第66話前半 おじさんは命をなおせない
ぱらぱらと瓦礫が落ちた後からふってくる欠片がブレイドの上に出来た瓦礫の山にぶつかり生まれた音を聞きながらブレイド達の女は息を吞んだ。
ブレイドの上に瓦礫が、落ちた。
女達は、それを偶然と捉え、ブレイドの不運に少し同情した。
例え、ガナーシャが女達に演説をしながら教会内の配置状況を確認しながら〈嫌悪〉を撒き散らし苛立ちを上げていたとしても、クバラが座り込んだ〈光刃〉を避けた時に地面に手をつき〈障壁〉の魔導具を設置していたとしても、〈嫌悪〉を付けてもらったニナが注意を引き寄せている間に煙を吹く魔導具を含めた様々な罠を仕掛け天井の破損具合を確認していたとしても、ニナに指示をし〈覚醒〉の魔法を掛けさせていたとしても、煙の中ブレイドの魔法の方向を〈嫌悪〉で操り、自身は地面を〈潤滑〉で滑り、更にブレイドの周りに罠を設置し天井に〈嫌悪〉の魔法でマーキングしていたとしても、そして、言葉を選びながらブレイドとその女達の感情を導いていたとしても、きっと分からない彼女達は、ブレイドの上に瓦礫が落ちてきた事を『偶然』と呼び、ブレイドは不運だったと言うだろう。
だが、ガナーシャはそう思わない。
偶然でもない。
そして、ブレイドは不運でも何でもない。
だからこそ、ガナーシャは少しずつ揺れが大きくなっていく瓦礫の山をじっと見つめていた。
「よくも!よぐもぉおおおお!」
瓦礫を吹き飛ばしながら現れたブレイドは鼻血を含め色んなところから血を流しながら憤怒の形相を浮かべていた。
そこには、シルビアが感嘆した知性の欠片も感じられず。
ミルナと初めて一緒に戦った時の余裕も見えず。
コルネリアが認める気品もなく。
ネーチャが見惚れた美貌も。
クバラが涙した凛々しさも。
ない。彼には何もなかった。
跳ね飛ばした瓦礫に顔を傷つけられたシャルは一人泣き続けていた。
そのシャルの傍にいたクバラはパーティーの年長者として、ブレイドが昔言ってくれた言葉を思い出す。
『俺が暴走した時は、クバラが俺をめってしかってくれよな!』
その言葉に美しい思い出を力に変え、震える足でブレイドに近づく。
「ブ、ブレイドちゃん……?」
「なんだよ!?」
「怖いわ……ブレイドちゃん……そんなの駄目よ……ね……?」
クバラの言葉に、急に冷め切った顔をするブレイド。そして、クバラを指さし光の魔力を収束させる。
「……あー、俺がこんなに苦しんでるのに分かってくれないのかよ。もういい。消えろよ、お前」
「……え?」
クバラがブレイドの言葉に呆気に取られている間、じっと見ていた二人は動き出していた。
「ニナ!」
「〈光矢〉!」
ニナが略式詠唱で放った光の矢は、ブレイドの左手を撃ち抜き、ブレイドが放とうとした魔法の軌道をずらす。ブレイドが放った光の筋は、〈潤滑〉で転んだクバラには当たらずに少し離れた場所を白い炎で焼き尽くした。クバラはその炎の道を見てただただ震えていた。
ブレイドは血走らせた目をニナとガナーシャに向ける。
「邪魔するなよ……!」
「そうやって、全てを無にして。もう一回君を、聖者の物語を作るつもり?」
「だって! お前らみたいな卑怯な連中が俺の邪魔をするなんておかしいだろ! ふざけるなよ! 狡い事しやがって! こんなのなしだ! なしに決まってる! ごみが! くずが! ひきょうものの! ごみくそやろうが! お前らも本当に使えない! 顔だけの女どもが! 全部くそじゃねえか! この! ごの! ごぼ、ごばべぇええ……」
ブレイドがガナーシャ達を罵っていると、徐々に右腕から身体が白銀に溶け始めとうとう顔まで辿り着いてしまう。そして、いたるところから触手が生え始める。
「ひ、ひい……! 化け物!」
「『白銀化』したね……」
ネーチャの小さな叫びを聞きながらしながらガナーシャはじっと状況を見続ける。
すると、その白銀の化け物にルママーナが大粒の涙を流しながら叫び始める。
「ああ! ああ! ブレイド様が! 私のブレイドが汚れてしまった! 最も大きな聖者の紋を生み出した私の最高傑作が! ガナーシャ! アンタのせいで! アンタのぉおおおお!」
ルママーナは、白銀の化け物と化したブレイドに近づく事無く、ガナーシャに向かって詰め寄る。だが、罠の存在に気付いたのかぴたっと止まり一度足元を見ると、その場からガナーシャを睨みつけた。
