


「嬉しそうだね、グレゴリー」

「そりゃあなあ。最弱で不敗のお前に泥を付けたんだから」

「不敗ではないし泥なんて付きっぱなしだよ」

「くっくっく、でもな。お前に家族が増えてみんなほっとしているんだ」


グレゴリーがそう言った横顔はとても真剣で、それでいて、とても幸せそうで。


「お前は……自分の人生を犠牲にして人々を救おうとするから。これでお前もお前自身をよりないがしろに出来なくなっただろ? 家族の為に」


ガナーシャにもそれは分かっていた。家族は、ガナーシャを縛り付ける。

この世界にガナーシャを。生きていたい死にたくないと思わせる未練になる。

それはガナーシャにとって苦しい程幸せな鎖で。


「きっとニナは分かっていたんだ。お前がいつでも『お別れ』出来るように生きているんだって。お前の妹も薄々それを感じ取っていて寂しそうだったぞ」


目の前ではニナがシーファに向かって楽しそうに挨拶をしている。


「これからよろしくお願いしますね、おばさま」

「な、なんだ。この前のそういう意味だったのですね。おほほ……じゃなーい! それでは、この子はエイドリオン家の一員という事ですか!? 聖女が!? やったー! じゃなくて! ああもう! 我が家としては良い事づくめなのに素直に喜べないのはなぜでしょうか! ああもう! ニナ! これから二人で家族としてお兄様を支えますよ」

「うふふ、はい、おばさま」


百面相で忙しそうなシーファとそれを楽しそうに見守るニナはとても幸せそうで。


「く、くくく……お前に家族が……何故だろうな、涙が出てくる……」


グレゴリーは眉間を指で挟みながら、天を仰ぐ。その目には光るものがあり……。


「ガナーシャ。『抱えることは不幸じゃない。その重さは生きるために必要な重さ』だ」

「それは……」

「お前が私にくれた言葉だ。今、返してやるよ。まさか自分は違うとは言わないよな」


グレゴリーは皺をくしゃりと作りながら子供のように笑った。


「ガナーシャ」

「サファイア様」


振り返ると、サファイアがさっきの棒読みの表情とは打って変わって真剣な表情でガナーシャを見ていた。


「ニナには伝えたのか? 『あの娘』の話は?」

「ええ……絶対に避けられない話ですからね」

「ニナはなんと……?」


ガナーシャは目を伏せて困ったように笑いながら呟く。


「一緒に受け止めたい、と……」


ガナーシャの言葉を聞いて、サファイアは一瞬きょとんとした少女のような表情を見せ、そして、ぷるぷると震えだし笑う。


「ふは、ふははははは! それでいいじゃないか! なあに、きっとリアもケンも気持ちは同じだよ。いや、アイツらも家族になろうとするんじゃないか?」


よほどおかしかったのかサファイアは目元を拭いながらばんばんとガナーシャの背中を叩く。強すぎる力にガナーシャは苦笑いを浮かべる。そして、サファイアの言葉にどう返すべきか戸惑う。


「……えーと」

「ガナーシャ。お前が家というものそのものを避けていることは知っている。お前とはまた違うが、私も家を避けていた。けどな、『家族は家族。それが人によって意味が変わっても家族は家族』……これもお前が言った事だぞ」


サファイアの、いや、ガナーシャの言葉にガナーシャは目を見開く。

そして、もじゃもじゃ頭を掻いて空を見上げる。

教会の屋根は修理が始まっており、閉じかけているがそれでもまだ隙間から空が見える。差し込む光が眩しくてガナーシャは目を細める。瞳の中でキラキラと反射して目を開けていられないなとガナーシャは笑う。


