第48話前半 おじさんは世話焼妹の機嫌をなおせない
「おば! おば! おばさまですって!? 聞きました!? お兄様、この子わたくしのことをおばさまと」
入った店の中で不服そうにシーファは小声だが叫んでいて、ガナーシャの脚はずっといたかった。
ニナの『おばさま発言』の後、ガナーシャは慌てて移動を促したが、そのあとも、シーファは鳴き声かのように「おば、おばおば……」と繰り返し続け、席に着くなりニナに噛みついていた。
当のニナは楽しそうにニコニコと笑い、リアはあわあわしていた。
遠くから見守っているシーファの護衛達は、ガナーシャに応援の眼差しを向けるだけ。
ガナーシャは、はあ、と息を吐き、笑顔でシーファに向き直る。
「シーファ、落ち着いて」
「わ、わたくしは落ち着いていますとも、ええ、とってもとっても落ち着いておりますちょも」
噛んだ。それをまた恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせ眉間に皺が寄って行く。
「そ、その……確かに、このお二人に比べれば、年上ではありますが、わたくしまだそんな年では……」
シーファは、ガナーシャと大分年の離れた妹ではあるが、リア達と比べれば当然上だ。だが、その美貌や肌の瑞々しさもあり見た目だけならリア達の少し上程度にしか見えない。
にも拘らず、ニナに『おばさま』と告げられたことがシーファの中で大きな衝撃だったようだ。ただでさえ、連絡を怠っていたせいで機嫌の悪い妹の機嫌をさらに損なうわけにはとガナーシャは出来るだけ穏やかな良い声でシーファに話しかける。
「そうだね、シーファはとってもかわいらしいし、若々しい。僕の自慢の妹だよ」
ガナーシャは、歯の浮くような言葉を自ら放ちながら腹が抉れるような感触に襲われる。
言った言葉の恥ずかしさもそうだが、褒めれば褒める程シーファがガナーシャに依存してしまう。そして、家に帰ってきて攻撃が激しくなってしまうのだ。
けれど、今のこの状況を打破するのが先決と決死の覚悟で放った言葉。
ガナーシャは頑張って作り上げた微笑みの表情でシーファを見る。
「そ、そ、そう、そうですか……ま、まあ、お兄様がそう言うのでしたら、そうに違いありませんわね。わたくし、お兄様の、その、自慢の妹である為に美しくあろうと頑張っているのですよ」
口をもにゃもにゃさせながら言葉を紡ぐシーファの眉間からは皺が消えた。
(今だ! 一気に攻める!)
いつになく狩人のような鋭い目をしたガナーシャが、畳みかけようとしたその時だった。
「……ねえ、アタシも結構最近がんばってるんだけど、どうかな」
「わたしもガナーシャさんの自慢となれるよう頑張っていますよ」
まさかの横からのリア達の強襲によってガナーシャの攻撃が阻まれる。
真正面に座るシーファがガナーシャの両サイドから迫る二人を見てあわあわし、それを見てガナーシャもあわあわする。
(く! 急いで二人の機嫌もとってシーファに当たらないと)
ガナーシャは脳を高速回転させながら二人への誉め言葉、そして、シーファへのフォロー、全ての会話の流れを組み立てて態勢を立て直す。ずっと苦笑いを浮かべながら。
しかし、その苦笑いがぱっと消え失せリアの方に手を伸ばす。
「ちょ! お兄様! そんな傲慢貴族のような振る舞いは……!」
シーファが叫ぶ声も無視して、飛び込んだガナーシャの手はリアの顔の横を通り過ぎて、どん、と……倒れかけていた男の背中を支えた。
「へ?」
「大丈夫ですか? リアさん」
どうやら酔っ払った男がふらついて仰向けにリアの方に倒れそうになっていた様でそれにいち早く気付いたガナーシャがなんとか支えた。
「ああああああ、だいじょうぶよ、いいにお、じゃなくて、いい動きよお、はい!」
顔を真っ赤にし小さく震え涙目になっているリアだが無事ではようでガナーシャはほっと息を吐く。男もすぐに態勢を立て直し、赤ら顔でこちらを見て笑っている。随分と飲んでいるのかふらふらしながら懐をまさぐり何かをガナーシャに差し出す。
「いやあ、すまなかったな。恋人を守ってかっこよかったぜ、おっさん。これは詫びだ。はっはっは!」
そう言って酔っ払いはガナーシャにコインを握らせて去って行く。
「い、いやあ、参ったねえ。ねえ、リア」
「っここここここここここここここここここここいびと?」
鶏のように呟きリアにガナーシャは苦笑いを浮かべる。そして、その奥に頬をぱんぱんに膨らませてこっちを見ている妹が見えてゆっくり首を横に振りながらより深い苦笑いを浮かべた。
「うううううらやましい、もう一回くらいきてくれないかしら」
不吉なことを言う妹にガナーシャはもう一度ゆっくりと首を横に振り、そんなことはないようにと祈った。
だが、ガナーシャの運は基本的に悪い。乱暴に入り口のドアが開かれる音がし、女性の悲鳴があがる。
ガナーシャがそちらを振り返ると、ナイフを持った男が肩で息をしながら店に入ってきていた。強盗でもしてきたのだろうか、もう片方の手には何かが詰まった袋を持っている。
「う、うわぁあああああ! どけえ! どけえぇえええ!」
そう叫びながら、男はナイフを闇雲に振り回し奥へ奥へと進んでくる。そして、ガナーシャ達のテーブル近くまで来ると、
「お、お前だぁあああ!」
そう叫びながら手を伸ばす。
「くっ! ここはわたくしが!」
そう嬉しそうに叫んで前に出たシーファ、を無視して男はニナを掴んで首に腕を回しナイフを当てて周りを見渡す。
「お、おい! こいつは人質だ! て、手を出すんじゃないぞ! 手を出せばコイツの命はない!」
酒か薬か男の目は妖しく輝き、口元は歪に吊り上がり嗤っている。
そして、掴まってしまったニナは、
「きゃー、たすけてー」
棒読みだった。そして、しっかりとガナーシャの方を見ながら言っているので、周りの人間も何かのパフォーマンスだと思い始めたのか、一気に緊迫した空気が溶けていく。
ただ、ニナを掴んでいる男だけは、必死の形相で叫び続ける。
「く、来るなよ! 来たらコイツを殺すぞっ! 本気だからなっ! お前も余計な事言うんじゃないぞ! こ、殺すぞ!」
焦点の定まらない目で叫ぶ男がニナに向かってナイフを振り上げて脅す。
ニナは、まあと開いた口を両手で隠すがどうにも緊張感がないし、ずっとチラチラガナーシャの方を見ている。
赤茶のもじゃもじゃ髪を掻きながら、ガナーシャは状況を確認しながらニナを助ける算段を練る。
(そもそもニナなら倒せる相手なんだけどなあ……それに)
ちらりと横を見ると、涙でぷるぷるしている妹の姿。
(早く助けてシーファをフォローしないと……)
ガナーシャは痛む足をさすりながら動き出した。
お読みくださりありがとうございます。
また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。
少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら有難いです……。
よければ、☆評価や感想で応援していただけると執筆に励む力になりなお有難いです……。
今まで好きだった話によければ『いいね』頂けると今後の参考になりますのでよろしくお願いします!
また、作者お気に入り登録も是非!




