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第66話後半 おじさんは命をなおせない

「くそ! なんなんだよおぉおお! それぇええ!」


ブレイドの叫び声と同時に、白銀の触手がニナを狙う。

が、ニナの翼が身体を包み込み、触手を届かせない。

その上、翼には小さく細かい黒い突起が生えていて触手はその痛みに思わず引っ込める。


「う、く、そ……! くそ!」


もう少し近づけばより様々な攻撃が出来てニナを追い詰めることが出来るかもしれない。

だが、ブレイドにはその一歩を踏み出すことが出来なかった。

罠が怖かった。


ブレイドはこれまでほとんど痛みを与えられることなく勝ってきた。

痛みを知らなかったが為に、覚えた痛みに、そして、その先で待つ見えない死に恐怖し、判断力は落ち、動けなくなってしまった。

ニナの立っている場所が、ガナーシャの予測した『ブレイドがギリギリ攻撃できる間合い』だとは気付かずに『攻撃できること』を理由に動かなかった。


悪戯に時間は過ぎていき、ブレイドは徐々に自分の攻撃が遅く弱くなっていることに気付いた。


「あれ、な、なんだ、これ……?」

「ようやく気付いた? よっぽど頭に血が上っていたんだろうね」


ニナの後ろで絶えず指を動かし触手の威力を僅かでも〈弱化〉させていたガナーシャが口を開く。


「君が最初にこけた時だ。僕が差し出した手を叩いて、ちくりとした痛みを感じなかった? 僕の指輪に仕込んだ針の痛みだよ。その針には毒と呪いが。そして」


ガナーシャが急に傾いた。いや、傾いていたのはブレイドで、まるで酔っ払ったかのようにぐらぐらとふらついていた。


「カルドロップの毒と混ざれば酷く気持ち悪くなって酔っ払いくらいぐらぐらと揺れて身体を支えきれなくなる」


どさりと地面に転がる。すると、カルドロップが再び身体中に刺さり慌てて起き上がろうとするが、魔法陣が貼られていて簡単には剥がせず痛みに藻掻き続ける。


ブレイドにはもう何が何だか分からなくなってしまっていた。

何処に行っても何をやってもガナーシャの張った罠があり、藻掻けば藻掻くほど痛みも苦しみも増してくる。

そのガナーシャに怒りを向け、触手を伸ばすが、届かない。

そこで、気付く。


「ニナは……どこに?」


ニナを探そうと目と耳を生やす。すると、羽ばたきの音が聞こえ、地面に影が映る。

慌てて身体の上部に目を動かすと、天を舞うニナの姿が。


「そろそろ終わりましょうか」


微笑みながら、魔女の声で死の宣告を告げるニナに恐怖し、ブレイドは落下してくるニナに触手を向ける。

だが、ニナが落ちてくることで、ニナの陰に隠れていたものがブレイドを襲う。

それは、光。

ブレイドにとって自分の味方であるはずの、光。


「太陽の光! うぐぅう!」

「今だ! ブレイドは魔力探知が出来ない!」


ガナーシャの声が聞きながらブレイドは心の中で叫ぶ。


(ふざけるな! 今は魔力阻害の煙もない! 俺なら、魔力探知も俺なら出来るはず! 心の目で奴らをとらえ……!)


ブレイドが強引に魔力だけでの探知を試みる。


だが、ブレイドはニナを捉えることが出来ない。

ブレイド自身が大量の黒い魔力に囲まれていることしか分からない。


(な、なんなんだよこれは!)


ブレイドの付け焼刃の魔力探知では、大小を見極めることが出来ずただただ魔力の反応を見つける事しか出来ない。その空間にはガナーシャが作り出した恐ろしい程の黒い魔力が存在し、ブレイドの、彼曰く心の目を奪っていく。


