第61話中編 おじさんは聖女の愛をなおせない
それから、ニナは孤児院に入ることを希望し、リアやケンと出会った。
そして、毎日のようにガナーシャの無事を祈り続けた。
さみしさはあった。
だが、祈りの時間、ニナは不思議とガナーシャの無事を感じ取ることが出来ている気がしてそれを幸せにニナは生き続けた。
孤児院は居心地が良かった。
ケンもリアも院長先生も素直じゃないが素直で、何よりニナを特別扱いせず一緒にしてくれた。
穏やかでしあわせな日々だった。
だけど、ガナーシャに会いたい。その思いは日に日に募っていった。
『支援孤児』
ある日ふと頭に浮かんだその言葉。ニナはそれを調べた。
支援孤児。
次の英雄を育てるべく貴族が孤児を支援する制度の事。
それを受けることが出来れば、早く独り立ちしてガナーシャを探しに行けるかもしれない。
ニナは院長先生に聞いてみた。
「院長先生、支援孤児、というものになれませんか?」
ニナの言葉に院長先生は目を丸くした。が、すぐに口元に手を当て考え始める。
「支援孤児、か……そうだね、それがいい。傷はなおせない。だけど、いつまでもそれだけを見ていても……な」
院長先生は知り合いに声を掛ける、とニナに伝え準備を始めてくれた。
そして、支援孤児になれるかどうかの試験を受けることになった。
試験は院長先生と話をすることだった。
「ニナ、今からアタシの聞くことに答えな」
「うふふ、はい」
「ここでの暮らしはどうだい?」
「とっても幸せです」
「毎日祈っているね。祈るのは好きかい?」
「そうですね。好きです。祈るのもお勉強も好きです」
「何故お前は祈るんだい? 勉強も」
「わたしは、英雄になりたいんです。世界を救う英雄に。その為ならわたしの全てを賭けたい」
ニナは頬に手を当て微笑みながらしっかりと答えていく。
先日訪れたマックから気取られぬように支援孤児から英雄候補になった人の話を聞いておいたので、すらすらと『正解』を答えることが出来る。
だが、院長先生の表情はじっとこちらを見て変わらない。いや、空気はどんどんと重くなっていくように感じる。
(何か、間違えたのかしら……)
その考えが頭を過ぎった瞬間、ニナは途端に不安になり始める。
何が間違っているのか分からずニナは微笑みを浮かべたまま必死で頭を動かし続ける。
院長先生はじっとこっちを見ながら口を開く。
「ニナ、正解なんてね、ないんだよ」
院長先生はじっとニナを見ている。
「……はあ、借り物の言葉だけどね……」
そう前置きをして院長先生は言った。
「アンタはアンタだろ」
ふいに言葉が頭を過ぎる。
『君は君だろ』
いつか聞いた言葉。それがいつだったのか思い出せない。
だけど、きっと大切な言葉。
カタリ、と扉の向こうで物音がしたような気がした。
院長先生もそれのせいかニヤリと笑っていた。
ニナは、急に色んな感情の渦に巻き込まれ表情を硬くする。
自分の心を探す。必死に。
「は、い……がんばります」
「リアやケンは好きかい?」
「好きです。嘘じゃありません。一緒に居て、落ち着きます。その、二人ともやさしいから」
院長先生はにやにやと笑い続けている。それがなんだか腹がたってきて、扉の向こうにいる誰かにもなんだか顔を見せないことに腹が立ってきて、ニナは思わず零してしまう。
「おい、ババアさん? 次の質問は?」
魔女のような声で答えるニナに、院長先生は表情を輝かせ笑う。
「はっはっは! いいじゃないか、クソガキ。面白くなってきたよ」
「こっちは全然面白くないんですよ。試されてるみたいで殴りたいです」
「アンタじゃ、アタシはやれないよ。クソガキ」
「じゃあ、支援孤児になって絶対成長して殴ってやるから覚悟しておいてください。クソババア」
院長先生があまりにも楽しそうに話をするので、ニナはイライラと楽しさがごちゃ混ぜになり始め饒舌になりはじめた自分を止められない。
「世界は好きかい」
「嫌いです。あんなクソみたいなところにいれられて、好きになるとでも? ですが、ここは良いところです。性格の悪い院長先生を除いて」
「くっくっく、そうかいそうかい」
「あー、でも、素直じゃないのは知ってますから。そういうところを考えればかわいいですよ、院長先生ちゃん」
「かわっ……! あーそうかいそうかい、ありがとよ。じゃあ、ニナ、アンタはなんのために勉強するんだい?」
「早く大人になりたいから。立派になって、大人に操られない大人になりたいから」
「……そうかい。わるくない答えだ。……じゃあ、ニナ。最後の質問だよ」
院長先生は、手元の何かを見つめ切なそうな表情を浮かべ、そして、じっとニナを見る。
ニナは院長先生と、その瞳に映るニナを見る。
「これからアンタはどうしたい?」
これから。
どうしたいか。
あの人に会いたい。大人になりたい。強くなりたい。リアやケンと一緒に居たい。
色んな思いがある。だけど、一つ伝えるなら。
ニナはそっと自分の肩と、そして、頬に一度触れ、話すと真っ直ぐに前を見て答える。
「わたしは、わたしの人生を、いきたい」
ニナは、そう答えた。
それを聞いた院長先生は少し目を見開き、にっこりと笑い、そして、視線を下におろし何かを見ると笑いをかみ殺す。
「どうしたんですか? 院長先生」
「あーわるいわるい。ちょっとな」
院長先生は、笑いすぎたせいか目元に涙を浮かべそれをぬぐう。
そして、持っていた何かをニナに投げる。
それは言葉を伝える魔法の道具。
知っていた。
彼女はそれが何か何故か知っていた。
そして、見る。
それが待ち望んでいた何かだったかのように。
ニナは知らない。
だが、彼女は知っている。
それが素晴らしいものだと。
そこにはたった一言だけ、うつされていた。誰かの言葉がひとつだけ。
『ありがとう』
何故かは分からない。だけど、感謝された。
何故かは分からない。だけど、誰かをすくった。そんな気がしていた。
院長先生は笑っていた。
「アンタは大人を泣かせる『わるい子』だね、ニナ」
何故そう言われたのかは分からない。だけど、ニナはうれしかった。
そして、ニナは、アシナガという人物の支援孤児となった。
その後。
「みーつけた」
ニナは笑った。探していた男を見つけた。赤茶のもじゃもじゃ髪の、少し年を取っておじさんになった、だけど、変わらぬ優しい目をした男を。
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魔女と魔法少女バディものローファンタジーです!
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