第60話前半 おじさんは変わった未来をなおせない
「巡り?」
ガナーシャの中にいる何かはそう言った。
いや、言ったという表現が正しいのかは分からない。
声がどこからか頭の中に流れてくるし、魔法の壁をたたき割ろうとするニコラエルの動きが急に遅くなった気がする。
しかし、そんなルナリエルの動揺など気にすることなく『巡り』と名乗ったものは語り続ける。
『これがそう呼ぶだけで決まってはいない。ただ、これが呼ぶので気に入っている。さて、せいじょよ。むだな時間はない。ながす、ぞ』
「流す?」
その瞬間、ルナリエルの頭の中にぽとりの果実の汁のような甘くて酸っぱくて瑞々しい何かが一滴落ち……一気に頭の中から溢れ出した。
『名は、巡り』『巡りを司る』『人は巡りを呼ぶ』『そして、巡りを望む』『これは巡りを呼んだ子どもだった』『巡りと結んだ子どもだった』『巡りの力で子どもたちを守っていた』『そして、殺した』『これは15人の子を殺した』『15人が黒鉄の者と化したから』『これはそれを憐れんだ』『そして、殺した』『もう戻せないから殺した』『そして、その命を巡りに捧げた』『そして、巡りに願った』『次の生を与えるよう』『殺した命を代償に殺した者の魂を救おうとした』『そして、巡りに願った』『次の生では幸福な生をと』『これはこの後英雄となる未来があった』『これはそれだけの才と力と運があった』『巡りは生と死を司る』『そして、過去と未来も司る』『巡りは言った』『これの幸福な未来を捨てればその幸福を巡りの子に分け与えようと』『これは言った』『巡りは聞いた』
『神に与えられなくても自分の人生は自分で生きる、と』
『そして、これは多くを捨てた』『そして、巡りの子へと与えた』『巡りの子は巡りの輪に入った』『そして、再びこの世界に舞い戻ることとなった』『そして、これは巡りの子以外も殺した』『弱いのに殺した』『そして、外に出た』『全てを失った弱いこれは生き続けた』『そして、ずっとずっと弱いこれは自分の力で生き続けた』『そして、これは巡りの知らない未来で生き続けている』『そして、これはおもしろい』『そして、これはわかっている』『巡りの意味をわかっている』『これをまだ巡りの輪に入れるわけにはいかない』『巡りの輪に入れば記憶の浄化が行われる』『代償がなければ記憶は浄化される』『次の身体に魂が結びつかないから』『これは自分の生に他の代償を求めない』『弱いこれはおもしろい』『これはおもしろいから』『まだおもしろいから』『これは巡りをたのしませる方法を知っているから』『まだ殺させない』
一気に頭の中に流し込まれた情報に頭がぐわんと揺れる。
『ふむ、やはり、近いお前ならのみこめたか』
ルナリエルには、【巡り】が分からないけど分かった。
ガナーシャは、どこかで15人の黒鉄の化け物を、ニコラエルとはまた違う異形の化け物を殺した。それはニコラエルと同じように、元は子どもだったものだった。ガナーシャは、異形となってしまった子どもたちを殺した。そして、【巡り】に願った。
子どもたちに次の生を与えるようにと。
ルナリエルは『お勉強』で聞いたことがあった。
よい行いをしたものは、天の国へ行きそこで今までの善行を褒め称えられたあと、再び地上に降り立ち次の人生を歩むために生まれかわるのだと。神様がそう手配してくださるのだと。
ガナーシャは、それを【巡り】に頼んだ。
【巡り】は代償がないと願いを叶えてくれない。
ルナリエルはそれも聞いたことがあった。悪魔は人の望みを叶える為に代償を求めるのだと。それは人の死や不幸。だから、悪魔の言葉には耳を貸してはいけないと。
【巡り】は悪魔なのかもしれない。ガナーシャは、子どもたちを殺してそれを代償に願った。
子どもたちを次の生へと生まれ変わらせることを。
無茶苦茶な願い。
だが、【巡り】にはそれが出来るらしい。
そして、巡りは時間をも司る。
ガナーシャは生まれ変わる子どもたちの未来が少しでもよくなるようにと自分の未来を捨てた。
