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第59話 おじさんは傷をなおせない

「こっちだ! みんなはやく!」


男は、弱かった。


「騎士団の皆さん! この人たちをお願いします!」


男は、ボロボロだった。


「冒険者ギルドのみんなはプルメリアさん達を! 彼女達二人が自由に動ければ戦況が変わる!」


それでも、男は、生きていた。


(すごい……)


ガナーシャに手を引かれながらルナリエルはそう思っていた。

フィアのような巨人を圧倒する剣技も、プルメリアのような魔法も持っていない。

だけど、すごいとルナリエルは思った。


「〈魔力探知〉、をっ……!」


ガナーシャがそう呟き、魔力を放つ。ふわりとしたそよ風のようなそれはやはりフィアのような強さやプルメリアのような大きさを感じさせないにも関わらず、ガナーシャは苦しそうに魔法を使う。

それでも、


「ガナーシャ!」

「南東から魔物が30,32? 南からは空のが20、巨人が4、それ以外が37……伝達を! 第三騎士団ヴァルシュを中心に南東に。冒険者ギルドは南! 空からの備えが必要だ。山の民を呼んである。彼らを。ウチの子達にも向かわせる」

「わ、かった……! わかったから無理するな! お前は弱いんだ!」


緑髪の男が顔を歪ませながらガナーシャの肩を掴み吠える。


「それでも! お前は絶対に死んじゃいけねえヤツなんだ」

「大丈夫、死にはしないよ。僕は、弱いからね」


緑髪の男に支えられながらガナーシャは伝言用魔導具を取り出す。それはルナリエルに渡したものとは違ったもの。

それに魔力を込めるとどんどんと赤い線でつながれた言葉が色んな所へ飛んでいくようにルナリエルには見えた。


「きれい……!」


歌うように飛んでいくその言葉は、ガナーシャの思いに満ちており、待っている側も待ち望んでいるようにルナリエルには見えた。


「ガナーシャアアアアアア!」


空から声が雷のように落ちてくる。

フィアが剣に雷を宿しながら笑っていた。身体はボロボロだ。だけど、ガナーシャを見て笑っていた。


「生きてたか! 軟弱男!」

「生きてるよ! 君はもう死んでしまうのか!?」

「はん! 言っただろう! 弱い貴様より先に死ぬわけにはいかん!」

「そうでしょ!? だったら、生きろよ!」

「無論! お前も死ぬなよ! お前が死んだらつまらん!」

「大丈夫! 死にはしないよ!」


ガナーシャは見上げていた。天を舞う強き者を。

それでも、ガナーシャは幸せそうに、そして、ちょっと困ったように笑い、指をこきりと鳴らす。


「ふぅうううう……〈嫌悪〉〈潤滑〉〈弱化〉」


ガナーシャはフィアの周りを取り囲む白銀の空飛ぶ化け物と二体の巨人をぼーっとじーっと眺めながら、弱くて小さな魔法を放ち続ける。それは少しだけ相手の意識を乱す、少しぬめりを生み出す、力を抜かせるいやがらせの魔法たち。


(巨人の右膝に〈弱化〉、あっちの巨人の耳元に〈嫌悪〉、フィアの後ろのヤツの右翼に〈弱化〉、アレの爪に〈潤滑〉、右後方に〈嫌悪〉、〈弱化〉〈嫌悪〉〈潤滑〉〈嫌悪〉〈弱化〉〈嫌悪〉〈潤滑〉〈嫌悪〉〈嫌悪〉〈弱化〉〈嫌悪〉〈嫌悪〉〈弱化〉〈嫌悪〉〈潤滑〉〈嫌悪〉〈嫌悪〉〈弱化〉〈嫌悪〉〈潤滑〉〈嫌悪〉〈潤滑〉〈嫌悪〉〈嫌悪〉〈弱化〉〈嫌悪〉〈潤滑〉〈嫌悪〉〈弱化〉〈嫌悪〉〈嫌悪〉!)


