第64話後半 おじさんは、悪癖をなおせない
「私の矢を見ろ! あれ位しっかりとした矢を想像しろ! そして、作り出せ!」
そう言いながらサファイアは、自分の手の中に風を凝縮させ、目に見える程圧縮された風の矢を作り出す。
「矢のようだから〈風矢〉! など最前線では笑われるぞ、矢を作り出せ。どのくらいの長さでどのくらいの強度でどのように飛んでいく矢なのか。全てを想像しろ! でなければ、あそこでは死ぬ……いや、仲間を殺すぞ! 何となくで戦うな! 己の全てを握れ」
そう言ってサファイアは手の中に作った矢を飛ばす。
その矢は、信者達を割るように風を噴き出しながら、中心部で大きく風を噴き出し霧散する。
それにより、信者や白銀たちは態勢を崩すが、リア達のところに届いたのは頬を撫でるようなそよかぜだった。
(すごい……反動や影響まで考えて魔法を……アタシには……)
リアが奥歯を噛みしめると、サファイアは風を纏わせた手刀でぽんと叩く。
「出来ないと思うなよ。今は、出来ない、だ。そして、出来るようにはどうすればいいか考えろ……つまりだな……あー! 『ヤツ』はこのあとなんて言ったいた!? えーとえーと、ええい面倒だ! こんなやり方、私にはつまらん! 英雄候補! もっと危機感を持て! 多くの死を経験し漸く辿り着いた私達のようになるな! あんなもんつまらんぞ! 何人も何人も死んで漸くなどと! お前は辿り着け! 私やアイツやおっさん共から奪え! 経験を! 勝手に奪え! 仲間を殺してから無力を知るのは……辛い!」
その言葉に、リアは、あのおじさんの死を何故か想像していた。
彼が、死ぬ。
自分が強くならなければ、殺されることだってある。
それを、失ってから気付く?
それでいいのか?
『ねえ、それでいいの?』
ぷすりと心のどこかに針が刺さった気がした。
破裂するようなじわりと広がるような黒い何かが溢れる。
それは、死。あるいは、別れ。あるいは、無。
その真っ黒な何かに包まれながらリアは自分を激しく憎む。
何故、まだ自分はこんなところでぼーっとしているのかと。
生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ生きろ。
誰かがそう言った。
死ぬほど生きろと誰かが言った。
黒い何かが溢れてきてぎゅっと心臓を握りしめた。
「……ち。詰まらんな。アイツの教えたヤツらは下地が出来過ぎている」
サファイアがにやりと笑う視線の先。
リアが握りしめた手には小さな赤黒い矢が生まれていた。
「これ、は……」
「よし、リア。それを投げろ。ただし、『ソレ』なら、上に向けてな」
言われるままに、リアはそれを天に向かって投げる。何故かは分からないが出来るだけ高く遠くに。
そして、その矢は天で弾け……大きな黒球体を生み出し、教会の屋根を喰らい、空を見せた。
「……え?」
「それは、お前の力だ。私を超える魔力だな……ち、つまらん。リア。それを知り、今度は操れるようになれ、それまで何度も何度も積み重ねろ。多くの経験をしろ。沢山の物に触れ、沢山の事を知り、沢山の心を分かれ。……特別だ。これも見せてやろう」
サファイアはそう告げると、膨大な魔力を身体に纏わせていく。
「お前はケンよりも体術が劣るのだろう? だが、先ほどの矢のように具体的な何か、その何かが身体に纏えるもので、それを同時に操れるようになれば……こうなれる」
そう言ったサファイアの身体は義手と同じような形状の軽鎧、魔力で作られた軽鎧に包まれ、風の魔法のように白銀や信者達をすり抜け吹き飛ばし、天を舞った。
「きれい……」
圧倒的な力。凝縮された技術。だが、その外側には多くの失敗と後悔があり、それがあるからこそ作られた『洗練された道』。そこを突き進む傷だらけのサファイアの姿は、あの男を思わせ、リアを見惚れさせた。
のは、一瞬だった。
「え? ええええええ!?」
サファイアが吹き飛ばした白銀や信者達が降ってくるのを見てリアは驚愕する。
「ど、ど、ど、どうしたらああああ!?」
「失礼致します」
声がした。穏やかで落ち着く声。
リアが声の主の方を見るとそこには一瞬影が見えただけ。
その影は、降ってくる白銀や信者達をとんと押しながら地面へと落としていく。
その落下地点には魔法陣が描かれており、落ちた者達はその陣に囚われ動きを封じられる。
「サファイア様、もう少し丁寧に出来ませんか?」
影は穏やかな執事の姿にかわり、己の主に声を掛ける。
「本当にアイツみたいな事を言う。お前ならなんとかしろ! ヴァルシュ」
「かしこまりました」
執事はサファイアの言葉に頭を下げる。
そして、再び気配を消したヴァルシュはサファイアの吹き飛ばした白銀にコインを当てて元の姿に戻し、リアの近くに着地する。