「下衆が! 軽はずみな行動で! 世界を滅ぼすつもりか! この子は世界を救うために神から遣わされたというのに!」
ガナーシャは、じっとブレイドを見つめたままルママーナに言葉を返す。
「……【黒の館】は、恐怖による統制と、怒りや悲しみ、憎しみという黒い感情を膨らませることで魔力が高く、また、悪魔が好む子供を作り上げようとした。その後、【白の庭】は、正義と神の為という『崇高』な目標を掲げ、徹底的に褒めそやし悪魔に魅入られないように全く黒の感情が入れないように真っ白の心を、そして自分たちの思い通りの子どもを作ろうとした」
「そうよ! 私達は【黒の館】とは違う!」
「白の庭に入れない子は捨てて奴隷のように扱って、真っ黒にしておきながら? 信者には金を手に入れる為に、神の為にと悪事を働かせておきながら、違う? ふざけるなよ」
ガナーシャはルママーナを見ることはない。だが、その怒りはルママーナに向いていて。
「貴女が食べていたものを作らされていたのは誰だ? 貴女の着るものの素材は? 貴女の家の材料は? 貴女が生きることが出来ているのは全て神のお陰なの?」
「で、でも! ブレイド様が聖者となれば、世界は平和に……!」
「その平和は魔王を倒せば全部丸く収まるという意味ですよね? 貴女達が作り出した劣悪な環境の外はその後誰がどうするんです? 聖者の奇跡が起きて、なんかわからないけどみんな綺麗になって救われる? 馬鹿か」
ガナーシャは黒く輝き痛む脚にも構わずに吐き捨てる。
「そんな都合のいい世界は存在しない。奇跡はそういうものじゃない。奇跡って言うのは、沢山の小さな努力や思いが積み重なって生まれるんだ。必ずそこに理由があるんだ。大人なら分かれよ」
怒りは膨れ上がる。脚は痛み続ける。それでも、ガナーシャは今見るべきものから目を離さずに、指を動かし続ける。奇跡を信じて。
「いいえぇえええ! 絶対にぃ! 必ず神は救ってくれます!」
だが、ルママーナは気づかない。
感情のままに叫ぶその声は空に消えていく。
そこで、漸くガナーシャはルママーナを見て、指をさす。
「神は……救わないんだ……神はいつだって……平等で正直だ。僕達が変わらなければ、神も変わらない……そうなんだ……だから、アイツは……」
こきり。
ガナーシャがルママーナに向けた指を折ると、ふわりと黒い魔力がルママーナの前に現れ、ルママーナは苛立ち混じりにかき消す。
それは、〈嫌悪〉。
「ああああ! やかましい! もう死ねよ! ブレイドを壊したアンタは死ぬべきよ! ガナ……!」
ルママーナが目を吊り上げ、ガナーシャを指さし返そうとしたその時……白銀の触手がルママーナを掴んで引き寄せた。
「いやぁあああ! なに!? なんなのよぉ!?」
「ルマ、マーナ……!」
ルママーナを引き寄せた触手の近くに口が生まれ、ルママーナに声を掛ける。
その声はブレイドのもので。
「ブ、ブレイド、様……?」
「なんで、うまくいかないんだよ。全部ルママーナに任せておけばうまくいくんじゃなかったのかよ!」
白銀の肉の塊から浮かんだブレイドの口は元のブレイドの口元に似ていて、美しく整っているのかもしれない。だが、口だけのその見た目はルママーナの顔を引きつらせ、嫌悪感で震えさせた。
「も、申し訳ありません。ブレイド様。でもね、その、失敗は誰にだってあるから」
「いやだよ! そんなのかっこわるいだろ! ぼくは、ぼくは、しっぱいなんて一つもしない、無敵の英雄なんだ! 失敗なんていやだあああ!」
「でもね、ブレイド様……」
「うるさい! ルママーナ、うるさい!」
「いたっ……! あんたが、あんたが負けたんでしょうが!」
癇癪を起こし、聞く耳持たず、触手で締め付けていたブレイドに対し、ルママーナが怒りをあらわにして甲高い声で怒鳴りつける。
「あんたがあれもほしい、これもほしいと女も物も欲しがるから苦労して手に入れたのに! なんで化け物になるのよ! この!」
その感情はガナーシャの〈嫌悪〉によって導かれたものかもしれない。
だが、理由がなんであろうと言葉は、その人間のものであり、その人間のものしか出てこない。
