第53話 おじさんは、全てはなおせない
「あの夢……」
ニナはいつもと同じ時間に目を覚ます。
ブレイド達と遅くに話しをし、ベッドに入るのが遅くなったがニナにとっては関係ない。
これはもう習性で、この時間には目が覚めるようになってしまっているから。
ただ、久しぶりの夢を見て寝覚めの悪さが酷い。
ゆっくりと身体を起こし、祈りを捧げる。
救われた記憶。
救ってくれた男の困ったような笑顔を思い出しふわりと笑う。
そして、伝言用魔導具を手に取り魔力を込める。
彼は伝言用魔道具を沢山持たされているので、袋に詰めていることを知っている。
リアとケンとニナ、そして、いくつかの特別なものと、魔女に与えられた複数人と繋がれるもの、恐らく7つはあったはず。だから、ニナの伝言に気付くのは目覚めてからだろう。
ニナは微笑みながら伝言用魔導具に魔力を込める。じんわりとあたたかいもの全てをそこに置いていけるように。
そして、リアとケンに置手紙を書いて、宿を後にする。
持っていくものはほとんどない。持ち物は全部売っぱらって金にしてくれればいいとニナは考え置いてきた。
静まり返った宿屋の廊下を音もなく歩く。
ニナは微笑んでいた。
『ガナーシャさんへ』
少し肌寒く感じる夜の廊下。ニナは小さく震えていた。
『わたしは、ブレイドと共にいきます。理由はあなたなら分かってくれると思います』
リアの部屋の前を通る。リアはよく寝る子だ。目を覚ますことはないだろう。
『あの男、そして、ルママーナの後ろには大きな力があります。本気になれば、わたしたちなどひとたまりもないでしょう。なので、これは合理的な判断です。わたし一人と、リアとケンとガナーシャさんの三人、救えるなら多い方を救うべきです』
ケンの部屋から大きな鼾の音が聞こえる。くすりと笑い通り過ぎる。
『わたしはわたしの信じる道を行き、救える命を救いたい』
階段を下りる前に一番端のガナーシャの部屋を見る。ガナーシャは早めに寝ることが多い。
今日ももう寝ているだろう。物音一つしない。
ニナは、魔力探知をしようとしている自分に気付き首を振る。
未練を断ち切るように深々と頭を下げ階段を下りる。
『だから、いきます』
外に出ると、月さえも沈みかけていた。ただそれだけだ。
『あの時、救ってくれてありがとう』
教会へと向かう。一人で。ただそれだけだ。
『わたしをアシナガの子にしてくれてありがとう』
みんなを救う為に自分がいく。ただそれだけだ。
『いっぱいいろんなものをくれてありがとう』
だいすきな人を守る為にいく。ただそれだけだ。
『いつもお買い物とか付き合ってくれてありがとう』
ただそれだけだ。
『髪を梳いてくれてありがとう』
ただそれだけ。
『褒めてくれてありがとう』
なのに、
『そして、』
その人はそこにいた。
「やあ、おはよう。ニナ」
「……なんでいる、んですか?」
微笑みを崩さないニナの目の前に、苦笑いを浮かべてやっぱりいた。
「ははは……いやあ、おっさんは朝が早いんだよ。まいったね」
ガナーシャは赤茶のもじゃもじゃ頭を掻きながらそう言った。
まだ肌寒い夜にガナーシャは身体を震わせる。だが、視線だけはじっと動かない。
ニナは美しい銀髪を揺らし微笑みながら口を開く。
「年ですね。さあ、早く帰って寝た方が良いですよ」
「そうだね。ところで、ニナはどこへ?」
「教会です」
「何をしに?」
「祈りを捧げに」
「嘘だね。見たよ」
ガナーシャがちらりと袋の中のちかちか光る伝言用魔導具を見せると、ニナは舌打ちを人のいない夜の街に響かせる。
「……性格が悪いですね。嘘吐きさん」
頬に手を当て不動の微笑を浮かべるニナをガナーシャは真っ直ぐに見つめ続ける。
「お互いにね。ブレイドのところにいくつもりなんだね?」
「はい。これが一番合理的です。あなたでもそうするでしょう?」
「僕ならしないかな」
「嘘です」
ニナの口の端がぴくりと震え少し強めに言葉が飛ばされる。
ガナーシャはそれをじっと見ながらゆっくりと言葉を返す。
「僕の経験上なんだけどさ、頬に手を当てて話を続ける人は口を滑らせないようにしている人なんだよね」
ニナの口の端がまたぴくりと。だが、頬に添えられた手は動かない。
「……そういう方が多いだけでしょう? 全てをそう思い込むのは良くないですよ」
「そうだね。だけど、可能性はある。あとは、勝手に想像するだけさ」
「ご勝手にどうぞ」
「勝手に想像すると。ニナは感情が溢れそうな時に頬に手を当てていると僕は思うんだ」
