第50話前半 おじさんは女傑の好き嫌いを直せない
「それで、あの白の英雄候補がしつこかったからぶん殴ったと」
「ぶん殴ってません」
「ち。なんだ、詰まらんな」
物騒な台詞へのガナーシャの返答に本気で詰まらなさそうな顔をする白髪を一つに纏めた凛々しい女性に誰もが気まずそうに笑いながら食事をすすめる。
「サファイア様、詰まる詰まらないの話ではありませんよ」
「私にとってはそういう話なんだよ。お前らに城に押し込められているんだ。そのくらい派手な話が聞きたい」
傍に控える白髪交じりの執事に対し、ナイフを向けながら言い返す。
「サファイア様、人にそうやってナイフを向けてはいけません」
「出た出た、ガナーシャの説教が」
「大体、何故そのような格好なのです?」
ガナーシャはそう言いながら、サファイアと呼んだ女性の姿を改めてみる。
多少装飾品などで煌びやかな上に、生地も最高級のものであろう光沢と美しさをこれでもかと見せつけているが、騎士団の人間が着るような服で下はズボンだ。おおよそ王族の女性の恰好ではない。
それを指摘され、サファイアは自分の耳を塞ぐ。
「あーあー、まだ再会して少ししか経ってないのに、これだ。大体、お前は私にどれほど借りがあると思っているんだ?」
サファイアの言葉にガナーシャはう、と言葉を詰まらせる。
【女傑】サファイア。
冒険者としても有名だったが、城で王の補佐役となっても活躍する彼女に対し、ガナーシャは限りない恩がある。
「まあ、いいさ。会いに来てくれたんだ。それで少しは許してやろう。少しな」
「はは、ありがとうございます」
「……おい、私がわざわざこの調子で喋っているんだぞ」
「ですがしかし」
ガナーシャがちらりと傍に控える執事を見ると執事は困ったように笑い視線を外に外す。
「わかったよ。出来るだけ、ね」
「!!! うむ!」
ガナーシャの言葉に満足そうに頷くサファイア。
その様子をポカーンと見ていたリア達にサファイアは気づき、声を掛ける。
「む、なんだ? 食べないのか? そんな呆けた顔をして」
「あ、いえ……その、ガナーシャと、サファイア様は、仲がよろしいんですね」
リアがそう言うと、サファイアはにやりと笑い、ナイフをガナーシャに向ける。
「そうだなあ、コイツとは戦友だ」
「せ、戦友!? ガナーシャとサファイア様が!?」
「ま、まあ、戦場を共にすれば戦友ですよ、ねえ、うん、あの、十数年前の大災害でね。だけど、百以上の魔物を一人で屠ったサファイア様と違って、僕はただただみんなのサポートをするだけで……」
驚くリア。それに慌てて割って入るガナーシャだが、サファイアは淡々と話を続ける。
「確かにお前は弱いな。ふっふっふ、弱い。なのに、生き残るし、お前がいなければ死んでいた者は百を超えるかもしれない。弱いものは評価されるべきではない等傲慢でしかない。そうは思わないか、英雄候補達」
「は、はい! そうですね!」
「そりゃそう、です」
「ええ、仰る通り」
嬉しそうにリアが、言葉を選びながらケンが、穏やかに微笑みながらニナが揃って頷くと、ガナーシャはやっぱり苦笑いを浮かべる。
「くっくっく、それなりに分かってもらえてるようでよかったなあ、戦友」
「まあ、そう言ってもらえて嬉しいよ。弱き者の一人としては」
サファイアとガナーシャが目を合わせ笑いあうと、同席していたオパールも笑う。
「本当に仲がよろしいのですね、お二人は。先ほどの公式の場ではいつも通りのサファイア様でしたが、こんなにリラックスしているのは初めて見るかもしれません」
この食事の前に、ガナーシャ達は国王に謁見しておりサファイアともそこで一度会ったがその時の彼女は、今のような男装に近い恰好はしていても振る舞いは貴族そのもので、リア達を十分に緊張させた。
「コイツといると冒険者の頃を思い出す。口調もあの頃に戻ってしまう。それだけの話だよ」
「戻りたいみたいな口調ですね。王に泣かれますよ?」
「……従者を困らせるような王女が言うか?」
(血筋なのかなあ)
ガナーシャは、白髪で似たように整ったオパールとサファイアの顔を見てしみじみと思う。
自由なる血。それがウワンデラ王家なのかもしれないと笑う。
「そういえば、ケン」
「は、はい!」
いきなりサファイアに呼ばれ、執事から追加の料理を出され、詰め込んでいたケンは慌てて返事する。
「すまないな、スライタスに会えなかったのだろう?」
「あ、いえ……事件が起きてってことなんで、あの、平気、です」
ケンが城に会いに来た第三騎士団の団長は、急な対応を迫られる出来事があり、会えなかったようでケンはあわあわしながらも気にしてないことを頑張って表現している。
「まあ、ヤツのことだ。明日には終わらせて帰ってくるさ。それと、気になるのは、ニナを誘ってきたアイツが詰まらんな。ブレイドだったな」
ガナーシャは先程の出来事を思い出しながら痛む脚をさする。あのあと、追ってくることはなかったが、ニナの勧誘を諦めたわけではなさそうだ。
「白の英雄候補か。まあ、わたしは好きではない」
「英雄候補なのに、ですか?」
リアが、きょとんとしながら尋ねると、サファイアは手の中でナイフを遊ばせながら説明し始める。
「王国も一枚岩ではない。色んな派閥があり、その中で面倒なことは山ほどある。私や弟は好ましいと考えてはいなかったが一部の貴族の推薦で選ばれた英雄候補なんだ。英雄候補という名は色々と都合が良いんだよ。アイツは、能力はとんでもなく高い。今の英雄候補の中でも抜きんでているかもしれないな。私は好きではないが」
何度も好きではないを強調するサファイアとそれに同調し続けるリアとニナにガナーシャは苦笑う事しか出来ない。
「……それに。いや、食事が不味くなるから。やめておこう。気を付けておいてくれ、十分に。英雄候補はお前達だけではないし、お前たちの思うような人間ばかりではないということを……ああ、いかんな。つい力が」
サファイアが握りしめた右手の中からぐにゃりと曲がったナイフが現れる。
それをぎょっとした顔で眺める子供たちを見て、サファイアはからからと笑う。
「すごいだろう、この腕。知っているかもしれないが、王都襲撃の際に失ってね。その時につけた。まあでも、コイツとお揃いになったと思えば」
「サファイア様」
「なんだ、別にそれくらいはいいだろう。分別はついてるさ」
「お、お揃い?」
サファイアとガナーシャの会話にリアがそーっと質問を投げかける。
「コイツの脚は義足だ。私も義手。ちょっとしたツテで『使いやすく』してもらった特別製なのさ」
そう言いながらサファイアは自身の右手を動かす。その動きは義手とは思えない程の滑らかな動きで子供たちはその技術の高さに素直に驚き感動する。
「ふふ。まあ、この腕と引き換えにこの国を守った。戦士の勲章だよ」
愛おしそうに自分の右腕を撫でるサファイアにケンが手を挙げて問いかける。
「それだけ激しい戦いだったのか……ですか?」
「ああ……とある場所から正体不明の魔物達が溢れ出してきてね。大災害に近いものだったんだろうが。悲惨な出来事だったよ。あんなのはもう二度と御免だ、なあ、ガナーシャ」
「そうですね……ところで、サファイア様、人参」
ガナーシャの指摘にサファイアが表情を曇らせ、視線を落とす。
そこには皿に綺麗によけられた人参があった。
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