第55話前半 おじさんはその姿勢をなおせない
「大丈夫? 立てるかな?」
そう言いながらガナーシャはブレイドに手を差し伸べる。
ブレイドはその手と表情を見て顔を赤くし、慌ててガナーシャの差し出した手を弾く。
「く! 馬鹿にするなあ!」
「……馬鹿にはしてないさ。それは君の思い込みだ。よくないよ」
「そうやって、なんでも分かっているフリをして……大人はみんなそうだ!」
「みんなではないよ。その考えはよくない」
ガナーシャが淡々と言葉を返すと、怒りに震えるブレイドは美しい顔を歪ませ叫ぶ。
「いちいちいちいちうるさぁあい! 俺に逆らうんじゃねえよ!」
「ブレイド! 落ち着きなって! 変だよ!」
獣人の女の子、ミルナがブレイドに近寄り、落ち着かせようとするが、ブレイドはミルナの言葉が気に入らなかったのか、光を纏った腕で振り払う。
「うるせえ! 変じゃねええ!」
「あ、ぎゃ……!」
英雄候補であるブレイドの我を忘れた一撃であり、しかも、愛するブレイドだからと油断していたのもあってか、ミルナは教会の壁まで吹き飛ばされる。
慌ててルママーナがブレイドに駆け寄り、優しく背中に手を添える。
「ブレイド様、大丈夫ですから。落ち着いて……可哀そうに。あの男に苛められて。大丈夫、大丈夫ですよ。ほら、いい子いい子」
「ああ……ルママーナ……! ごめんね、ぼくが弱いせいで」
ブレイドはルママーナにやさしく背中をさすられ、顔を真っ白にして落ち込み始める。
絶望に染まったような顔で謝るブレイドをルママーナは微笑みながら支える。
「いえ、あなたは本当は強い人なんですよ。そう、自分を信じて」
「ぼくは……いや、おれは、強い。強いよな。強い、そうだ、強いんだ」
「そうですよ、貴方は神の子なのだから。あんな愚者の言葉に惑わされてはいけません。貴方は、神の子、ブレイド。全てにおいて誰よりも優れた男であり、逆らうものはただの愚か者なのです」
ルママーナの言葉でブレイドの瞳に光が戻り始める。
「気持ち悪い」
ルママーナとブレイドが声の主に対し目を見開いて揃って見る。
そこには、不動の微笑みでこちらを見るニナがいた。
「今、なんて言った? ニナ」
「気持ち悪いと言ったのです。貴方の考え方もその女の言う事も【白の庭】ではよく見た光景が気持ち悪い」
ニナは口元に手を当てて、吐き出しそうだと言わんばかりに不快そうな声を出す。
ルママーナの表情は先程とは打って変わって厳しくニナを睨みつけている。
「子を守るのが大人であり、親でしょう」
「守る? は? 守る? 馬鹿がよ」
魔女の声を溢すニナに、ガナーシャがこつんと拳を当てる。
「こら、ニナ。落ち着きなさい」
「……ふぅ~、失礼しました」
少しだけ嬉しそうに拳を当てられた頭をさすりながらニナは大きく深呼吸し、まだこちらを睨みつけているルママーナを見る。
「やはり、あの男に洗脳されているんでしょうね」
「そ、そうだよな! ニナ、本当に可哀そうに」
「……そっくりそのままその言葉をお返しします」
ニナは不動の微笑で、こちらを憐れむような目で見始めた二人を見ている。
じいっとその顔を見ていたルママーナだったが、こめかみに手を当てながら首を振る。
「はあ、本当によくない人たちだわ。神に逆らう愚か者共。ブレイド様に触れさせたくもない。ブレイド様、シルビア達にやらせましょう。彼女達にも良い経験となるでしょう」
ブレイドはルママーナのその言葉に頷き、青髪の美女シルビアの方を見る。
シルビアは、自分を見てくれたと嬉しそうに頷き、杖をくるくると回しながら前へと進む。
「シルビア=リリオリルラ。ハーフエルフで支援魔法の使い手でありその美貌もあいまって有名だった。数年前に、入り込んだダンジョンで賊に捕まり、奴隷にされそうになっているところをブレイド=リベリオンに救われる。以降、ブレイドに従い旅をする」
ガナーシャがじいっとシルビアを見つめながら思い出すようにゆっくりとシルビアの素性を語っていく。それを聞いてルママーナは少し目を見開き、そして、にこりと笑う。
「調べたのですか。その通り、ブレイド様の御力で賊どもを断罪したのです。ねえ、シルビア」
「ええ、本当にあの時のブレイド様はすごかったです。あの時、私、襲われそうになっていて……裸にされて、怖かった……だけど、ブレイドが来てくれたの」
頬を赤く染めたシルビアの視線の先に居たブレイドは微笑みを浮かべ頷いている。
「……その賊はブレイド=リベリオンが討伐したはずの賊だったよね」
「え?」
ガナーシャの一言に誰もが動きを止める。だが、ガナーシャは止まらない。
指をこきこき動かしながら話し続ける。
「取り逃がしたのかな? それとも、治療したのか。それは分からない。けれど、ブレイド=リベリオンがその賊と戦闘で接触していたことは間違いない。ギルドの記録にある。冒険者ギルドの長に調べてもらったから間違いない。そもそも、何故ブレイドは、シルビアが攫われたことを知り、そして、助けに行くことが出来たの?」
ルママーナの、ブレイドの視線がガナーシャに、シルビアの視線がガナーシャからブレイドに、ガナーシャはブレイドにじっと視線を向けている。
ガナーシャと目が合ったブレイドは、瞳を揺らしながら、とぎれとぎれに言葉を紡いでいく。
「それは、なんとなくシルビアが危険におちている気がして……」
「なんとなく? 都合のいい力があるのですね。『神の声』とでも言うんでしょうか?」
ニナはそう言いながらガナーシャを見る。ガナーシャはじいっとブレイドを見ている。
「僕は『神』の力自体は否定しない。だけど、もし、それが神の力だというのなら、随分君にとって都合がよい神様だ」
「ブレイド様は、神の子ですから」
ルママーナが遮るように言葉を差し込むが、ガナーシャはそれでも止まらない。
「シルビア。君は仲間を賊に殺されたことは覚えているんだよね」
「……え? あ、そ、そう。そうだわ……わたし、なかまを……」
シルビアが頭を押さえて呻くように呟く。
それを見たブレイドが急に悲壮な顔で叫ぶ。
「シルビア、嫌なことは思い出さなくていいんだ!」
「いやな事? 仲間が死んだことを嫌な事? 悲しくても忘れちゃいけない事だろう?」
「なんなんだよ! わけわかんねえぜ! おまえ何が言いたいんだよ!」
「僕の言いたいことは単純さ」
ガナーシャはブレイドを見ていた。じっと。
「僕は、君の神を否定する」
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