第49話 おじさんはかみ合わない会話をなおせない
白髪の青年が呆気にとられた様子でニナの方を見ているが、その表情さえも美しいとガナーシャは思っていた。
(真に、神の造形物ってところかな……)
同じく神の造形物と言える美少女の『まあ別に平気だったけど慰めるていで頭を撫でてくれますよね? ね?』といわんばかりに頭を擦り付けてくる攻撃に苦笑いを浮かべつつ頭を撫でているとニナは幸せそうに肩を小さく震わせる。
「な、何故何もしてないその男に?」
「何をしているしていないかではなく、何を今までしてきたかによってわたしはこの人に抱きついたのです。先ほどの男はとてもこわかったーので、今までとてもやさしくしてくださったこの人に慰めてもらうと胸の中に飛び込んだんですが何か」
ガナーシャに頭をこすり付けながらそうニナはなんとも緊張感のない画だが、白髪の青年だけは眉間に一瞬小さく皺を寄せ、諭すように話しかける。
「はは、助けたのはぼくなんだけどなあ。ぼくのところに来てくれてもいいんじゃ」
「そうですね、ありがとうございます。かっこいい登場をする為に危険を冒す必要があったのかどうかは謎ですがありがとうございました。ただ、申し訳ない事に美形だからと言って一度危機を救われた程度で人に抱きつくような軽い女ではないのでご理解いただけると。かっこいい登場をする為に危険を冒しているように見えましたし」
(何故二度言った?)
ニナの考えも分かるが、白髪の青年の英雄願望というか無茶をしたい男の子の格好つけな部分も分からなくもないガナーシャは謎の頭痛を感じながら白髪の青年を見る。
「ぼくの光魔法なら絶対に君を守れる。その確信があって飛び込んだんだ」
「そうですか、先ほどの技量であればもっとこっそり助けることも出来たと思ったので。ただの地味に助けるなんてかっこ悪い、やっぱり女の子を助けるならこうだよなあというただの派手好きかと思っていました」
店にいた男性たちが頭を押さえ始める。どうやら、ガナーシャと同じ謎の頭痛に襲われているようで、みな少し頬を赤くし、若かりし頃の記憶が蘇っているようだった。
「失礼。助けられたにも関わらずそのような態度とは頂けませんね、貴方」
そんな男たちの中をかき分けて、一人のシスターらしき女性が現れる。
髪は淡い茶色でしっかりと纏められており、白髪の青年よりも幾分か小柄だがそのしっかりとした立ち振る舞い故か、男たちは道を譲って行く。
「……貴方、は」
「この方の補佐をしております、ルママーナと申します。そして、この方はウワンデラの英雄候補の一人、光の使徒、ブレイド様です。同じ英雄候補のニナ様、そして、リア様ですね」
ルママーナの発言で、英雄候補が三人そろっていることを知った客たちがざわざわと騒ぎ始めるのを見てブレイドと紹介された白髪の青年は、こほんと咳払いをし姿勢を正す。
「そうだね、名乗るが先だった。ブレイド、ブレイド=リベリオンだよ。よろしく。美しき聖女、ニナ」
ブレイドが差し出した手には応えず、ニナはその場で手を組み、膝を軽く曲げ挨拶を交わす。
ブレイドの表情が曇ったように見えた瞬間、ルママーナが前に出て口を開く。
「ブレイド様、このような失礼なものは貴方に相応しくありません。相手の実力をはかれぬ未熟者、貴方の凄さを理解できていない愚かな女です。やめておきましょう」
「……は?」
「いや、彼女が良い。彼女の美しさ、心の清らかさにぼくは惹かれたんだ。ぼくは諦めない」
「……は?」
「そうですか……。貴方がそこまで言うのなら、信じましょう」
「……は?」
「ありがとう、ルママーナ。貴方がいてくれて本当に良かった」
「……は?」
不機嫌さを隠さずに「……は?」を繰り返すニナに対し、ブレイブとルママーナの会話はそれを気にせず楽しそうに進んでいく。
