第50話後半 おじさんは女傑の好き嫌いを直せない
皿に残った人参をじいっと見て、サファイアは口を開く。
「人参は詰まらん。なんだ、コレは」
「詰まる詰まらないの問題ではありませんよ」
「アイツと同じようなことを言うなよ」
サファイアが傍に控える執事を指さすと、執事は同じセリフを吐いたガナーシャに同意するようにゆっくりと頷く。
「食べましょう、ね?」
う、と声を詰まらせるサファイアをガナーシャがニコニコと笑顔で追い詰めていく。
「……そう言えば、英雄候補達は何か私に聞いてみたいことはないか? 先輩として色々と教えてやろうじゃないか」
「ちょっと?」
あからさまに話を変えようとするサファイア。
ガナーシャが詰め寄ろうとするが、それを遮るようにニナが口を開く。
「王都襲撃事件でのガナーシャさんの活躍を聞いてみたいです」
「いやいや」
「おお! いいだろう! 当時の私は、まだコイツのことが嫌いだった。あの頃は、全部背負って生きてるみたいなヤツだったからな。そういう意味ではオパールの父親と似てるんだが」
そう言いながら、サファイアはさりげなく人参ののった皿を横に避けながら話し始める。
王都はいつもより蒸し暑く、人々は額に汗をかきながらその日の異常気象を笑っていた。
異常は気温だけではなかった。その日大地が揺れ、王都から離れた南の方角でとてつもない大きな雷が落ちるような音がした。
雷の音に、神の怒りだいやうちのおふくろのだとわいわい人々が騒いでいると、鐘の音が南門から鳴り響いた。細かい連続の鐘の音は久しく聞いていない音だったが、その忙しなさから緊張感が走り、そして、その音の意味に誰もが気付き始めた。
敵襲。
それは、白銀の魔物だった。
それは、見たこともない魔物だった。
それは、無数の魔物達だった。
未曾有の事態ではあったが、王都の騎士団、そして、冒険者ギルドの冒険者達はあり得ないほどの早さで対応をし、魔物達と戦っていた。
「それも、コイツのお陰でな」
「いや、僕はあるかもしれないと言っただけですよ」
困ったように笑うガナーシャを見ながら、サファイアはふふと笑い話を続ける。
王都の危機の可能性をガナーシャに聞かされていたサファイアは自身のよく当たる勘もあり、相棒と共に別の街から急ぎ戻っていた。
サファイアが見た王都は白銀に染められていた。
空から羽の生えた魔物が、壁を触手付きの魔物が、そして、白銀の巨人が王都を襲っていた。
サファイアにとって、王都は良い思い出のある場所ではなかった。
窮屈な箱に閉じ込められている気分で、いつか抜け出すんだと思っていたし、実際に抜け出した。だが、それでも、
「切っては放せない場所だったんだ」
サファイアは、腹の底からぐつぐつと沸き立つ怒りの感情をそのまま吐き出すように咆哮をあげ、王都へと駆け出した。
右手で長剣を振るい、左手で魔法を放つ。相棒の援護もあり、サファイアは入り口をふさぐ巨人をいとも簡単に切り裂き王都の中へと飛び込んでいく。
無数の触手を伸ばしてくる魔物を強烈な風魔法で吹き飛ばし巨人の顔や身体にぶつけ行動を阻害、白銀の巨人の肩に乗り跳躍し空を飛ぶ有翼の魔物を何体も切り落とす。
「全てガナーシャが教えてくれた『効率を考えた、先を見る戦い方』だったんだ。コイツと出会って私は変えられた。今だけじゃない生き方を、教えられた」
そして、空を舞うサファイアは見た。
銀髪の少女の手を引きながら、街の人々の誘導、さらに、ギルドや騎士団の人間への指示、ボロボロの姿で伝言用魔導具を使っている男の姿を。
男は何も倒せていない。
かっこよく勝利しているわけでもない。
ただただ足を引きずりながら導き続けた。
自分より強い人間を頼り続けた。
困ったような笑顔で励まし続けた。
それでも、サファイアは誰よりもその男を尊敬し誇りに思った。
目が合い、男は叫ぶ。
『サファイア! 頼んだぞ!』
強い女に頼る弱い男。
それがこんなにも恰好よいのかと。
サファイアは笑った。
そして、かけがえのない存在に、先を見た。
『任せろ! ガナーシャ!』
「とまあ、コイツは私に頼りっぱなしだったわけだ。なのに、コイツときたら私への借りが他にもあるのにいつまでたっても会いに来ず、きらいだなあ、そういうヤツは」
満足そうに笑うサファイアに、リアはどういう反応をすべきか分からず戸惑いながらケンを見る。
「へ、へえ……す、すごいですね、ねえ、ケン」
「あ、ああ……そういう、話だった、ですよね」
そして、ニナは薄く桃色に染まる頬に手を当てニコニコと笑う。
「ふふふ、ガナーシャさんもすごいですね」
「こほん、それより、サファイア様。人参」
ニナに褒められ困ったように笑うガナーシャは誤魔化すようにサファイアの人参の乗った皿を見る。
「……まあ、いいじゃないか」
「いけません。子供たちが真似したらどうするんですか?」
微笑みながらもいつにない厳しい声のガナーシャに、凛々しかったサファイアの表情が崩れ、慌て始める。
「わ、分かったよ」
サファイアは小さく頬を膨らませ、皿の人参をじとーっと見ると、意を決して口に放り込む。
それを見てオパールは口元を隠しながら笑う。
「ふふ、サファイア様が窘められるなんて珍しい」
「こういう時のコイツは本当に頑固おやじでな。頭が上がらないんだ」
「勝手にそう言ってるだけでしょ、大体、戦闘やらなんやらほとんどの事において私は貴方に頭が上がりませんよ」
笑うオパールに対し気まずそうに告げるサファイア。
その、サファイアに対しガナーシャが困ったように笑うと、サファイアがじっとまっすぐ見つめる。
「私の価値観を決めるのは私だ。私はお前を凄い奴だと思っている。例え他の人間がどう思おうとな」
その言葉を聞いた誰もが深く頷き、ガナーシャだけが苦笑いを浮かべていた。
別れ際、夕食会は、珍しくサファイアの笑顔をたくさん見られたとオパールが礼を言っていた。
苦笑いを浮かべながらガナーシャは、所用を済ませていたシーファを出迎え輝くような笑みを作り出した。
明日には憧れの人に会えるとケンは笑みを零し、伝言用魔導具にきたアシナガからのメッセージでリアは表情を輝かせた。
そして、ニナは笑っていた。
「やあ、また会えて嬉しいよ。それにしても、夜遅くに会おうだなんて、悪い子だね」
静かな王都の夜、教会の前で白の英雄候補、ブレイドが微笑んでいた。
「ふふ」
銀髪の聖女、ニナに向かって。
ニナは頬に手を当てながら恐ろしいほどに美しい笑みを浮かべていた。
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