「参ったなあ、過去の僕に、背中を押されるなんて……」


ぽたりと一滴だけガナーシャの黒い脚の足元に雨が降る。

たった一滴の雨が、洗い流したものの大きさを知るグレゴリーとサファイアは笑う。

そして、遠くでその様子を見ていたシーファも微笑んでいた。


痛む脚を引きづりながら、身体中に刻まれた呪いを纏いながら、絡みついた縁を縛り付けられながら、それでも、ガナーシャはニナへと歩み寄る。

黒い脚からは影が生え、ガナーシャの後ろに黒くしがみ付く。


『抱えることは不幸じゃない……! 絶対に! その重さは、その、重さは……生きるために必要な重さなんだ! 絶対に!』

『家族は家族だろ! それが人によって意味が変わっても家族は家族なんだ! 君の家族は君にとってなんだ!? 思い出せよ!』

『ねえ、●▼。きっとまた会えるから。今度会えたその時は……うん、そうだね……家族になれたら、いいね……うん、じゃあ、おやすみ。……さよなら』


影はガナーシャから離れない。だけど、影はガナーシャと同じ形でしかない。


『君は君だ』


誰かが大きくするわけでも小さくするわけでもない。

形を変えるのは自分だ。影はそれに従うだけ。

なら、


「僕は僕だ。未来の形が変わっても、過去は変わらなくても、僕は僕だ」


影にそう告げるとガナーシャはもう一度空を見る。塞がれかかった天井の隙間から自由に空を飛ぶ鳥が見えた。

そして、太陽の光がガナーシャの前を小さく照らした。

その光の先に子どもたちがいて。

ガナーシャは笑っていて。


「ニナ」

「これからよろしくね」

「……はい!」

「そして、リアもケンも……よろしくね」

「……うん!」

「はあ、当たり前だろ、仲まあっ!? おい! おっさん! 急になんだこら!」


気付けばガナーシャは三人を抱きしめていて。


「お、お兄様! 何を!」

「あ、あはは……ははははは! シーファも来る?」

「え、えええええええ!? せせせせ千載一遇のチャンス!? やったー! ニナ、貴女のお陰ですわ! ありがとう! 本当にありがとう!」


飛び込んでくるシーファ。その後を追って、メラやアクアも飛び込んでくる。

おじさん達はその様子を見ることなく、みんな空を見上げていた。

ガナーシャは笑っていた。

その笑顔は、シーファも知らない、子どものような無邪気な笑顔だった。





「ああぁ~~」

「うふふ、まだ、照れているんですか? 昨日のこと」


ガナーシャは頭を抱える。昨日はどうかしていたと顔を赤らめながら。


「ああ~、昨日は、その、気分が上がっちゃって……!」

「うふふ、いいんですよ。そのまま上がり続けてくれたら」


ニナが嬉しそうにガナーシャをつつく。


「そうだ。お父さん、一緒にお風呂に入る?」

「「だ、だめ! それは絶対にだめ!」」

「こ、こら! ニナ!」


ガナーシャが顔を真っ赤にして怒ると、慌てて逃げるそぶりをしながら離れたニナがくるっと回って振り返る。


「ふふふ、分かってますよ。わたしはガナーシャさんの娘なんだから困らせることは時々しかしません」

「時々!?」

「それより、リア? あなたも顔真っ赤だけど大丈夫?」

「だって……だって……うう~!」


教会の隅っこでニナ達に倣ってお祈りをしていたリアが顔を真っ赤にして唸っている。

昨日からリアはガナーシャとニナに何か言いたそうにしながら、ずっとうろうろしていた。

今日も、ニナがガナーシャと約束をして出かけていたのだが、何故かこっそりリアも付いてきており、ニナは楽しそうに、ガナーシャは気づいていたのだが声が掛けづらく放置していた。


「ふふ、リアも家族になったらいいのに」

「ア、アタシがガナーシャの娘に!?」

「娘じゃなくもいいと思うけど」

「は、はあ!?」


リアが頭から湯気を吹き出しそうなくらい真っ赤になって動揺しているのを楽しそうに見つめるニナ。ガナーシャはその様子を顔をひきつらせながら眺めて、意を決してぽんと手を打つ。