それでも。
それでも、ガナーシャは与えられない幸福を気にせずに生きてきたのだ。
ならば、とルナリエルが口を開く。
「わたしも」
『駄目だ』
「どうして?」
『これは15人を殺した罪を背負った。きみとはちがう』
「じゃあ、どうすれば」
『だから、これをすくえ』
「救う?」
『残り3分でいい。これは用心深い。用意をしておいた。これは指輪の魔導具でなんとかなると思ったのだろう。ただの白銀の者だけならなんとかなった。そこの白銀はコレの予想外だった。そこのはきみしか見えていない。それが暴れるせいで他もやってくる。魔法の壁が壊れる。何もしなければこれは簡単に死ぬ。これは弱いから。だが、これはまだ手放したくない。だから、守れ。残り3分でいい』
「3分」
『そう、3分』
ルナリエルは目の前の白銀の者と化したニコラエルを見る。
守るという事はニコラエルとも戦うという事だ。
いや、ニコラエルを……。
ニコラエルの後ろからも白銀の者がゆっくりと現れている。
「わかったわ」
『では、はじめよう。もとにもどるぞ』
【巡り】のその声で、急にニコラエルの動きが激しくなり魔法の壁が軋む音が聞こえる。
大きく深呼吸。
ルナリエルは、向かい合う。
ニコラエルと。
子どもたちだったものと。
恐怖はある。だけど、決意もある。
「ガナーシャは、ずっと戦ってきたのね。痛くても苦しくても逃げずに戦ってきたのね」
ばりん。
魔法の壁が割れる。
そして、ルナリエルは光の槍を、矢を、刃を放ち続け、殺し続けた。
『よくやった、せいじょよ。もうすぐこれの仲間がやってくる。その前にお前の願いを叶えてやろう』
【巡り】の声がする。
ルナリエルはその声に導かれるように隣にいるニコラエルを見る。
ニコラエルは、じっとルナリエルを見ていた。
妬ましそうに羨ましそうに、けれども、憧れるように、愛するように。
「ねえ、ニコラエル。わたし、ニコラエルの気持ちが分かる気がするの。【巡り】からガナーシャの話を聞いて、わたし思ったの。ガナーシャがころしてまですくった子達に。うらやましいって。もしかしたら、ニコラエルもわたしのことがうらやましいって思っていたのかしら」
ニコラエルはこたえない。
ルナリエルは笑って自分の身体を見る。ニコラエルの白銀の手が刺さった自分の身体を。
赤くて怖い何かが自分の身体から流れていた自分の中でも流れていた。
ガナーシャと同じそれが流れていた。
「ふふ……いたい……ねえ、ニコラエル、わたしはすくえたかしら……」
ニコラエルはこたえない。
そして、ルナリエルは最後の力を振り絞りニコラエルに光を……。
光。
『ええ、ルナリエル……』
声が聞こえた気がした。
そして、ニコラエルはもう動かなくなった。
ルナリエルはニコラエルを抱きしめながらわらう。わらっていた。
『さて、巡りの時だ』
「ねえ、巡り。もし、叶うなら……」
『いいだろう。おもしろい。それらの言葉だけは頭に刻みつけておいてやろう。巡りの中で洗い流されぬように』
「ありがとうございます」
『きみたちは歪みが少ないからな、そうだな……早くこちらに帰って来られるだろう』
「たち?」
『きみたちは歪みが少なすぎた。魂がもうくっつきはじめている。二人で巡りの輪に入れ』
「そう……うれしいわ。ガナーシャ、いやかもしれないけど忘れないでね。わたしも忘れないわ。例え、死に何を奪われても」
ガナーシャが目を覚ます。そして、二人に手を伸ばす。
悲しそうな、それでいて怒ったような、やさしい顔で、ザラついたあの手を。
「ガナーシャ……また会いましょう」
3年後、ニナは生まれた。
歪な羽の紋を背中に、ガナーシャと白の庭という言葉だけを頭に刻み込まれ、それ以外は全て洗い流された少女は、巡りを終えてこの世界へとかえってきた。
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