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第67話 自己中聖者は歪んだ認識をなおせない

『うふふ、ねえ、貴方はもっともっと色んなことを知っていると噂ですよ?』


そこは、光も差さない位部屋だった。

スライムと化してしまった彼はそこで震え続けていた。

ただただ全てを閉ざし眠り続けたかった。

だが、


『ねえ、起きているようですよね? ねえ?』


頭の中に直接送り込まれたような、声に揺らされて慌てて答える。


『はい! 起きています!』


その部屋には彼と二人の人間がいた。

一人は、女。

扇を手に持ち、口元を隠している。

この女は彼がここに連れられた時から毎日のように来ている。


彼はスライムになってしまっており、自分が簡単に死ぬような存在だと理解したために、だんまりを決め込み少しでも困らせようとした。

だが、彼女はそれを許さなかった。


声を直接体の中に送り込んでくる彼女は、痛みも苦しみもなく、ただただ恐怖を彼に感じさせた。そして、彼女は彼の声を聞くことが出来た。出来たために、彼は口がないから話せないという理由を失っていた。


『さあ、話してほしいそうですよ』


彼女の曖昧な言い回しが彼は気に入らなかった。

だが、それでも話さなければずっと心を痛めつけられるのだ。


『な、何を話しましょう?』

『なーんでも話してくれると嬉しいみたいです。ただ、出来れば同じ話は避けて欲しいようですよ』

『で、では、聖者の伝説を、遥か昔に現れた聖者は、私利私欲に走らず持っているものを出来るだけ子どもたちに分け与え、己の心を操り、強き心を持って、悪魔を討ったと言われています。そうなるようにと教え込まれてきました』