「失敗作!!!」
それを理解し、うまく操れるようになることが大人になるということだと。
ニナは、ガナーシャにしかられ、教えられてきた。
ブレイドに同情するつもりはない。だが、それでも、ニナの胸は痛んだ。
痛くて痛くて仕方がなくてガナーシャを見ると、ガナーシャはちらりとニナを見て、ただ、優しい目で見つめ返してくれた。
ニナは、小さな涙を溢しながら頷いた。
そして、ブレイドは、
「……もういい。お前が失敗作だろ」
無感情な声でルママーナに言葉を返した。
「ま、待って、ブレイド様、まっ……!」
ルママーナの言葉を最後まで聞かずに白銀の口が大きく開きルママーナの身体を丸呑みする。少しずつちいさくなっていく飲み込まれたルママーナの身体だったが突如として、口がもう一つ生み出される。
「ブレイド様! 素晴らしいわ! ブレイド様は! 誰よりも強くかっこよくて最高なのよ! ブレイド様! 素晴らしい! ブレイド様ぁああああ!」
「そうだぁあ! お前はもうぼくの人形だ! ぼくの素晴らしさを真に理解するまでこのままだ! さあ、叫べ! 惨めったらしくぼくへの称賛を」
「気持ち悪いのが合わさってもっと気持ち悪くなりましたね」
「「はあ!?」」
白銀の化け物の二つの口から同時に吐き出されたその言葉に溜息を吐きながらニナが前へと進む。
「ニナぁああ! ニナ、君も一つになろう! ぼくと、ひとつに……」
「お断りですよ、変態男」
ニナが不動の微笑で応えると白銀の化け物は狂ったように叫ぶ。
「わたしに任せてくださいね。ガナーシャさん。貴方は弱いから」
「こら、君だけに任せないよ。勿論、僕も戦う。……弱いけど」
「ふふ……はい。では、いきます」
ニナは、ブレイドとルママーナだったものを見つめながら、右手に白い魔力を、そして、左手に黒い魔力を纏わせ始める。
白魔法は、身体強化の延長。支援に長けた魔法で、黒魔法とは真逆の存在。
その二つの魔法を彼女は同時に生み出し、そして、祈るように両手を胸の前で組むと、二つの魔力を合わせ始める。
反発しあう魔力にニナが顔を歪めるが、ふと小さく微笑む。
ニナの背中を押すその手が黒い魔力を導いてくれていたから。
(彼が作ってくれた道で、『わたし』は……)
「〈混沌〉よ、我を導き給え……! 神の『ち』に……わたしを……力を、寄っ越っせぇええええ!」
ニナの叫びが空へと吸い込まれていったその時、ニナの胸の前で交じり合った白と黒の魔力はニナの身体中を奔り、そして、ニナの背中に辿り着く。
「あ、ああああああああああ!」
ニナの絶叫でニナの背中が白銀に強く輝き、そして、そこから、巨大な白銀の肉の塊が生えてくる。
それを理解したルママーナの口は大きく嗤った。
「あひゃひゃひゃひゃ! 貴女もそうじゃない! 貴女も結局、私達と一緒じゃないのよ! 化け物がぁああ!」
狂気的に嗤うルママーナ。
それを見て、ニナは……ニヤリと笑った。
「ばーか。残念でした……! わたしは自分の中の化け物を飼いならしているんです。ガナーシャさんのお陰で」
ニナの背中から生えた何かは白銀に鈍く輝く歪な翼となった。
それは天使というにはあまりにも凶悪で、化け物というにはあまりに神々しい何かを感じさせた。そして、大きく穏やかに羽ばたくとゆっくりと折り畳み、ニナは笑った。
『ニナは』知らない。
その翼の紋が、片翼ずつだった二人の事を。
二人が道を違え始め、負の心を知ったことを。
ガナーシャと出会った事で、負の心を受け止める愛を知ったことを。
それによって、【白の庭】が神と呼ぶ存在から両翼を許されたことを。
彼女達が一緒になることを望んだからこそ今のニナの翼が存在することを。
『今』の彼女は知らない。
もし、彼女達とニナが同じように知っていることがあるとすれば。
赤茶のもじゃもじゃ髪の男に救われたという感謝と彼への愛。
背中と頬に残った温かさだろう。
「さあ、ニナ。行っておいで。背中は任せて。僕は君を信じてる」
「ええ、行って来ます。背中は任せましたよ。わたしはあなたを信じていますから」
言葉を交わした二人は前を見る。一緒に。前に進む為に。
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