第55話後半 おじさんはその姿勢をなおせない
「神を、否定する? ははは! 勝手にすればいいさ、勝手に」
「うん、勝手にするね。だけど、一つだけ。神を、じゃないよ。君の神を、だよ」
穏やかに笑いながらガナーシャがそう言うと、ブレイドは不愉快そうに顔を歪め、叫ぶ。
「何が違うんだよ!」
「何もかも違うよ」
「ブレイド、こいつもう殺そうよ! なんか、気持ち悪いよ! こいつ! なんか、いやだよ! なんか、こわい!」
茶色の短い髪で日焼けをした少女、ネーチャが弓を構えたまま震えている。
ガナーシャは、その弓が見えていないかのようにその先のネーチャを見つめ話しかける。
「山の民、ネーチャ。もし、仮に、君の暮らしている山が怒りで我を忘れた強者によって吹き飛ばされたとしたら君は受け入れられるのかい?」
「え?」
ネーチャの構えた弓の先にある鏃が揺れる。
「君達一族の住んでいる山で魔獣が暴れ、それは一族で最も優れた弓の使い手である君でも勝てず困っていた。そこをブレイドに救われた。でも、じゃあ、シルビアを救う為に壊された山が君達の山だったら? 魔獣とブレイドの違いはなんだろうか」
揺れる鏃の先でガナーシャはじっとネーチャを見つめている。
「く……!」
「ねえ、ルママーナさん。こっちに注意しなくていいのかしら」
顔をゆがめたルママーナが動き出そうとする瞬間、白い魔力を噴き上げるニナが視界に入り足を止める。ルママーナはニナを忌々しそうににらみつけながらちらりと横目でネーチャ達を見遣る。
ネーチャの弓を引く力は弱弱しく飛ばせるようなものではなく少しずつ下を向いていた。
「ブ、ブレイドは人で、シルビアを助ける為に仕方なく」
「わ、わたしのせい……?」
さっきから頭を抱えているシルビアの呟きをかき消すようにネーチャは叫ぶ。
「そうじゃない! でも、ならあんたはシルビアを放っておけというの!?」
「それは短絡的な考え方だよ。それに言いたいことはそうじゃない。『君がもしそういう風に居場所を奪われたら』どう思う? そういう話だよ」
「もしの話じゃないか」
ネーチャとガナーシャの間にブレイドが割って入る。ブレイドは苛立ちを隠さず睨みつけるがガナーシャは穏やかに笑って頷く。
「そう。もしの話だよ。だけど、そのもしは考えなくていいもしじゃない」
ガナーシャの有無を言わさぬ微笑みに誰もが押し黙る。
この中で誰よりも弱い男は一人ゆっくりと歩き回る。そして、緑髪のエルフに話しかける。
「じゃあ、魔法の天才、シャル。賢い君に教えて欲しい。地形を変える。それによって何が起きる? 気候は変わってしまわない? 風や雨、その周りで生きるものの影響は」
「そ、れは……」
「不思議だね。何故君がそれに気付かなかったのか。馬鹿にしているわけじゃなく賢い君なら思い当たるはずだ。思い当たらなかった理由はなんだろうか」
「……思考、誘導」
「そんなこと俺はしてない!」
はっと零したシャルの言葉にブレイドは反射的に否定する。だが、次の言葉が出てこない。
その一方でガナーシャは、一つ一つ寄り添うように丁寧に言葉の道を辿って行く。
「精霊術の使い手、クバラ。吹き飛んだ山にはどれだけの命があったと思う? それに対し君達は心を痛めたのか? コルネリア=ヴィガリオン。壊したものを元に戻す為には壊した何倍もの努力や代償が必要となる。それに対して君達は何かをしたのか? 気高き獣人の娘ミルナ。君はただ強者に従うべしという村の掟が乱暴だと飛び出したんだよね。ここまでの話で君達はどうだろうか」
ガナーシャは微笑んでいた。だが、その場の誰もが理解していた。
彼は、怒っている。
それは奪われたものの怒りの代弁。本来、シルビア達がいたはずのそこにガナーシャは立ち、それでも穏やかに緩やかな復讐を続ける。
「君達が通ってきた街の多くで、魔物だけじゃなく獣による被害や災害、経済的な危機、色んなことが起きている」
「だ、だけど! 俺は英雄候補で魔王を倒す為には必要で」
「力があるならば、もっとうまくやれたはずだ。」
「そんなの知らねえよ! 光の刃よ……!」
ガナーシャの穏やかな口調に苛立ちを隠せず、ブレイドは詠唱をし始め魔力を高める。
白い魔力はすぐさま大きな刃となってブレイドの前に現れる。
「切り裂け! 〈光刃〉!」
魔法を放とうとしたその時、ちり、という嫌な感覚に襲われ顔を背けたブレイド。
放たれる魔法の反動を抑えきれず態勢を少し崩す。そして、その魔法をガナーシャは不格好にこけるように躱す。そして、その先には、金髪の美女、クバラが。
目を見開いたクバラはへたりこんだのが幸いし、光の刃が頭上を通り過ぎる。
「きゃあ! ブ、ブレイドちゃん?」
「クバラ! 違うんだ、うまく狙いが定まらなくて……決して君を狙ったわけじゃ……ああ、くそ!」
頭を掻きむしるブレイドをじいっと見つめながらよろよろとガナーシャは地面に手をつき立ち上がる。
「強力な魔法はしっかりとした態勢で撃たないと反動が来る。反動を考えずに放てばそうなる。【白の庭】では教えてもらわなかったの? 君は君のことしか考えてないね」
「やめてください! まだ若いブレイド様をそんなに責め立てないでください」
ルママーナがニナに対し意識を払いながらもこちらに向かって叫ぶ。
ガナーシャもまたブレイドをじっと見つめながらルママーナに話しかける。
