第57話 可憐毒舌聖女は白い汚れを塗りなおせない
「いいですか? ルナリエル。今、あなたの背中には白銀の、両翼の紋が浮かび始めています。これは聖女の証なのです。ああ……! 素晴らしいわ! ルナリエル! あなたはやはり聖女だったのね!」
おかあさん、今まで見たことのない笑顔だわ、とルナリエルはほほえみながら思った。
おかあさん曰く、ここの子どもたちは大なり小なり片翼の紋を持っていて、神に選ばれた者だけが両翼の紋に変わるらしい。そして、ルナリエルの背中にはもう一枚の羽根の紋が少しだけ浮かび上がっているらしい。これは素晴らしい事らしい。
「神に選ばれたあなたには素晴らしい道が用意されているわ。一緒にもっともっとがんばりましょうね! ルナリエル!」
おかあさんはそう言った。
そして、ニコラエルを失ったルナリエルの一日が始まった。
お勉強の時間。『よく出来たわね。素晴らしいわ、ルナリエル!』
朝食の時間。『よく食べたわね。素晴らしいわ、ルナリエル!』
魔法の時間。『よく出来たわね。素晴らしいわ、ルナリエル!』
昼食の時間。『よく食べたわね。素晴らしいわ、ルナリエル!』
お勉強の時間。『よく出来たわね。素晴らしいわ、ルナリエル!』
おいのりの時間。『ちゃんとおいのり出来たわね。素晴らしいわ、ルナリエル!』
夕食の時間。『よく食べたわね。素晴らしいわ、ルナリエル!』
いつもと同じ一日。だけど『素晴らしいわルナリエル!』ルナリエルには『素晴らしいわルナリエル!』いつもとは『素晴らしいわルナリエル!』ちがっていて『素晴らしいわルナリエル!』おかあさん達の顔が変で『素晴らしいわルナリエル!』うそをついている気がして『すばらしいわルナリエル!』言葉がどこか遠く感じられて『すばらしいわるなリエル!』なんだか『すばらしいわるなりえる!』
『スバラシイワルナリエル』
「気持ち悪い」
ルナリエルはそう呟いてふらつく。
ここでは誰も怒らなかった。ニコニコして褒めてくれた。怖く、なかった。
だけど、そとの世界に出て、こわい目に遭って、ガナーシャに会って、気付いた。
なんか、へんだ、と。
わらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてわらってほめてくれるのが、へんだとルナリエルは思った。
そして、そのへんに包まれてルナリエルはばたりと倒れた。
それを見たおかあさんが悲鳴をあげる。
なんかへんな悲鳴だとルナリエルは思った。
「大変! ルナリエルが! 誰か! ルナリエルを! だいじなだいじなルナリエルを!」
何人かのおねえさんが慌ててルナリエルを抱え連れて行こうとする。
その時、ルナリエルは見た。こちらを心配そうに見る子どもたち。だけど、それがなんだか心配してくれているように見えなくて、なんかへんで、それに、
(なんだか、白銀の光が……)
子どもたちの背中にあると言われた白銀の紋からちりと炎の様なものが見えた気がした。
なんだけ見てはいけないもののような気がして目を背けるとおかあさんと目が合った。
気がした。
おかあさんはルナリエルを見ているはずなのに、ルナリエルを見ていない気がした。
おかあさんは心配している、気がした。
ふとおかあさんの背後にもある真っ白な壁が目に入る。
(あの壁いつも真っ白ね。そとの壁はぐちゃぐちゃだったのに)
ここの壁はしろい。
(ぐちゃぐちゃだったのに)
まっしろだ。いつも。
(なんで?)
ルナリエルは想像してしまった。
真っ白な壁が汚れる度に白に塗りなおすおかあさん達を。
真っ白に真っ白に真っ白に塗り潰すおかあさん達を。
汚れなど、最初からなかったかのように塗り潰すおかあさん達を。
今日、ニコラエルはいなかった。
ルナリエルにとってはたいへんな事なのに。
誰もがいつも通りだった。
まるでニコラエルなんて最初からいなかったかのように。
いつも通りのように。
そして、ルナリエルは気づく。
今までも誰かがいなくなっていたのに、気にもしなかった自分に。
しろく塗り潰していた自分に。
「探そう。ニコラエルを」
ルナリエルはおねえさん達に連れていかれた部屋で呟いた。
ベッドから這い出て、大きく深呼吸。
そして、静かに部屋を出る。
昨日よりも遅い時間。もう誰もが寝ているだろう。
静まり返っている。
廊下に出てふと気づく。
さっきの部屋は自分の部屋だった。
なのに。
なのに。
(ニコラエルのものが全部なかった!)
綺麗に白く塗り潰されていた。
ニコラエルが、白く。
ルナリエルは、荒くなる呼吸が漏れる口をじっとりと汗ばんだ手で押さえ歩き出す。
ルナリエルは一直線にある場所へ向かっていた。
そこにニコラエルがいる気がして、いやな予感がして、まっすぐ向かった。
そこは普通の部屋だった。
だけど、名前も何も書かれていない。
ルナリエルがそっとドアノブに手を掛けると、ばちりと白銀の稲妻が走りルナリエルの手にぶつかる。だけど、その稲妻はルナリエルの手に辿り着くとふっと消えてしまった。
しかし、ルナリエルはそれに気付かず、ただただドアノブを回し開きニコラエルを救う事だけを考えていた。
その時だった。
『ルナリエル』
声が聞こえた気がした。
「……! ニコラエル!?」
がちゃり。
ルナリエルが慌ててドアを開く。
そこには、真っ白で真っ白な部屋の中には……白銀の触手で蠢く化け物がいた。
ルナリエルはその化け物を見た瞬間自分の背中が燃えるように熱くなり、気付けば叫んでいた。
「ニコラエルは……どこ……? あなたが消しちゃったの? ねえ、ニコラエル……ねえ、ニコラエルを、ニコラエルをかえして……ニコラエルを、返して! 返せ! 返せ!」
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