第64話前半 おじさんは、悪癖をなおせない
十数分前のこと。
リアとケンが信者を次々と撃退しているのをマックが後ろでニコニコと見守っていた。
「おい! あんた! 戦わねえのかよ!」
「あぁ~、必要だったら参戦するよぉ、必要? アシナガの子ぉ?」
「「いらねえよ(必要ありません)!」」
そう言って白銀と再び向き合い戦い始める二人を見て、マックはこっそり涙を拭う。
(ニナ様……よかったですね……こんなに頼れる仲間が出来て。彼等ならきっと……)
「サファイア様!」
と、外からの声と同時に轟音が響き渡ると、教会の扉が真っ直ぐ白銀に向かって飛んでいき二、三体巻き込まれて吹っ飛んでいく。それを見たマックの目から涙が引っ込み、固まった笑顔のまま入り口を見る。
そこには、凶悪な笑顔で足の裏を見せているサファイアとそれに従う騎士姿のスライタス、執事のヴァルシュ、更には怯えながらも必死で止めようとする冒険者達が。
「……サファイア様。任されていた教会は?」
「あん? ああ、こいつらがはしゃぎすぎてな。あっという間に終わった。詰まらんから、来たぞ」
来たぞ、じゃないんだよ。
マックはその言葉を飲み込み、ゆっくりと頷く。後ろの爽やかなおじさん二人を見るが、ニコニコとサファイアの言葉にうなずくだけ。
(グレゴリーめ! 厄介なのを投げたな! 同じ投げるならユアンの方がまだマシなのに!)
「まあ、マクセリオ。そんな顔をするな。どうせ、ガナーシャのヤツならこれも見越しているだろう」
「まあ、そうでしょうけど……」
マックにとってそれが問題だった。
ガナーシャは、無理なことは基本頼まない。その時には必ず謝罪と注意が入る。
今回はマックにそれがなかった。つまり、
(なんとか出来るからなんとかしろってことだねぇ……ああ、神よ!)
そんな事を考えながら笑顔で固まったままのマックの前を通り過ぎ、サファイアは大きく息を吸う。
「すぅうううう……いいか! 英雄候補! お前らの動きは、この辺りでは上だ! だが、『最前線』ではまだまだだ! ……ガナーシャめ、『お手本』をちゃんと見せろ。そういうことか、アイツめ」
後半の呟きは誰にも届かない。だが、サファイアの頭の中のガナーシャは困ったように笑いながら頷いていた。それを思い浮かべたサファイアはため息交じりに笑う。
そして、魔力を身体中から噴き出す。
「す、すごい……これが【女傑】サファイア様の……アタシじゃまだ……」
「ち。俺には絶対に出せねえよ」
リアとケンが茫然とサファイアを見ていると、そのサファイアから声が飛ぶ。
「つまらんぞ! お前ら! 前を向け! ガナ、アシナガの子ならな!」
(((今、ガナーシャの子って言いかけた……)))
マック・スライタス・ヴァルシュはにこにこしながらそう思っていた。
「いいか、問題は、最前線で必要なのは『強さ』だけじゃない、それを『操る』ことだ」
サファイアは三人を一睨みすると、魔力を凝縮させ始める。
「スライタス! お前もさぼらずに働け! 第三騎士団長の力を見せろ!」
「は! お任せください」
そう言って白髪交じりの老騎士はすらりと剣を抜き放つ。
その刀身を見ただけで何割かの人間は身体が震えだす。
(な、なんだ、あの刀身……なんか、変だ……)
ケンがその刀身を見て自分の手が勝手に震えているのに気づくと、そこにスライタスから声が掛かる。
「久しぶりだね、少年。君にもこの剣の価値が分かるか? これは、幾百の戦士を剣を交え、血を吸い、そして、私が磨き続けた私の相棒。ここには目に見えぬ歴史があるんだよ」
穏やかな微笑みを浮かべ、スライタスは笑い、そして、一陣の風を起こす。
そこには襲い掛かろうとした白銀の姿が。
(死んだ。振りが早すぎる……)
白銀も死を覚悟したのだろう。身体を硬直させたまま動かない。だが、一向に身体はくっついたままで、白銀も事態が呑み込めず戸惑っていた。その時。
「……! あぎゃあああああ!」
左下から右上に一筋の溝が生まれ吹き飛んでいく。死んではいないが身体が痙攣しており動けない。
「さて。では、少年。レッスンだ。この剣で斬れないものはあると思うかい?」