「ああ、孫!」


ガナーシャのその一言に静かな教会の空気が戻ってくる。

じいっと見つめるニナとリアにガナーシャは苦笑いで応える。


「……これ、どっちだと思う? ニナ」

「この人はそういうのはないですから、気付いてて誤魔化してます」


二人綺麗に揃ってため息を吐くと、外に向かって歩き出す。

そのまま離脱しようとしたガナーシャだったが、ニナに不動の微笑を向けられ、後ろをついていく。


一昨日までであれば、このくらいの時間でリアと出会い『偶然』散歩が一緒になって、ケンの所へ向かう。だが、今日は三人で歩く。

リアは顔のほてりがおさまらず赤い顔でガナーシャとの間にニナを挟んで歩き出す。

その様子を見てニナはにこにこ笑っている。


「うふふふ、うふ、ふふふふ」

「……楽しそうね、ニナ」

「ええ、とっても。楽しくて楽しくて仕方ないわ」


その様子にリアも呆気にとられたが、肩の力が抜けたように息を吐き、微笑む。

が、その微笑は一瞬のこと。


「なんだか、ガナーシャがお父さんで、娘のわたしで、リアが……」

「待って! やめて! いや、その、ちょっと! 待って!」


慌ててニナの口を塞ぐ。


「えーと! えーと! ほら、お姉ちゃんでしょ! お姉ちゃん! ニナにとって、アタシは! ね!?」

「ぷは。ふふ、じゃあ、今はおねえちゃんで」


照れるリアと微笑むニナ。そんな二人を見ながらガナーシャはずっと脚をさすり続けていた。ガナーシャは鈍感を気取る気はない。だが、流石にとガナーシャは首を振り、脚をさする。ちらちらとリアが見てくるが気付かないふりをする。リアの指が一本勝手に動いて何かを訴えているが気付かないふりをする。ニナがずっと笑っているのであとで注意しようと心に決める。ニナの気持ちも分かるのでちょっとだけの注意にしようと思いながら。


ニナは、ガナーシャに沢山の心残りを作ろうとしている。死ねない理由を作ろうとしている。

笑顔になっていい理由を作ろうとしてくれている。


ぽん


「ほえ?」


気付けば、後ろからニナの頭を撫でていた。そして、さらに遅れて、間の抜けた声が絶対に出しそうもないニナから発せられたものだと気づく。


「あ、ごめん。ニナ、その……」

「べ、べつに……いいですよ。む、むすめですし……」


ぷるぷる震えるニナの背中から翼が生えそうになっていることに気付き慌ててガナーシャは背中を抑える。背中がとんでもなく熱くてガナーシャはぎょっとする。

と、その時、早歩きのケンが追いついてくる。


「おう、お前ら。おっさん、ニナの背中押してどこに連れて行く気だ?」

「あ、ケン。寝坊?」

「ちげーよ! 第三騎士団の早朝訓練に参加してたんだよ。そうだ! おっさん! 今日は向こうで色々教えてもらったから、特訓しようぜ! 特訓!」


汗だくで笑うケンを見て、ニナとリアが目を合わせる。


「……あれは?」

「ヤンチャな手のかかる弟ですね」

「誰がだあ!? こらあ! おい! おっさん、娘の教育どうなってんだよ!」

「ちょ、ちょっと! ケン落ち着きなさい!」

「きゃー、おとーさーん、にげよーあばれんぼうおとうとがくるーこわーい」

「あ、あわわわ! こら、ニナ!」


目を吊り上げて怒ってくるケンに、慌てるリア、そして、棒読みで助けを求めるニナ。

ガナーシャは慌ててニナの背中を押しながら、歩くのを諦め、走り出す。

彼女の背中を押す為にも前を向いて走り出す。脚を引きずりながら、それでも前に。


ニナ編完結まで残り1話! 今日中に、いけるのか!?

そして、アシナガおじさん一旦完結まで+5話! 予定!

よければ、最後までお付き合いよろしくお願いします。


GW集中連載! そして、コンテスト用短編! だぶんぐる風テンプレマシマシキガルニヨメルハイファン! よければ読んでみてください! 気楽に読めます!


『自律思考型ゴーレム【エーアイ】が指示するからスキル無しはもういらない』と追放された無能力参謀は勝手についてきた相棒の女将軍とその軍団と一緒に最強の村作り。あの、無能力だけど無能じゃないんですが?

https://ncode.syosetu.com/n1063if/

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