ニナの口の端が震え続け抑えきれなくなったように手は頬から離れだらりと下げられる。
それに倣うように顔も下を向く。
「……へーそうなんですかー。よく見てますね。わたしのこと」
「よく見てるんだ」
ガナーシャがじっとニナを見つめる。
ニナは地面を見つめ、言葉を叩きつける。
「やめてください」
震える言葉がぽつりと地面に落ちていく。
「それについてはニナがやめろというならやめるよ」
ぽつりぽつりと地面に。
「やめてください。なにもかも」
ガナーシャはその言葉の一つ一つを落とすまいとゆっくりとニナに言葉を返していく。
「なにもかもはやめないよ」
ひとつひとつ丁寧に。
「だいじょうぶ、ですから……!」
地面を蹴り駆け出すニナ。ガナーシャの横を通り過ぎようとするが、ガナーシャに腕を掴まれ立ち止まる。ほんの少し走っただけだがニナは肩で息をし、荒い呼吸を繰り返す。
ガナーシャの声は揺れることなく低くしっかりとニナに届けられる。
「ニナ」
「大丈夫です」
自分の全身が震えていることにニナは気づき、身体を抱きしめるように支える。
ぎゅっと掴まれた腕に少しばかりの痛みがはしり、ニナは振り返る。
そこには、こわい顔、だけど、悲しそうにこちらを見つめるガナーシャがいた。
「大丈夫、では、ないだろう」
その声は震えていた。そして、はっと気づいたようにニナは目を見開く。
「ガナーシャ、さん? ……! ガナーシャ! だめ! 怒っちゃ駄目! 足が」
ニナの視線がガナーシャの脚に向く。ガナーシャの脚は嬉しそうに可笑しそうにガナーシャ自身から黒い何かを奪っていく。小さく震えるガナーシャだが、表情は変わらない。ニナをじっと強張った顔で見ている。
「ニナ、そんなことはどうでもいいんだ。聞きなさい、ニナ。僕は今、怒っているんだ」
「……はい」
ニナの顔が歪んでいく。ぶるぶると震え、それでも、まっすぐガナーシャを見つめている。
「もう二度としないようにと言ったはずだ」
「……はい」
掴まれたニナの腕にどんどんと力がこもっていく。ぐっと握られたニナの拳はどんどんと赤みが増し熱が上がり掴んだガナーシャの手よりも熱くなる。
「絶対に、自分ひとりが不幸になればいいと思わないと」
「でも……ガナーシャだって」
ガナーシャも離さない。じっとニナを見つめゆっくりと話し続ける。
「僕は自分が犠牲になったなんて思っていないよ。僕は生きることを望んだんだ。そして、こどもたちの為に幸せな世界を作ると。それは僕の不幸じゃない、幸福だよ。例えそこに痛みがあったとしても。だから、僕は犠牲になったとは思っていない。……彼女もそうだったはずだよ」
腕が痛い。
腕の痛みが胸を通り頭に響く。
痛くて痛くて泣きそうだ。
ニナはぐっと眉間に皺寄せ鼻から大きく息を吸い、震える口で小さな言葉を投げかける。
「もし……もし、わたしがブレイド達と一緒に行っていたらどうしますか?」
ガナーシャもまた眉間に皺を寄せながら悲しそうな顔でニナを睨む。
ニナの腕を掴む手はニナが望んでいる通りにどんどんと力がこめられザラついた掌がニナの白くて綺麗な肌に触れていく。
「君が本当に望んでいるなら止めはしない。無事を祈るだけだよ。だけど、ただ、自分が犠牲になればいいと思っていったなら」
ニナは残った手でぎゅっと胸元を抑える。ただひとつ、どうしても手放せなかった伝言用魔導具を握りしめる。
『そして、』
ガナーシャが取り出す。ちかちか輝く伝言用魔導具を。それを見てニナは自分の懐を覗く。ちかちかとニナの伝言用魔導具が輝いている。ガナーシャはそれを見て苦笑いを浮かべ口を開く。
「僕の全てを賭けて君を取り戻して、君が反省するまでお説教だ」
ニナは自分のちかちか輝く伝言用魔導具に浮かぶ言葉を、ガナーシャの言葉を見つめる。
『君が大切だから、ちゃんと話したい』
ガナーシャがちかちか輝く伝言用魔導具に浮かぶ言葉を、ニナの言葉を見せる。
『わたしの為に怒ってくれて、』
ずきりという痛みが胸をはしる。それでも、それは、『ニナが』生きている証で。
ニナは、涙を流す。だって、ガナーシャは泣いていいとルナリエルに言ったから。
そして、どうしても伝えなきゃいけない一言を必死に絞り出す。
「『ありがとう』」
ニナがそう言うと、ガナーシャは困ったように笑う。
腕を掴んだ手を離し、涙を流すニナの頬にガナーシャのザラついた手が添えられた。
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