「彼がやったことは受け止めるべきだよ。事実を知らせずに好き放題させてはいけない」
「世界には彼の力が必要なのですよ」
「違う。必要としているのは貴方だ。ブレイドが世界を変える神の子となり、自身が聖母になる為に貴女が必要としているんだ」
「彼は、最も優れた聖者なのです」
「【白の庭】にとってはでしょう。その為に他人の人生を操り、貴方達にとって都合のいい物語を生み出す。それが許されるとでも?」
「白の英雄の誕生の為には必要な事だったのです。その為なら私はいくらでも汚れてみせましょう」
「なんだかなあ」
互いに視線を外したまま交わす会話。ガナーシャはルママーナの言葉に困ったような笑顔を浮かべ頭を掻く。
「何を言っているのです? 貴方だってそうでしょう? ガナーシャ=エイドリオン。15人もの悪魔の子を殺し、力を得た男」
「それは違います」
ルママーナの言葉に今度はニナが反射的に入り込む。
「ガナーシャさんは、15人の子の命と彼が得るべき未来を代償にし、子どもたちの次の生での幸福を願った。他人に不幸を押し付けて不幸顔している貴女と、自らで不幸を背負いそれでも笑って生きようとしているガナーシャさんを一緒にしないで」
「……【黒の館】の生き残りの言葉を信じるというの?」
「【白の庭】。悪魔を討つ聖者を育てる為の計画を実行する場。光の才能ある信者の子を預かり教育する。負の感情を悪と捉え、徹底的に触れさせないようにし、心清き光の者を育てる狂気の場。そこの人間の方がよほど信じられないわ」
ニナがまっすぐルママーナを見つめながら口を開く。
ガナーシャを含めた三人のやりとりに女達はただただ目を見開き、聞き入っていた。
そんな中でガリガリと頭を掻く音。
「ああ、ああ、あああ! 面倒だ面倒だ! ややこしいことはいい! お前は悪だ! 悪なんだ! ガナーシャ! お前がニナをおかしくさせてるんだ! じゃなきゃおかしいじゃないかああ! 吹き飛べ! 邪なる者よ、神の名においてお前を断罪す! 光の刃の嵐に悔いて消えろ! 〈光刃嵐〉!」
ブレイドが叫びながら立ち上がり光の魔力を掌に集める。その膨大な魔力に誰もが身を固める。その中で精霊の声を聞いたクバラが慌てて叫ぶ。
「……! ブレイドちゃん! その魔法だとみんなまで巻き込んじゃうわ!」
クバラの言葉に、ニナは光魔法を放つ準備を整えながらガナーシャに向かって叫ぶ。
「く! ガナーシャさん! わたしの後ろに」
「いや。止めるよ」
こきり。
一瞬。ほんの一瞬。
〈暗闇〉により、ブレイドの視界を少しだけ奪い顔を動かさせる。
こきり。
一瞬。ほんの一瞬。
〈弱化〉により膝の力を少しだけ奪いブレイドの態勢を崩させる。
こきり。
一瞬。ほんの一瞬。
〈嫌悪〉により首に痒みをはしらせブレイドの首と肩を揺らす。
こきり。
一瞬。ほんの一瞬。
〈潤滑〉によりブレイドの足元を滑りやすくし、足の位置を少しだけずらす。
こきり。
一瞬。ほんの一瞬。
〈弱化〉により肘の力を少しだけ奪いブレイドの腕を緩ませる。
すべてガナーシャが全力で放つ、他のものにとっては小さな魔法。
だが、それは繋がり、強者を動かす弱者の魔法。
「ぅ、うわああ! な、なんだ……?」
全身のバランスを崩したブレイドが放とうとした全力の強力な魔法は、支えきれず少しだけ上を向いて飛んでいく。
無数の光の刃がブレイドの手から放たれ、教会の入り口上部を吹き飛ばし瓦礫の雨を降らせる。壁と屋根の一部が崩れ落ち、空が見える。轟音は鳴り響くが教会の中、王都の他の建物からは聞こえない。
ガナーシャの近くに居た女達もニナも無事だった。
落ちてきた瓦礫を躱しきれず、頬に縦の傷が入ったガナーシャ以外、無事だった。
「ガナーシャさん! 傷が」
「大丈夫。死にはしないよ。まあ、みんな無事でよかったよ」
「他のことなんでどうでもいい! 貴方は! 自分のことを、考えて……貴方はそれでも弱いんですから……子ども達の為に弱者の道を選んだんですか、ら……」
ニナの言葉をガサガサの手で遮りながらガナーシャは困ったように笑う。
「だから、僕はこうなんだよ」
猫背で弱弱しく笑うガナーシャは少しよろつきながらも、それでも、ブレイドとルママーナと向かい合う。
「君たちの思い通りにはさせないよ」
「ガナーシャ……はじまりの【白の庭】を壊した害虫。やはり貴方だけ、は……ブレイド様!?」
怒りをあらわにしガナーシャを睨むルママーナが隣でうずくまるブレイドの異常に気付く。
「あ、あああああ、くそくそくそ! ルママーナ! 腕が腕が変なんだっ!」
絶望の表情を浮かべるブレイドの腕は白銀に輝き、もはや人の腕の形ではなく五本の触手に変わり蠢いていた。
お読みくださりありがとうございます。
また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。
少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら有難いです……。
よければ、☆評価や感想で応援していただけると執筆に励む力になりなお有難いです……。
今まで好きだった話によければ『いいね』頂けると今後の参考になりますのでよろしくお願いします!
また、作者お気に入り登録も是非!




