第60話後半 おじさんは変わった未来をなおせない
「わたしの名はニナです。それ以外はありえません」
ニナはそう言って頬に手を当てて微笑む。
「は! 失礼いたしました。ニナ様! ……皆の者! ニナ様は特別なお方だ! ニナは神より与えられた名! 短いからと言って決して失礼な態度をとらぬよう」
「「「「「はい」」」」」
真っ白な服を着た人たちが微笑みながら頷く。
ニナは売られた。
幼い頃に売られた。
両親はニナに対して恐怖を抱いていた。
生まれてすぐに、彼女がじっと父親の目を見てきた瞬間に『ニナ』という名が思い浮かび、口からこぼれ出ると、まるでそれをつけるようにとニッコリ笑った事。
学のない二人から生まれたにも関わらず色んなことを自分で覚えていった事。
いつもニコニコと大人びた微笑みを浮かべていた事。
そして、何より、背中に歪な白銀の紋があった事。
異常な子、ニナの噂は広まり、教会の人間がニナの親の元を訪れる。
ニナの背中に歪とはいえ聖女の証があったから。
そして、ニナは売られた。
ニナはそれでも微笑んでいた。頬に手を添えながら。
再び、【白の庭】にやってきた。
王都からはるか南に離れた場所にあった【白の庭】でニナは聖女として崇め奉られていた。
「神のお告げです。この子らは解放しなさい。聖女はわたしです。わたし一人を愛しなさい」
「「「「「はい、聖女様」」」」」
「ただし、神は無用な殺生は好まぬお優しい方。ちゃんと元の親、もしくは、信用できる誰かに預けなさい。でないとわたしが神におしかりを受けるから」
「「「「「はい、聖女様」」」」」
「うふふ。では、今日もがんばりなさい」
「「「「「はい、聖女様」」」」」
ニナは、南の【白の庭】で暮らし続けた。
ニナは優秀だった。魔法もすぐに覚え、勉強も出来た。そして、子どもとは思えないほどに落ち着いており、やってくる傷ついた信者を治癒の力で癒していた。
南の【白の庭】の人間の誰もがニナを褒め称えた。
「流石、聖女様」
「聖女様は常に微笑みを浮かべて素晴らしい方だ」
「聖女様の為に全てを賭けよう」
「聖女様、素晴らしいです」
そこにいる教会の人間は皆、口をそろえて言った。
「気持ち悪い」
ニナは一人部屋に戻ると魔女のような声で吐き捨てる。
「ああ、いけないわ。ついつい」
ニナは、耐えていた。
此処がとても気持ち悪いと思っていた。
誰もが褒め称える、言う事を聞く、欲しいものをくれる、それでも。
気持ち悪いと思っていた。
だが、孤独ではなかった。
常に誰かがいるような気がしていた。
それに、誰かが迎えに来てくれるような気がしていた。
頬にそっと手を当てる。
それだけで何故か落ち着いた。
誰かに頬を触られた記憶などない。
親にも信者にも誰にも。
だけど、そこに残っているあたたかさを感じ、ニナはずっと誰かを待っていた。
その為に。
「生きるわ。死にたいなんて思わない」
ニナは生き続けると決めていた。
此処を利用して、嘘を吐いて、ウソの笑顔の仮面をつけて、それでも、生き続けると決めた。
生かしてみせると決めた。
(だれを?)
