第54話後半 おじさんは価値観のズレをなおせない
「ニナ、これはどういうことかな?」
白髪の美青年、ブレイドは笑顔を崩さず、ニナに問いかける。
ニナもまた笑顔を崩さずまっすぐにブレイドを見て答える。
「貴方達とは共に行きません。わたしは一生この人の傍にいます」
「いや、一生は、その……」
「駄目なのですか? あんなにわたしを傷つけて、よよよ」
「ちょっ……! ニナ……!」
慌てるガナーシャと嘘泣きでしな垂れかかるニナを見てブレイドは笑顔のまま固まる。
傍に控えていたルママーナがぽんと肩に手を置くと、はっと何かに気付きいつもの穏やかな表情に戻る。そして、ルママーナに場所を譲ると、ルママーナが口を開く。
「ニナ様」
ルママーナの声にびくりと小さくニナが震えるが、きゅっと弱い力だがガナーシャが抱きしめるとニナはガナーシャの手をちょっとだけ握り、離れてルママーナと向かい合う。
「なにか?」
「よいのですか? あなたのせいで、多くの人が死ぬかもしれませんよ」
ルママーナは手の中の伝言用魔導具を見せる。
そして、物陰に隠れていたブレイドを慕うという6人の女が現れ、そのうちの二人も見せつけるように伝言用魔導具を持っている。
「此処に3つほど外の信者と連絡を出来る伝言用魔導具が。これで伝えれば、王都の人間の大虐殺も可能なのですよ」
「やっぱり、そういうことを、するんですね?」
「貴女が神の子に逆らうから、わるい子だからですよ。これは天罰なのです。それに、【白の庭】を壊滅させた愚かな王国の人間ですから、罰は受けるべきでしょう?」
ルママーナの後ろでブレイドが『残念だが』とでも言いたげな表情で頷いているのを見て、ニナはあからさまな溜息を漏らす。
そのニナの肩を掴みながら今度はガナーシャが前に出る。
「【白の庭】。教会の一部の暴走によって生まれた組織。神の子を生みだす為に、信者の子どもを捧げさせて育てる場所」
「最高の環境で、最高の教育を与えてあげるのですよ。それの何が暴走ですか」
「それによって起きたのが王都襲撃事件だろう?」
「ええ、王都を壊すよう神が命じられたのです」
「その結果、一つの白の庭が消え、多くの命が奪われたとしても」
「神の意思です」
「都合がいい神だね」
「神を愚弄するのですか」
「いいや、あなたを『愚弄』しているんですよ」
「意味が分かりません」
「だろうね。分かるならこんな事にはならない」
ルママーナとガナーシャが一呼吸も置かずに言葉を打ちあうが、それに対し退屈そうにしていたブレイドが髪を掻き上げながら近づいてくる。
「ルママーナ、時間が勿体ないぜ。それより、ニナは手に入るのか、入らねえのか?」
「入りますよ。勿論。手に入らないはずがありましょうか。手に入れて見せます。貴方のために。貴方の為なら、神の子の為なら、世界は動くのです」
ガナーシャと会話している時とは打って変わって、優しい声色でブレイドに語り掛けるルママーナ。満足そうに頷くブレイドを見て、落ち着きを取り戻したのか微笑みながらニナと向かい合う。
「非常に残念です。貴方の洗脳を解くためには、そこの悪い黒魔法使いを殺し、そして、己の愚行を悔い改める必要があるようです」
「洗脳はお前らの方だろ、クソが」
「ニナ、口」
「ふふ、はい」
ニナの魔女の声、そして、ガナーシャとのやりとりに、再び苛立ちを露にしたルママーナがじっと二人を睨みつけながら女達に指示をだす。
「断罪の時間です。貴方達、外に連絡を。『王都に断罪を』」
「「はい」」
伝言用魔導具が輝く。それを見届けたルママーナは満足そうに笑いガナーシャを見ると、
「ガナーシャ……? 何をやっているのです」
ガナーシャの手の中でも光が、伝言用魔導具が輝いていた。
「ああ、気にしないで。僕も連絡をしているだけさ。友達に」
ガナーシャは困ったように笑い、手の中の伝言用魔導具を見せつける。
「『王都に平穏を』って」
王都の西にある大きな教会の中には数十人の信者が集まっていた。
「神の子からのお言葉だ! 断罪せよ! 王都の愚か者どもに正義の鉄槌を!」
「「「断罪を! 鉄槌を!」」」
伝言用魔導具を持つ男が叫ぶと、それに呼応するように人々が拳を高々と上げる。
血走った目で笑う人々が互いに叫び合い狂気を高めていく。
その時、
「ぎゃああああああ!」
教会の扉が開かれ、数人が宙を舞う。