「あ、ああああああああ!」


魔力探知を諦め、ようやく視界が戻り始めた目を見開くとそこには。


「『わたしの』神に逆らった罰です。喰らいなさい」


天使のような悪魔のような女神が微笑んでいた。


「〈天怒〉」


彼女の翼から放たれたそれは、無数の白い雷に変わり、ブレイドの身体中を奔り焼き尽くしていく。


「あ、ぎゃ、ぎゃあああああああ! しぬしぬしぬ! 生命力が、せいめ……!」


慌ててブレイドは回復を試みる。慌てるブレイドは自分の出来る回復の手段を全て発動させていく。

そして、生命を維持するために不必要な部分を慌てて剥がしていく。

その時。

ごとり、と一人の女だったものが地面に倒れ込む。


「ルママーナ……?」


ブレイドに生命の全てを奪われ生気を失い、何十年も年老いたようなルママーナが苦悶の表情で、死んでいた。


「あ、ああ! あああ! ああああ! ルママーナ! ルママーナ!」


先程迄冷たい態度をとっていたのが嘘だったかのようにブレイドは取り乱し、その悲劇に溺れていく。その悲劇を生み出したのは、痛みで彼女を思う心を失っていた自分であったことに気付かないままに。

だが、それも少しの間。自分の身体がどんどんと溶け始めていることに気付き、必死に助けを求める。


「ああ、足りないっ! ……愛が、愛が、足りないよお……誰か、僕に、僕に、愛をくれぇええ」


どろどろになった白銀の身体を這わせながら、ブレイドは自分の女だと思っている者達に手を伸ばす。

だが、ブレイドに手を差し伸べるものは誰も居ない。

まるで今まで悪い夢を見ていて目が覚めたばかりといわんばかりの真っ青な表情で、あるいは、悲しそうな、あるいは、冷たい目で彼を見ていた。


「ごみが! 今まで好き好き言ってたのは嘘かよ! 淫売女共が!」


どこまでが彼女達の意志で、どこまでが思考誘導で、どこまでがブレイドの魅力だったのかは、どれほどの『真実の愛』だったのかは、誰にも分からない。


だが、間違いなく、今となっては、それらはすべて失われてしまった。

残ったのは過去の事実。

彼の軽い行動と言葉に軽く応えた彼女達。

ただ、それだけが重しのように残り続ける。


たった一人、その事実などどうでもいいブレイドは、死んでいると知っているはずのルママーナをしかりつける。


「ルママーナ! 起きろお! 起きて、お前も命令しろよ! あの女どもに!」

「ルママーナは死んだのです」


ニナの声に、ブレイドは子どものように喚く。


「だったら、蘇らせろよ、聖女だろ! それにあんな凄い力を持っているんだ! 出来るだろ!」

「出来ません。死んだ者は蘇らせられないのです。神でも」

「なんでそんなこと分かるんだよ! 分かった振りするな! バカが! くそお! くそおお! ガナーシャ! ニナ! お前たちのせいで!」


ニナの背中をそっと支えながらガナーシャは泥と血に塗れた顔でブレイドを見つめる。


「君が、戦いを選んだんだ」

「俺は選んでなんかない! お前らのせいだ! セキニンとれよ! 僕達を元に戻せ! 生き返らせろ!」

「僕は勿論のこと誰だって死だけは乗り越えられない。【巡り】の悪魔であったとしても、死んだ人間を蘇らせることは出来ないんだ」

「知らねえよ! そんなこと! おまえらのせいだ! 返せ! 俺の、英雄になる人生を返せ!」

「君はまるで君がただやられた側のような顔をしているけれど、君も多くの命を奪ってきたんだよ。君が物語に酔っている間に」

「うるさい! 俺はルママーナに言われてやっただけだ! それに、悪を滅ぼしたんだ! わるいことなんてしてない! なあ、みんな!」


朝の教会は、いつもと同じ位静かだった。

ただ、天井や壁は崩壊し、その中にいる人々はボロボロで絶望に打ちひしがれていたが。

そして、誰もがブレイドの言葉に応えない。

ブレイドはそこから堰を切ったように聞き取れないほどの早口で聞き取りたくもないような汚い言葉で世界を呪い続けた。

だけど、ガナーシャは動じない。

そんなものは知っていると言いたそうな顔でブレイドに近づく。


「さあ、ブレイド。祈りの時間だ」


そして、ユアンから受け取っていた一枚のコインをブレイドに当てると、ブレイドの身体から魔力が奪われていく。

今のブレイドは魔物の中で最も弱いと言われているスライムに近しい姿でしかない。

美貌も強さも全て失った。


「地獄で償うといい」

「ひ、こ、ころすのか!?」

「いや、殺さないよ」


ブレイドに残っていたのは口だけだった。