いつの間にかニナに抱きしめられていた右腕の痛みと、いつも通りの脚の痛みを感じながらガナーシャは口を開く。
「あのー、話が見えないんですが……」
「ああ、失礼。単刀直入に言おう、君を仲間にしたい」
ガナーシャを全く見ずにブレイブはニナに向かって再び手を差し出しながら告げる。
苦笑いするガナーシャの右腕が更にぎゅっとされ、痛みとやわらかさがガナーシャを同時に襲う。
「お断りします」
ニナが不動の微笑ですっぱりと切り捨てると、ブレイブは心底分からないという表情でニナに詰め寄る。
「な……! 何故?」
「何故? むしろ、何故急にわたしに声を掛けたのですか?」
「今日街でニナを見かけて、ニナの瞳が綺麗だなと思って」
少し頬を染めて照れながらそういうブレイブの顔は理屈抜きにかわいらしい。だが、話に置いては、ガナーシャ達は首を傾げる一方。
「……口説いているんですか? 口説いているにしても、いきなりそんな一言を言って女が惚れると思っているんですか? どれだけ軽い女と付き合ってきたのですか? あと、まるで自分のもののような口調で名前を呼ばないでください」
「ちょっと! 貴方失礼じゃないですか!?」
「貴方、大人ですよね。彼のこの振る舞いに疑問を覚えないのですか?」
「疑問?」
「話になりません」
ガナーシャと比べて絵になる爽やかな苦笑いを浮かべるブレイブと目を吊り上げるルママーナを見ながらニナはにっこりとすっぱりと言い捨てる。
「あ、あのー、僕達、城に用事があるので。この辺で失礼しますね」
ガナーシャは慌てて、ニナとルママーナの間に割って入る。ニナが腕を掴んだままだったのでぐるりとルママーナの背を向ける形になったガナーシャは背中越しに申し訳なさそうな表情を浮かべながらニナを押し、リアやシーファを促して出口へと向かおうとする。
「ま、待ちなさい!」
「待ちません。ウチの子も言いましたが、貴方は大人ですよね。一度順序を踏まえて、それから話を進めるべきではありませんか」
「な……!」
ルママーナがなおも食い下がろうとするが、ガナーシャはその吊り上がった目をじっと見て、小さく口を開く。
「ねえ?」
たった二文字。
ガナーシャの低い声が場を凍り付かせる。
ニナの呪詛のような声ではなく、死を覚悟した人間が放つ今際の言葉のようなその声に誰もが固まって、一瞬何人かは息をするのも忘れるほどだった。
ガナーシャはにっこり笑いながら、ぽんぽんとニナの頭を撫でるように叩く。
「失礼。貴方の甲高い声にうちの子が怖がっていたので。また時と場所を改めましょう」
途中からずっと震えていたニナの腕が落ち着くのを感じたガナーシャは頭から手を離し、出口へ向かう。
「ニナ、大丈夫?」
「……えへ。えへへへ、大丈夫ですとも。勿論、ガナーシャさんが守ってくれましたから。えへ。だいじょうぶだいじょうぶ、えへへ」
全然大丈夫じゃなさそうなだらしのない笑みを向けてくるニナにガナーシャは困ったように笑う。
「分かりました。真っ白なお庭で、今度はゆっくりとお話ししましょう」
「……いやです」
にっこりと微笑みながらニナはそう言ってガナーシャの腕を掴んだまま店を出て行く。
「ね、ねえ、ニナ、なんなの? あのひと」
「さあ、頭のおかしい人でしたね」
「ちょ、ちょっとぉお! お兄様! お支払いは……わたくしがしますよ! だから、わたくしも頭を……お兄様!」
「あ、ありがとう、シーファ! え、えーと、頭の件は考えとくね」
慌てて追うリアと素早く支払いを済ませるシーファ。その先にいるニナとガナーシャを見ながら、ルママーナは、笑っていた。
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