人が宙を舞うという予想外の光景に、人々は言葉を失い、その原因を探す。
そこには身体中から黒い炎の魔力を噴き出した美少女と、その隣で剣を持った少年、そして、槌をぐるぐると振り回し遊ばせるおじさんがいた。
「アシナガ様からのお願い、アシナガ様からのお願い、アシナガ様からのっ! お願いっ! 『お願い、リア』って! きゃー! というわけで、貴方達を行かせません!」
「おい、リア……落ち着けよ……本気で。んで。なんで、またあんたが此処にいるんだよ、マックさん」
「いやあ、工房に戻ろうとしてたら、ガナーシャんから連絡があってねぇ。『もしかしたら』って。だから、来たのさ。ガナーシャんの力になりに。みんなで」
一方、東の教会では、多くの信者達が突然の三人の美女の訪問を受けていた。
動揺する信者達をよそに美女たちはかしましく話し続けている。
「あ、貴方達は!? どなたですか? もしかして、お兄様に頼まれて?」
「せんせえのっ! 妹さんですねっ! よろしくおねがいしますっ!」
「貴女の話は、よくガナーシャさんから聞かせてもらっています。いつも、困った困った、足が痛いと言いながら、楽しそうにワタシに聞いてくれと」
「まあ……! しかし、流石お兄様、このような騒ぎを見抜いていたとは。やはり、エイドリオン家を継ぐのはお兄様しかおりませんわ。そして、わたくしはそれを支える妹……! だからこそ!」
ふわりと風が巻き起こりシーファは周りで武器を構え始めた信者達を見回す。
「貴方達の好き勝手はさせません!」
南の教会の扉は壊れていた。その扉を女傑は踏み越えながら入って行く。
「おいおいおい、『おじさん』共が早朝から元気じゃないか」
サファイアが呆れたように目の前の『おじさん共』に話しかける。
おじさん共のさらに向こう側で信者たちが震えながら武器を構えている。
「な、何故、第三騎士団の団長が此処に……? 外に出てるって話じゃ……」
「だけじゃない。あの緑髪の男、気を付けろよ……! この国の冒険者ギルドのトップだ。なんでまたこんなところに!」
爽やかな笑みでサファイアに跪く鎧姿のおじさん。
「申し訳ございません。サファイア様。あの男から頼まれたもので」
こめかみに指を当てながら溜息をつく緑髪のおじさん。
「スライタスに同じく。それに、アイツの厄介ごとは早めに解決させるに限るんですよ。……それより、ヴァルシュ。お前、サファイア様に漏らすなんて」
サファイアの後ろで微笑みを絶やさず控えている執事のおじさん。
「ふふふ、我が主を裏切るわけにはいきませんから」
そして、店でガナーシャにぶつかった酔っ払いのおじさん。
「いいじゃねえか。久しぶりにみんな会えたんだ。派手にいこうじゃねえか」
どこか楽しそうなおじさん共を見て、サファイアは溜息を吐く。
「はあ~……詰まらんな。お前らがいたら私の暴れる分が減る。だが、まあ、こういうのも珠にはいいか。おい、おっさん共、精々腰に気を遣いながら栄光の時代との己の違いに震えるがいい。さあ、いくぞ!」
サファイアが青い斬撃を飛ばし、群衆を吹き飛ばす。
それを合図におじさん共がゆっくりと前に進む。身体に気を遣いながら。
「全てで襲撃……? 昨日の今日で? しかも、英雄候補達に、女傑に、あの男達……どれだけの戦力を、ここに集めたの……?」
伝言用魔導具からの報告を受けながらルママーナが動揺でふらつく。
じいっとその様を眺めながらガナーシャは頭を掻く。
「僕は弱いから。念には念を入れたんだ。……まあ、サファイア様が出てくるとは思っていなかったけど」
「人に頼らないと何も出来ないのか! 卑怯者」
ルママーナを支えながらブレイドが叫ぶと、ガナーシャは今度はブレイドをじっと眺める。
濁りのない瞳が自分を見つめていることに気づくとがりがりと頭を掻く。
「あ~……色々言いたいことはあるんだけどさ。とりあえず」
そして、心底困ったように笑う。
「ちょっと君が何を言ってるか分からないや」
「!!! お前は嫌いだ! ぜったいに殺す!」
ブレイドが白い魔力を身体中に纏い駆け出、そうとした瞬間。
「おうっ!?」
滑ってバランスを崩す。
ガナーシャはじいっとそれを薄ら笑いで見下ろしながら、魔力を纏った指をこきこきと鳴らす。
「うん、じゃあ、やろうか。『戦い』を、ね」
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