スライタスは微笑みケンに問いかける。先ほどの白銀を吹っ飛ばしたことで飛び掛かってくる魔物や信者を吹き飛ばしながら。
「ある、とは思う……ます。それより硬いもんはいっぱいあるだろうしですし」
「では、世界の何よりこれが硬ければ良いわけだ」
スライタスがニッコリと笑顔をケンに向ける。白銀の一体を天高く吹き飛ばしながら。
「は、はい……」
「よろしい。では、世界で一番硬いものは何か?」
「わ、わかりません」
「よろしい。正直なのは良い事だ。これは、私と『彼』が辿り着いた答えだが」
スライタスは信者を十人纏めて吹っ飛ばしながら答える。
「人の意志だ」
「ひとの、いし、だす……ですか?」
「そう。人の意志だよ。実在するわけではない。だけど、可能性は十分にある。そして、それを今後どう証明していくか。我々は、人の心と直結している力はこれだと考えている」
スライタスの言葉にケンははっとし拳を握る。
「魔力」
「素晴らしい。その通りだ。我々は、魔力というものは心と繋がっており、無限の可能性を秘めているのではないかと考えているんだよ」
「そう、でも、じゃあ……」
「不正解だ。君は、今自分の魔力が低いと考えている」
「はい」
ケンの魔力は普通の人間に比べれば強い。だが、リアやニナに比べると量が少ないと感じていた。それをスライタスに指摘され小さく頷く。
「低いも弱いも敗北ではないよ。それはやはり君が心の弱い部分に、良くない部分に敗北しただけだ。大切なのは心なんだよ。その心をどう持つかだ。意味が分かるかな? 少年」
どう持つか。
その言葉がケンの耳に残った。手がびりっとした気がした。
剣を、相棒を持った手が。
『情けない顔をするなよ、相棒』
そう言っている気がした。
「剣」
「素晴らしいよ、少年。そう、我々騎士の心、魂は剣。それをどう扱うかで戦いは変わる。剣士にも荒くれ者にも鬼にも悪魔にも英雄にも、神にもなれるはずなんだ」
その時、サファイアが蹴とばした教会の扉が白銀によって投げ返される。
サファイアが手加減したとはいえ蹴っても壊れなかった分厚い扉が。
スライタスはにこりと微笑んだ。
ケンは見た。
全てが『斬る』ことに集約された動きを、斬る為に作られたような人間の動きを。
そして、スライタスの切っ先に彼の言った『歴史』の重みを感じた。
それは彼の魔力、積み重ねられ、叩かれ傷つけられ、積み重ねられた心の重み。
すっ。
音はほとんどしなかった。
静寂。
真っ二つになることが運命だったかのように扉は二つに分かれ、そのままスライタスの両側を通り……壁にぶつかりようやく気付いたかのように轟音をあげた。
「分かったかな。少年。今、私は」
「自分の魔力を、剣に、全身全霊の魔力を集めた」
「……素晴らしい。流石、アシナガの子だ。これが出来れば君は」
扉を真っ二つに斬られ目論見が外れた白銀が雄たけびを上げて襲い掛かる。
が、先ほどと全く同じ動きのスライタスの斬撃に、吹き飛ぶ。
「何もかもを斬ることも、斬らない事も出来る。こうやって魔力でやさしく包めばね」
スライタスの剣が纏った魔力はスライタスの微笑みのようにやさしく剣を包み込んでいるように見えた。
「剣身一体。剣と己の魔力を一つにすることから始めるんだ。さあ、少年。レッスンだ。人生は全てレッスンだ。そして、常に戦いだ。打ち克て! いくぞ、ケン!」
「……! おおおぉおおおおおおっ!」
不格好な魔力を纏わながらケンは、憧れの騎士を追いかけた。
その頃、リアはサファイアに怒られていた。
「なんだ!? その矢は! そんなものでドラゴンが貫けるか!」
「す、すみません!」
周囲を飛び交う風の矢が白銀や信者を打ち倒し続けるぽっかりと生まれた空間の中で。
お読みくださりありがとうございます。
コンテスト用短期連載文字数超えたので短編上げなおしました!! 良ければご一読ください…!
魔女と魔法少女バディものローファンタジーです!
『魔女に魔法少女』
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よろしくおねがいします!