「……ですって。ふふふ……みたいですね」

「勘弁してよ。アクア。僕にだって欲はあるんだよ」


ちゃんとした声で二人が会話をしているようだ。よくは聞こえなかったが楽しそうだ。


『でも、その話は、私は聞いたことがあるらしいので、削りますね』


そう言って女は彼の身体を液体に近い身体を掬って器に入れる。


『あ、あああああ!』


自分の身体が文字通り失われ彼は震える。

ずっとこうだった。何か失敗するごとに削られた。

そして、どんどんと彼は少なくなっていった。


「それってどうするの?」

「ユアンさんが新しい魔導具の開発に使いたいらしいです」


白銀の液体が器におさめられていく。

少しの痛みと自分が失われていく恐怖に狂いそうだった。

だが、狂うことは出来ない。彼らは許さない。


ずっと、償えるほどの価値を求め続けられてきた。

最初は、今まで傷つけた人間達の怒りの声を受け止め続けてきた。

覚えてもいない人間達が、死んだ人間を返せ、壊れた森を返せと迫ってきた。

その怒声の震動だけで彼は恐怖と僅かな痛みを感じる程弱くてずっと震えていた。

次に、持っているものを全て奪われた。

あの女に尋問され、今まで得た財産の全てを取り上げられた。

次に、頭の中を、知っている情報を全て絞り上げられた。

最後に、身体を少しずつ奪われていった。

ほんの僅かな身体。小さい小さい身体。

誰よりも弱く醜い身体。


それでも、消えないものがあった。

それが、女の奥にいる弱そうな男への憎しみだった。

あの男がいなければ、物語の主人公になれたのに。

彼はそう考え続けていた。

死を目前にして、彼は最後の賭けに出た。


「ギシャアアアア! アアアアァァァ……」


赤茶のもじゃもじゃ髪の男に跳びかかろうとした。

が、


「……その勇気が、傷つくことを恐れずに戦う勇気が、死の恐怖を乗り越えられることが出来れば、君の強さなら英雄になれたかもしれないのに」


そう言って悲しそうな目をする男の手前で身体は持ちこたえることが出来ず、どろどろと溶けていく。


英雄。

彼にとって懐かしい響きだった。

もし、生まれ変わるとしたら英雄に。

彼はそう神に祈りながら、とけてなくなった……。


『うん、無理だね』


声が聞こえた。美しく凛々しい声だった。


彼は、ブレイドだった頃の、人間の姿でいつの間にか立っていた。


「こ、ここは……?」


そこは見たこともない場所だった。

白く輝く炎のような雪のような砂のような風のような何かが渦巻く空間に彼はいた。


『ここは巡りの輪』


目の前にいる女はそう言った。

ブレイドは、一目見てその女が誰か分かった。


「神様、ですか……」

「そうとも呼ばれているね」


ブレイドは胸の前で手を組み感謝を表した。

地獄のような日々を終えて、この場所に来れたことに、神に出会えたことに。


「ありがとうございます! やはり、僕は間違っていなかったのですね!」

『間違っていないよ』


神の言葉に打ち震える。神は、ブレイドの行いを否定しなかった。

やはり自分は正しかったのだと。


『私に正しい間違いというものはない。私はお前達なのだから』


神の言葉にブレイドは首を傾げながらも、ブレイドを間違いではないと言った神のいう事に間違いはないのだと大きく頷いた。


「神よ、ここはどこなのでしょうか」

『ここは巡りの輪。全てのものがここで全てを洗い流し、世界へと戻る為の場所』

「ふは! ふはははは!」


ブレイドはその言葉に顔を歪めて嗤った。


「馬鹿め! あの男の言ったことはやはり嘘じゃないか! 死んでも終わりじゃない! こうやって生き返ることが出来る」

『生き返りではない。巡りだ。次の生、あるいは、死への場所』

「はい! その通りです!」


ブレイドは神の言葉に頷く。そんなことはどうでもよかった。

ただ、まだやり直せる。その希望にブレイドは喜んでいた。


『お前もこれより巡りの輪に入る。それは記憶と汚れを洗い流す旅。それを終え、【無の魂】となれたものは次の生、あるいは、死を迎えることが出来る』

「はい! わかりました! 僕も次の生を迎えたいです!」


ブレイドは出来るだけ神に愛されようと精一杯の凛々しい笑みを浮かべるが神は表情一つ変えることなく話を続ける。


『ならばいくがいい。旅を終えた先がお前の次の旅の始まりだ』

「はい! ありがとうございます。僕は必ずこの度を終えてみせます」


ブレイドはきりりと顔を引き締め、神に笑いかけ光の中へと入って行く。

そこは、海のような場所で、ブレイドはその流れの中で笑っていた。


「あは、あははははは! 次の人生では失敗しない! 絶対にうまくやってやる!」


ブレイドが勢いよく巡りの輪を泳ぎ始めると、神の声が聞こえた。


『本来あそこで生まれたものは汚れが少ないからすぐに巡りを終えることが出来るんだが』


神はブレイドをじっと見ていた。


『お前は随分と恨まれているようだな』

「……え?」


ブレイドは自分の身体が重くなっていることに気付く。


『お前が魂になったと同時に沢山の黒がお前にしがみついている』


神が視線を外し、ブレイドの身体を見る。

ブレイドも又それに従い身体を見る。


「う、うわああああああああ!」


そこには沢山の黒い何かがブレイドに捕まっていた。


『巡りの輪は、旅路、あるいは、過去の清算、解放。故にお前以外の魂の過去や心も在る。お前の罪がお前を捕らえその罪を洗い流せる時までお前は耐えねばならない』


しがみつく黒い何かは重く痛く怖かった。


「こ、これに耐える!? い、いつまで!?」

『この魂達の残した恨みが、お前の罪が洗い流されるまで。ここは巡りの輪。魂を洗い流し、過去を清算し、記憶の浄化を行う河。神の国、あるいは、天の国、あるいは、地獄』


神は話を続けるが、ブレイドは必死に身体にこびりついた汚れを払おうと抗い続ける。


「離せ! 離せよ!」

『その黒はお前がお前である以上離れることはない。お前の黒なのだから。お前がお前の終りを迎えた時にその黒もまた終わりを迎える』

「なんで、なんでこんなにいっぱい……!」

『ひと、いきもの、き、だいち、せいれい……随分と恨まれたようだな』

「か、神よ! 聞いてください! 僕は! 世界を救うために」

『勘違いするな。私は調えるものに過ぎない。全ては巡るのだ。今、お前の前にいる私もお前の見る聞く思う神とやらに過ぎない。そして、お前が神をそう作り上げているのであって、神はお前に何も出来ない。お前がしたこともしてないことも』

「意味が分からない!」

『そう、私は調えるもの。だが、お前が出会えたあれもまた、人の身にして調える者に最も近い。己を捨て、世界の調和の為に生き続けている……あれはよい。あれが変わる時、私もまた変わることが出来るのかもしれない』


神の言葉はもうブレイドには届かない。

巡りの輪の中でも一際黒いそれは長い長い贖罪の旅に出掛けた。

旅を終える頃には、英雄の夢も何もかもを忘れて、『彼』の記憶も記録も彼の中にも世界にももう跡形もなく、なくなっていることも知らずに。

お読み下さりありがとうございます! ニナ編残り3話! 完結まで+5話!

よければ最後までお付き合いください!


GW集中連載! そして、コンテスト用短編! だぶんぐる風テンプレマシマシキガルニヨメルハイファン! よければ読んでみてください! 気楽に読めます!


『自律思考型ゴーレム【エーアイ】が指示するからスキル無しはもういらない』と追放された無能力参謀は勝手についてきた相棒の女将軍とその軍団と一緒に最強の村作り。あの、無能力だけど無能じゃないんですが?

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