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第52話後半 可憐毒舌聖女は汚れた世界をなおせない

ガナーシャと名乗る赤茶のもじゃもじゃ髪の男を見る。

その男はまっくろだった。


まっくろなのに、真っ黒できれいとルナリエルは思った。

その時。

ぼかり、とルナリエルは背中に衝撃を感じた。

さきほどのくろい子は目に何かを浮かべながらルナリエルに殴りかかっていた。


「わ、あああああ! わああああああ!」


ルナリエルの魔法に驚いて気が動転したのかくろい子は声を荒げながら、また拳を振りあげる。

だが、その拳は振り下ろされることなくガナーシャによって阻まれる。

殴られる前に動き出そうとしたルナリエルだったが、ガナーシャの腕に少しだけ強い力が入り抱きしめられて動けず、ちらりとくろい子を見ることしか出来ない。

ルナリエルの耳元で強く抱きしめたガナーシャの低くてちょっと疲れたような声が響く。


「駄目だよ、人を叩いちゃ」


ずきりとルナリエルの奥が痛む。

ガナーシャの言葉にくろい子はぽろぽろと目から溢しながらガナーシャに訴えかける。


「でも! でも! コイツが、なんか、こわいっ、こわいこと、してきて! おれに!」


ガナーシャは男の子をじっと見て、掴んだ腕をそっと男の子の胸に置いてあげ、ゆっくりと話しかけた。


「そうだね、こわいことしたからあの子も謝らないといけない。でも、君もこわいことをしたんだ。痛くて怖い事を。それに先にぶつかってしまったんだろう。遠くからだけど僕も見えた。だから、君も謝ろう」


はあはあと荒い呼吸を繰り返していた男の子は、一度大きく鼻を啜ると、深く大きな息を吐き、ルナリエルを見る。荒い動きを繰り返していた胸はゆっくりと穏やかになり始めて置かれた拳も緩く握られている。


「ご、めんなさい」


男の子は深々と頭を下げた。

あやまった。男の子は。

その意味がルナリエルには分からなかった。


(謝るのは過ちを認めた時、過ちをおかしたらおしまい)


だが、ルナリエルを抱きしめるガナーシャは、ふっと息を漏らす。

笑っているようだった。

ルナリエルからは男の子を見るガナーシャの赤茶のもじゃもじゃしか見えない。


「うん、良い子だね。じゃあ、君も謝ろうか」


ガナーシャはそう言って、ルナリエルを抱きしめる力を緩め、顔を見合わせる。

ガナーシャの瞳。

それは【白の庭】の誰もが持っていないような深い色の瞳だった。

色んな色が混ざり合ったようなその瞳に、ルナリエルは吸い込まれそうになる。

だが、


『駄目よ』『にごった人間は』『わるい子よ』『交わっては駄目』

『あれは悪魔と同じ』『呪われる』『病になる』『だから』

『口をきいては駄目』


『おかあさんの手の声』がルナリエルの心を強く握る。

そして、ぐちゃぐちゃにかき乱す。かき乱し、そして、全てを綺麗に消し去ってしまう。

おかあさんが心の中でわらう。そして、口をひらく。

ルナリエルは言うだけでいい。おかあさんから教えられたことを。


「手をあげたわ。あの子は手をあげたつみぶかきにんげん。だから」


ただ、お母さんの言う事を聞いて、そのまま言えばいい。


「しをもってつぐなわないといけないの」


それがよい子だから。

目の前の男は、ガナーシャは、ルナリエルの言葉に瞳を揺らし、少し目を伏せる。

迷いというものを知らなかったルナリエルにはガナーシャの表情の意味が分からず、ただ目を逸らされたことに酷く胸が痛んだ。

そして、再び目が合う。心臓が跳ね上がる。さっきも心臓はどくどくと跳ねていたのに今も。

だけど、先ほどとは違う。さっきまでの胃の中から何かが溢れるのではなく、それをゆっくりと溶かすように混ぜ込むような広がりをルナリエルは感じていた。

ルナリエルはガナーシャと自分の間に出来た空間に手を差し込み、胸をぎゅっと押さえる。


「それはいけないよ」


ガナーシャの否定の言葉。

ルナリエルは先程迄自分の中のいやな何かをとかしてくれていたあたたかさがルナリエルを足元さえも溶かすように感じ、脚から力が抜けていく。けれど、ガナーシャはそんなルナリエルの背中を支える。

ぐわんぐわんと揺れるルナリエルは自分の足場を求めて必死で言葉を紡ぐ。


「……何故?」

「……何故していいと?」

「だって」

「だって?」

「おかあさんがそう言ったのだもの」

「……そうか。じゃあ、僕はそれを否定する。しちゃいけない」

「でも」

「君はしちゃいけないことをしたんだ」


おかあさんの手の声が小さくなっていく。繋いでいたはずの手が小さく。

そして、ルナリエルは気付けば手を伸ばしていた。目の前で優しく微笑む男に。


「わるい子?」

「そのままだと悪い子かもしれないね」


ぴたりとルナリエルの手が止まる。夜の冷たい風が嬉しそうにルナリエルの手を舐める。


「でも」


だけど、それは一瞬のことで。ザラついたあたたかさが今度は外からルナリエルを包み込む。


「謝ることが出来るのは良い子だと僕は思うよ。偉いね。うん、これからなおしていけば大丈夫」


ルナリエルは弾かれたようにガナーシャの腕から飛び出していた。

そして、じっとこちらを見ていた男の子をしっかりと見て、震える声で一生懸命に伝えた。


「ごめんなさい」


ルナリエルの心はぐちゃぐちゃだった。真っ白で美しかったはずのルナリエルの世界が崩れていくのを感じていた。黒、茶、赤、そして、赤茶……ルナリエルの知らない何かがルナリエルの世界に入り込んできてルナリエルは震えた。この心をルナリエルは知らない。

なんと呼べばいいのかも分からない。

ぐちゃぐちゃ。

言葉にするならばぐちゃぐちゃだった。


「よくできました。君はすごいよ」


ぽんと頭に手が置かれた。

その掌は、お祈りの時間の祝福の儀式の時におかあさんが背中に当てる掌と違って気持ち悪くなくて、じんわりとあたたかかった。


ルナリエルは目から何かが溢れ出ていることに気付き慌てる。

くろい子が出していたアレが自分からも出ていた。

もうぐちゃぐちゃだ。ルナリエルは思った。

そのぐちゃぐちゃの気持ち悪いものが自分の中から出て行く気がして。

そうしていいといつの間にか前に回り込んでいたおじさんが頷いてくれていて。


「いいよ。いっぱい泣くといい。泣いてもいいんだよ」


ルナリエルは『泣いた』。その日、ルナリエルの世界は滲んでぐちゃぐちゃになった。

お読みくださりありがとうございます。

明日更新できないかもなので今日二回行動でした。


また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら有難いです……。


よければ、☆評価や感想で応援していただけると執筆に励む力になりなお有難いです……。

今まで好きだった話によければ『いいね』頂けると今後の参考になりますのでよろしくお願いします!


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