不快そうに叫ぶ白銀の魔物達。ガナーシャはそれをじっと見ている。

フィアは、ガナーシャをちらりと見て笑う。ガナーシャは、応えるように笑い、叫ぶ。


「サファイア! 頼んだぞ!」

「任せろ! ガナーシャ!」


ルナリエルにはガナーシャが何をやったかは分からなかった。ただただ指を素早く動かし小さく弱い魔力を放っているだけにしか見えなかった。

でも、それで化け物たちは苛立ち、フィアは笑った。

ガナーシャのすごさはこれなんだとルナリエルは思った。

このつよさは……。

ルナリエルがガナーシャの手を取ったその時ばちりと何かが弾けたような気がした。


ルナリエルは西の方を見る。西は他と比べて静かだ。

気持ち悪いくらいに。

気持ち悪い。


ルナリエルはそれがなんなのかは分からない。ただただ、向こうから何か不快な弾ける音が聞こえるような気がしていた。


「どうしたの?」


ガナーシャは手をきゅっと強く握るルナリエルに問いかける。

ルナリエルは一瞬伝えるべきか迷ったが首を振り大きく口を開く。


「あっち。なんか、へん。きもちわるいの」

「……分かった」


ガナーシャはルナリエルの瞳をじっと見て、そして、優しく頷きルナリエルの手を解き駆け出そうとする。

だが、

「駄目。わたしも行く」

「ルナリエル。いかなきゃいけないって誰かが言ってる」


ルナリエルにはそれが誰かも分からない。

ルナリエルにとって今日はずっとわからないことだらけだった。

だが、誰かがいつも声を掛けてくるのだ。

それが従うべきものであることだけはルナリエルには分かっていた。

だって、ガナーシャとまた出会えたから。

ガナーシャはじっとこちらを見ていたが、急に顔を一瞬顰める。

背中が痛むようで肩のあたりを震わせている。

だが、すぐに困ったような笑顔に戻ると、深く頷く。


「わかった……一緒に行こう。でも、危なくなったら逃げるんだ。いいね?」

「うん」


再びルナリエルがガナーシャの手を強く握ると二人は駆け出した。


「おい! ガナーシャ!」

「手は打っておく! 君なら大丈夫だし! 僕も大丈夫! 死にはしないよ!」

「くそ! 定期的に報告しろよ! 副ギルド長命令だ!」


緑髪の男の声を背中で受けながらガナーシャはルナリエルと走り続けた。

辿り着いたそこには『彼女』がいた。


「あら、ルナリエル、こんなところにいたのね……わるい子」


おかあさんがいた。左半分を白銀の化け物に変えられたおかあさんが。


「おかあ、さん……」

「あなたのせいで、こんなになっちゃったわよ……ねえ、どうするの? いっぱいいっぱいよい子を作り出す予定だった【白の庭】が滅茶苦茶よ。ねえ、どうするの!? なんで!? いう事が聞けないの! 思い通りにならないの!?」


ズキズキと頭が痛む。おかあさんが叫んでいる。

あんなにやさしかったおかあさんが。化け物に。

でも、元々化け物だったのかもしれない。

おかあさんは、ルナリエルを見ていなかった。

全部嘘だったのかもしれない。

あれもこれもそれもどれも全部ぜんぶゼンブ嘘だったのかもしれない。

だったら、今まで嘘の人生を自分は生きて来たのか。

ルナリエルは地震によって真っ白ないえの真っ白な壁が壊れ剥がれていく時の様子を思い出していた。痛くて痛くて堪らなかった。

そして……ザラリと頬に手が当てられていた。

その手がぬれているのを見てルナリエルは自分が泣いていることに気付いた。


「ごめんね。僕にはこれくらいしかしてあげることが出来ないけど」


そう言ってガナーシャは困ったように笑った。


「邪魔をしないでっ! それは、【白の庭】の子よ!」

「違う」


ガナーシャの身体から黒い何かが溢れ脚へと流れ込んていく。


「は?」

「この子は、ルナリエルだ」


それは怒りだとルナリエルにも分かった。


「何を言っているの?」

「この子は、ルナリエルなんだ」


身体を震わせ、痛みに顔を歪め、血を流しながら、ガナーシャは怒っていた。


「話を聞きなさい」

「話を聞くのはお前だろう!」

「……!」

「この子がっ! 何を考えて、何を知りたくて、何が好きで、何が苦しくて、何になりたいか! 聞いて! その為に何が出来るか、どうすべきか、悩んで苦しんで乗り越えて、一緒に笑えよ!」


ガナーシャは怒っていた。


「わ、わたしは理想の母であろうとしたのよ!」

「……あんたは理想の母なんかじゃない」


ルナリエルは震えていた。


「は?」

「負の感情を殺し神と繋がり悪魔をころす子を作る。それのどこが理想の母だ」

「苦しみも辛さも悲しみも痛みもないしあわせな人生を与えてあげたのに!?」

「そんな人生はないんですよ」


ぎゅっと抱きしめる。ガナーシャのくれた言葉を。その言葉をくれるちかちか光るそれを。

手が痛くなるほど強く抱きしめ、ルナリエルは泣いた。痛くて痛くてなんでか嬉しくて泣いた。


「一人じゃないから。一人じゃないなら苦しみも辛さも悲しみも痛みもあって、喜びも嬉しさも安らぎもしあわせもあるんです。貴方はそれを教えなかった。都合の良い理想だけを押し付けて理不尽に目を瞑って。しあわせを与えているんだと自分に酔っていただけだ」

