第48話後半 おじさんは世話焼妹の機嫌をなおせない
「ちょっと! 何故わたくしを人質にしないのですか!?」
「う、ううううるさい! 黙れ! 近づくんじゃない!」
羞恥心が限界を超えたのか己の身を犠牲にして打算的に捕まろうとしたシーファが叫ぶが男は一蹴する。男は腕の中のニナを見て呪詛のようにぶつぶつと呟く。
「く、くそ! くそ! この女が悪いんだ! この女がっ!」
「はて、わたしとあなたはお知り合いではないと思うのですが」
「う、うるさぁあああい!」
首元にナイフを当てられているのが逆ではないかと思う程にニナは落ち着いているし、男はどんどん支離滅裂な言葉になっていく。
「世界がこんななのも、俺がこんなのも何もかもお前のせいだあ!」
「……!」
「それは違うよね」
男の叫びにニナがびくりと身体を震わせた時、ガナーシャがそう言いながら前に出る。
「なななななんだ! お前!」
「ああ、ただのおっさんだよ。だけど、さっきの言葉は良くないな。どれだけ自暴自棄になってるか知らないけど、自分の不幸を子供のせいにするのだけは絶対に駄目だ。大人が作った世界だろう?」
ガナーシャは深く黒に染まった瞳でじっと男を見つめると、男はぴたりと止まりその瞳に吸い込まれるようにじいっと見返す。だが、徐々に歪な光が瞳に差し始め再び震え叫びだす。
「うるさあい! じゃあ、お前のせいだよ! おっさん!」
「わたしの、大切な人のせいにすんな、クズ」
今度は腕の中から魔女の呪詛のような声が聞こえ男はその声がした方を見る。腕の中のニナはニコニコと不動の微笑のままじっとしている。男が喚く声の中でその声だけが妙に響き渡り、まさかその声の主が銀髪の可憐な微笑みを絶やさぬ美少女だとは思わず誰もが目をこすりニナの方を見る。
「なんなんだ……なんなんだよぉおおお! もういい! 死ね死ね死ねぇええ!」
「きゃーたすけてー」
耐えきれないとばかりに男は絶叫し、もう若干小馬鹿にしてるんじゃないかという程の緊張感のない助けを求めるニナに対し、ナイフを振り上げる。
(とはいえ、流石に見過ごせないか、なっ……!)
ガナーシャは、無詠唱で〈弱化〉を男のナイフを握る手に掛ける。ナイフを持つ手が緩んだその瞬間のことだった。
「ぼくに任せろ」
ガナーシャの横を白髪の青年が風の如き速さで通り過ぎていく。
「なぁああああああ!?」
「その子を放せ……!」
驚愕の表情に染まる男に対し白髪の青年は、身体中に白い魔力を纏わせ一瞬で間合いを詰める。そして、ニナを抱きかかえるように腕を回しながら肩からの体当たりを喰らわせ距離を作ると長い脚を折り畳み思い切り蹴り飛ばした。
「ぐべっ!」
壁に強かに背中を打ち付け男は蛙が潰れたような声を出す。
「……光の鎖よ、罪人を捕らえよ、〈光鎖〉」
白髪の青年が手をかざすと壁をせもたれに座り込む男の身体に光の鎖が巻き付き拘束していく。猿轡のように口にもかけられ男はこれ以上叫ぶことも出来ず観念したのか最後には大人しくなった。
(略式詠唱。しかも、かなり強力な光魔法を……凄いな)
ガナーシャが、白髪の青年の魔法に感嘆しながら他にあやしい人間がいないか周りを見渡すと、その場にいた女性たちがほうと見惚れている。
美しい顔立ちで身体も筋肉で締まっており、その上、光魔法の粒を漂わせているので、神々しささえ感じさせるその姿に見惚れる人間がいるのは無理もない事だろう。
「大丈夫?」
女性の耳をとろけさせるような甘い声と天使のような優しい微笑みでふわりと笑う青年にニナは、
「わたしはリア程ではありませんが、男性にべたべたされるのは好きではありません。それに、こっちの状況も把握せずに無闇に飛び掛かってくる方は好きじゃあありません。つまり、何が言いたいかというと……」
そう告げるニナの身体にも白い魔力が纏わっており、その魔力の強力さからか、青年は触れることなく抱きかかえる形になっていた。
そして、青年を見上げながらニコニコと微笑み口を開く。
「触んな」
そう呟いてニナは白髪の青年の腕から逃れ、ガナーシャの元へとてててと小走りで近づき、腕の中に飛び込む。光魔法をといた状態で。
「きゃー、こわかったー」
そういうニナ、呆然とする白髪の青年、何故か羨ましそうにガナーシャとニナを見るリア、周りの嫉妬交じりの目。
(一番この状況が怖いのは僕なんだけど)
真横にいた複雑な表情をしている妹へのフォローも考えながらガナーシャは笑った。
いつも通りの苦笑いで。
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