ニナは自分の思考に驚く。
時折、ニナは誰かに見られているような気がしていた。
それが誰かも分からない。だけど、ずっと隣にいてくれる誰かもいるような気がした。
『彼女』は導いてくれているような、一人にならないように一緒に居てくれているような気がしていた。だから、ニナは生き続けた。
「王都のマクセリオと申します。ニナ様、私の親友の呪いを解いてくださいませんか」
「わかりました」
ニナはなおしつづけた。
「キャリヴァと申します。北の【白の庭】から来ました。聖女様、私に堕天の予兆があるとお力をお貸しいただけないでしょうか」
「わかりました」
ニナはなおしつづけた。
「……。そして、頼む、呪いに蝕まれたこの身体に救いを」
「……わかりました」
ニナはなおしつづけた。
そして、誰かを待ち続けた。
そんなある日のこと。
「大変です! 北の、北の【白の庭】が襲撃を! ギルドがとうとう動き出したようです」
「こちらにもやってきているとの報告!」
「わかった! 皆の者、聖女様だけでも! お逃げいただくのだ! 命を賭けろ!」
「「「「「はい!」」」」」
「そんな必要ないから、もう黙りなさい」
「「「「「はい?」」」」」
ギルドの襲撃により大混乱に陥った【白の庭】の中で、ニナはそう言い放つ。
頬に手を当てながら、微笑みを絶やさぬまま。
「せ、聖女様?」
「聖女じゃない。わたしにはニナという名があるのに。まあいいわ、神に縋る事しか出来ない貴方達は精々神に縋っていなさい。わたしは、行くわ」
「ば、馬鹿な! 貴方は、此処の聖女だ! 許されるとでも!?」
信者が狂ったように叫びだすとニナは微笑みながら振り返る。
「知りません。だけど、わたしは生き延びてみせる。嘘を吐いても、あなた達の言う罪深き事を行っても、わるい子であったとしても」
ニナが微笑みながらそう告げると、その時、ギルドの人間と一緒に法衣の男が飛び込んでくる。
「マクセリオ! お前! 裏切ったのか!?」
先頭の男を見て、信者が騒ぎ出すが、男の怒りの表情が目に入ると押し黙る。
「裏切る……? 俺は裏切ってなんかいない! 裏切ったのはお前達だ! お前たちは神を都合のよいように歪め、多くの人間から多くの者を奪った。……多くの、幼子を……! 悔い改めろ! クソ野郎ども! 雷神槌!」
黒髪の、マクセリオと呼ばれた男がそう叫ぶと、手に持っていた槌を地面に振り下ろす。
白い稲光が放たれ、信者達に襲い掛かる。
「くそ! 終わりだ! こうなったら……ルママーナに従うのは……癪だが、堕天を! どうせ堕ちかけの聖女! 化け物へとなり果てろ!」
信者の一人がそう叫び、禍々しい短刀を振り下ろそうとしたその時だった。
「駄目だよ」
短刀を持った男はその声に押されるように足を滑らせる。
そして、声の主はニナを庇うように抱きしめる。
「また自分で罪を背負おうとしたでしょ」
「うふふ、はい」
赤茶のもじゃもじゃ男が困り顔で怒ると、ニナは笑ってこたえる。
その冴えない男は、呪いに侵され苦しむ身体を少しでも楽にして欲しいとやってきた。
その冴えない男は、ニナだけに聞こえる声で君を救いたいと告げた。
その冴えない男は、僕は弱いからもう少しだけ我慢して欲しいと言った。
その冴えない男は、聖女に感動し命尽きるまでお傍でお仕えしたいと他の信者に言って其処で暮らしていた。
ニナは、その男を利用した。
生き延びる為に。
ザラついた手をしたその男は知らない男だった。
だけど、
「じゃあ、あの馬鹿どもに鉄槌をくらわせてやって」
「こら。いけませんよ、ニナ様」
何故かその男が後ろにいてくれることが心地よくて、ニナは笑っていた。
だけど、
「ガナーシャ! 生きていたか!?」
ガナーシャ。
マクセリオと呼ばれた男はそう呼んだ。
赤茶のもじゃもじゃ男を。
「だから、言ったでしょ。マック。僕は、死にはしないって」
ガナーシャ。
そう呼ばれた。
赤茶のもじゃもじゃ男は。
ガナーシャ。
知らない名前だ。
知らないけれど、ニナを助けてくれた。
知らないけれど、折れかけていた心を支えてくれた。
知らないけれど、いつもニナを怒ってくれた。
知らない。
ガナーシャ。
『ニナは』知らない名前。
過去のどんな記憶ともその名は繋がらない。
それでも。
ガナーシャは、いた。
「ガナーシャ、ガナーシャ、ガナーシャァアアア……!」
「え? だ、大丈夫?」
何故泣いているのかニナには分からない。
何故、今まで一度も泣いた事ないのに、名を聞いた瞬間涙が零れて来たのか。
その理由をニナは知らない。
誰もしらない。きっと神以外誰も。
それでも、ニナは泣いて、ガナーシャはその涙をすくった。
お読みくださりありがとうございます。
えー、次回ニナ過去編完結! 予定! ほんとすみません……。
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