「だ、だ、だまりなさいぃいい!」


おかあさんだったものが、近づいてくる。

ガナーシャは、ルナリエルをじっと見て、ルナリエルに言う。


「ルナリエル、目を瞑って」


ルナリエルは目を瞑った。真っ暗だけど怖くはなかった。

傍にガナーシャがいてくれたから。


「ルナリエルゥウウ!」

「ごめんね、僕は弱いから。救える者と救えないものがある」


ガナーシャのその悲しそうな声でなんだかルナリエルの胸がずきりとした。

そして、ルナリエルのまっくらな世界は静かになった。


静かになったその世界でルナリエルは瞳を閉じて祈り続けた。

みんなのしあわせを。祈り続けた。


「ルナリエル……もういいよ」


ルナリエルが目を開くと、ガナーシャが困ったように笑っていた。

おかあさんはいなくなっていた。


「ガナーシャ」


ルナリエルがガナーシャを呼ぶと、ガナーシャは近づこうとするが、脚が縺れたのかその場に蹲る。


「ガナーシャ!」

「あー……限界か。まだ、未熟だな。もっともっと冷静にならないと……」


ルナリエルが駆け寄ると、ガナーシャはそんなことをいいながら苦笑いを浮かべ、ルナリエルを手招きする。


「こっちへ……」


ルナリエルが傍まで来るとガナーシャは手を引いてルナリエルを隣に置きやさしく笑いながら口を開いた。


「今から、結界を張るから……この中にいれば大丈夫。これには〈魔除〉と〈障壁〉の効果があるから。近づかないはず。でも、もし、万が一白銀が構わずに襲い掛かってきたら、僕に構わず、逃げるんだ……っ! 君はっ……絶対に自分ひとりが不幸になれば、死ねばいいなんて思わないように……絶対にだ……っつうう!」


ガナーシャがそう言うとガナーシャのつけていた指輪が光る。

どうやら魔法が発動したようで何かの膜がガナーシャとルナリエルの周りに現れたような気がしていた。

そして、それと同時にガナーシャは顔を歪ませ足を抱え蹲る。


「ガナーシャ? 痛いの? 今、なおしてあげるから」


ルナリエルはそう言って治癒の魔法をガナーシャにかけ始める。


「あはは、ありがとう。無理はしなくていいからね。助かるよ、僕は傷をなおせないから……回復薬も使い切ったし……」


ガナーシャの声の調子がどんどんと落ちていき、ルナリエルは顔を曇らせる。


「ガナーシャ?」

「大丈夫だよ……ちょっと力を使い過ぎてね……ちょっとだけ、眠る、から……」


そう言ってガナーシャはゆっくりと瞼を下ろす。

かくんと身体が倒れたが息はしているようで、本当に眠っただけのようだとルナリエルはほっと胸をなでおろす。

ザラついた手を触りながら治癒の魔法を流し込むルナリエル。

その優しい手に嬉しさを感じながらも、この手が離れていくような気がしてルナリエルはぎゅっと握る。


「ずっと、一緒に……」


どしゃりという音がした。

ルナリエルが振り返ると白銀の、片翼だけ生やした化け物が落ちてきた音だった。

化け物は半分潰れた状態でこちらへと近づいて来る。


ばちり、と白銀の化け物が弾かれる。

だが、白銀の化け物は止まらない。何度も何度も魔法の壁に体をぶつけ始める。


魔法の壁が壊れるかもしれない。

ガナーシャの治療をしないといけない。

でも、ガナーシャの言いつけを守るなら逃げないと。

でも、目の前には白銀の化け物が。化け物が。化け物なのに。


ルナリエルには分かった。


いつも通りがあったから。


「ニコラエル?」


白銀の化け物はじっとルナリエルを見ているようだった。

面影も何もない。だけど、ルナリエルには分かってしまった。

だから、思わず呼んでしまった。


「ねえ、ニコラエル、なの……?」


白銀の化け物はこたえない。


「ねえ、ニコラエル」


こたえてくれない。


ニコラエルは


「どうしてこうなったんだろう……」


銀髪の幼い少女は白銀の化け物を見て呟いた。

どうしてニコラエルがこうなってしまったのか。

どうしてガナーシャとうまく出会えなかったのか。

どうしてあそこで生まれてしまったのか。


だが、ルナリエルはかしこかったから。

自分のこたえを出していた。


「ねえ、ニコラエル。わたし、しぬわ」


それがルナリエルのこたえ。たとえ、ガナーシャにとってわるい子になったとしても。


「だから、この人だけはゆるしてあげて。この人はしんじゃいけない人だわ」


ルナリエルはルナリエルだから。



『そう、これはまだしなせない方がいい』



それは声、というべきなのか。

頭の中に蜜を垂らされるようなどろりとして甘い感覚。


ルナリエルは隣を見る。

そこには、ガナーシャの姿をした何かがいた。

何かが。


『やあ、せいじょ』


それはじいっとルナリエルを見ていた。


『きみが、弱いこれをまもれたらきみの願いをかなえてやろう』


「あなたは……だれ……?」


『【巡り】とこれは呼んでいる』


お読みくださりありがとうございます。

また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。


過去もある程度明らかにして完結しようと思ったら、多分これ30万字超えます……。

過去編はもう一話で本当に終わります。

10万字で完結させるつもりだったんですけどね……。ね……。

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― 新着の感想 ―
[一言] 毎日楽しみです完結しないでください(笑)
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