あとはもう何も残っていないはずだった。

だから、ガナーシャの言葉も分からない。


「今まで楽して生きてきた分、たっぷり苦労すると良い。君が無邪気に犯した罪を償い続けるんだ」


だけど、ガナーシャの心は、その奥深くにある何かがブレイドにも伝わってきた。


「命はね、戻す事の出来ないほど貴重なものなんだ。君はこれからその奪った命と奪われた怒りと悲しみの分を返さなければならない。それが……世界なんだよ」


ガナーシャの声にスライム状のブレイドは震える事しか出来ない。


ニナが扉を開くと、大勢の冒険者がゆっくりと入ってくる。

そして、生きている女達と、死んでいるルママーナを連れていく。


ブレイドだったものも冒険者に捕まえられ連れていかれる。

ブレイドは震えていた。

もう取り戻す事の出来ない全てを失ってただただ震えていた。




「ガナーシャさん」


冒険者達の統率された動きを感心しながら見ていたガナーシャに冒険者の一人が声を掛ける。


「ああ、どうも」

「あの、治療を……」

「ああー……うん、いいや。やめといたほうがいい。……こら、そんな顔して睨んじゃダメだよ」


冒険者が後ろを振り返ると、とんでもない圧をかけながら不動の微笑みを浮かべるニナがいた。


「あ、ああ! なるほど! 失礼しました! では、私は戻ります!」


慌てて去って行く冒険者を見送ると、ガナーシャは溜息を吐く。


「こら、ニナ」

「ふふふ、ごめんなさい。つい」


ニナが小走りで駆け寄ってくる。

そして、ガナーシャを治療しようと伸ばした手を掴みガナーシャが口を開く。


「それより、ニナ。君の背中を先にやっておこう」

「でも」

「確実にブレイドを葬る為に、ガマンして翼を出し続けただろう。……ニナ」


ガナーシャの圧ある微笑みに、ニナは降参したように溜息を吐き、そして、小悪魔のような笑みを浮かべる。


「はい。服を脱ぎましょうか?」

「脱がなくていいから!」


ニナが笑ってガナーシャに背中を向けて座り込むと、ガナーシャは黒い魔力を流し始める。

ニナの背中に残った黒の魔力がうまく巡るように通していく。


「ねえ、ガナーシャさん」

「ん?」

「わたしは、生きてていいんでしょうか?」

「……」

「わたしは、やっぱり……」

「ニナ。それ以上言ったら怒るよ」

「……はい」

「君は君だ。君の過去がなんであれ、君もこの世界の一人なんだよ」

「はい」

「痛い事も辛い事もあるかもしれない」

「はい」

「それでも、僕は君に生きていて欲しい」

「はい……!」

「僕は、君がたいせつだから」

「……」

「……ニナ?」


ガナーシャが返事をしなくなったニナに不安を感じ、顔を覗き込もうとする。


「見ちゃダメです!」


と、いきなりニナが大声でガナーシャが顔を見ることを拒否し、ガナーシャは慌てて後ろに戻る。


「今、顔見たら、ころします」

「なんで!?」

「なんでもです。ころします」

「死んだらおしまいなんだけど」

「ごめんなさい。ころしません。だから、しなないでください」

「うん」

「がなーしゃさん、すきです」

「うん」

「ずっとずっといっしょにいたいです」

「……うん」

「だから、わたしもっと強くなりますから」

「うん」

「もっともっといろんなことを教えてください」

「……わかったよ」


ガナーシャは、困り笑顔でニナの背中をゆっくりと触りながら。

ニナは、真っ赤な顔で自分の胸をぎゅっとおさえながら。

感じる『彼女』の心臓の鼓動に感謝し、祈りを、広がる空と、今、傍にいる大切な人に捧げた。


「命は本当に本当に大切なんだから」

「ふふ、はい……」


歪な二つの翼の紋が疼いてニナは理由も分からず笑った。

あと、4話でニナ編完! そして、+5話で『アシナガおじさん』一旦の完結予定です!

よければ最後までお付き合い下さい! 今週末でニナ編終わらせたい!

そして、来週完結させたい!汗


GW集中連載! そして、コンテスト用短編! だぶんぐる風テンプレマシマシキガルニヨメルハイファン! よければ読んでみてください! 気楽に読めます!


『自律思考型ゴーレム【エーアイ】が指示するからスキル無しはもういらない』と追放された無能力参謀は勝手についてきた相棒の女将軍とその軍団と一緒に最強の村作り。あの、無能力だけど無能じゃないんですが?

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