見れば、スライタスが打ち倒した者達も、魔法陣にとらわれたり、コインをくっつけられたりしている。
「す、すごい……全く気付かなかった」
リアが呟くと、ヴァルシュは少しだけ白く美しい眉を上げ、微笑む。
「気づきませんでしたか。これは嬉しい」
「気付かれないのが嬉しいのですか?」
「ええ。私の尊敬する人物は正に影です。相手が動くと同時に合わせて動ける。相手が動いて合わせるのではないのです。相手の動きを読み取り、それに合わせて動ける。それは正に自分も相手も操るということ。これが出来る人間を私は彼以外に知りません。彼には数秒先の未来が視えているかのようなのです。私の主はそういった全てを理解し合える戦友を求めていらっしゃいますから。私はそれになりたいのです」
ヴァルシュは珍しく饒舌にそう語りサファイアを見、ながら、飛んできた白銀にコインを当てる。
白銀が飛んできた方角をリアが慌ててみると、驚いたケンと白銀を吹き飛ばした剣をこちらに向けたスライタスが目に入る。
「聞き捨てならないね、ヴァルシュ。君がサファイア様のそれになると?」
「……おや、戦場に立ち過ぎて耳までおかしくなったのですか? スライタス。そうだと言ったのです」
「そうか……では、見せてもらおうか。私に黙って騎士団を抜け執事に収まった男の実力を」
「ふふふ、未だに騎士団長に居座り続ける男よりは役に立つと思いますよ」
「よし、ケン見ていなさい。私があの男を圧倒するところを」
二人が穏やかに微笑みながら、一瞬魔力を滾らせ消える。そして、スライタスが縦横無尽に駆け回り、敵をすべて一撃で打ち倒していく。その打ち倒した敵を捉えつつ、敵の位置をヴァルシュは調整していく。それは正に阿吽の呼吸と呼ぶにふさわしい息の合い方なのだが本人たちはばちばちと火花を散らしている。
「な、なんなんだ……?」
「あの二人、仲が良いの? 悪いの?」
「あぁー……あれはね、戦闘狂とサファイア様への尊敬とある男への信頼がごちゃ混ぜになって変になっちゃった男達だから気にしないで。二人とも引く手あまたなのに今だに結婚しないというか出来ないというか……あっちは、なんとかしとくからさ、向こうケン達でよろしく~」
そう言って現れたマックがゆっくりと歩きながらも、二人の動線を遮ることなく中心で指示を出しながら仲裁を始める。
リアとケンは、マックの指さした方を見て目を見開く。
教会内に生まれた竜巻。それに飲み込まれた敵の姿が。
そして、その中心で腕を組んで笑うサファイアの姿。
「全く、アイツらは……あの男と違って、すぐ熱くなる……! こっちの後始末、自分でしないとアイツに怒られるのは私か。ああ、面倒だ。面倒だ!」
そう言って笑いながら竜巻を解いて飛ばすサファイア。
「面倒なことは分けあおうとアイツも言ったからな! 同じパーティーメンバーの英雄候補共! 協力しろよ!」
飛んできた信者達をリア達は慌てて魔法や体術で軌道を変える。
そして、その倍以上の数をサファイアは捌いていて山のように積み重ねていく。
「はっはっはあ! どうした!? 英雄候補! もっともっと見せてみろ! お前たちの力を!」
「ちょ、ちょっと、サファイア様!?」
「あの女、ばけもんかよ……!」
気絶した信者達の山の上で笑うサファイアを呆然と見上げるリアとケン。そして……。
「ちょ、ちょっと、スライタスん、ヴァルシュん……落ち着こうかぁ?」
「ははは、私はいつも冷静だよ。ちょっとサファイア様を見て血が滾ってきただけさ」
「サファイア様を見て、とは? 聞き捨てなりませんね」
笑顔で睨み合いながら襲いかかってくる信者達をいとも簡単に倒していく爽やかなおじさま二人の間で焦るマック。外で待機している冒険者達は、彼女らが王都に被害を出さないようにと必死な表情で取り囲み、そのリーダーは慌てて伝言用魔導具を握りしめる。
『全教会、ほぼ制圧完了。教え子への教育もなんとか。王都全域に配備した冒険者からも異常の報告なし。あとは、お任せします』
その報告を見ながら、おじさんは困ったように笑う。
「……ですって。じゃあ、ここもそろそろ終わりにしようか」
白の英雄候補も、その周りの女達も、震えていた。
そして、それを導いていた女、ルママーナが震える唇でおじさんに問いかける。
「【女傑】に……【五星】に……各教会を囲んだ上で、王都全域を守ることのできる人数の冒険者ですって……なんなのよ、あなた、一体どういうつもりよおぉおお!」
ルママーナの叫びに、おじさんは赤茶のもじゃもじゃ髪を掻きながら笑う。
「ごめんね、悪い癖だとみんなに言われるんだけどさ。僕は」
ガナーシャは、困ったように笑う。
「ちょっとだけ人より、臆病で慎重で狡猾で卑怯なんだ」
そう言って申し訳なさそうに笑った。
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