第46話後半 おじさん達はうまく料理出来ない
ガナーシャは弱い。
だが、弱いなりに努力はしてきたし色んな冒険もしてきたので経験は豊富だと本人も自負していた。
だが、そんなガナーシャであっても空色のスープは初めてだった。
(な、何を入れたらこうなったんだ……?)
ガナーシャがじいっとスープを見ていると、リアが慌てて説明をし始める。
「あ、あの! 普通に作ってたのよ! 女将さんにレシピ教えてもらって、一人で、普通に作ってたんだけど、なんか……こうなった」
なんかこうなった、とは?
ガナーシャはそう思ったが口には出さない。
目の前の女の子は自信なさげに自分の服の裾をいじりながら少し申し訳なさそうにこちらをみている。自分の支援孤児が作ってくれた料理だ。見た目で判断してはいけない。
そう自分に言い聞かせるが、お腹と足の痛みは加速度的に上がっていっている。
「あの……ごめんね」
「いただきますね」
そう言えば、リアが一人で料理をしているところを見たことがなかった。
基本、堅パンや干し肉ばかりで、あとは、簡易の溶かしたらすぐ食べられるものくらいしか出ていなかったので、料理の腕を知ることはなかった。
そんな子が一生懸命作ったのだ。
親バカガナーシャが断るはずがない。
意を決して、空色のスープを口の中に放り込む。
「ん? あ、うん、やさしい味ですね」
「ほんと!?」
見た目に反して、味わいはシンプルに芋がしっかりほぐされて、刻まれた玉ねぎの甘みがしっかり出ていて悪くない。だが、
「ん、ぐ!? ぐぅうううううう!」
「え? ガ、ガナーシャ! やっぱりマズかった?」
ガナーシャが急に口と腹を抑え悶え始める。それを見てリアがおろおろと泣きそうな顔でガナーシャを見つめるとガナーシャは手の平を差し出す。
「だ、大丈夫です……ですが、原因が分かりました。リアさん、これ、魔力がこもってます」
「ええ!?」
通常、あるはずのない量の魔力が料理に込められていたことにガナーシャは気づく。
料理に魔力が含まれることは少なくない。だが、あくまで少量だ。魔力を主な餌とする魔物の肉でもそこまで多くはない。
このスープには通常ではありえないほどの魔力が含まれていた。魔力は、身体強化や魔法の行使など必要な力ではある。だが、基本的に腹の中に納めるものではない。『魔臓』と呼ばれる場所が求めるもので、それ以外の場所に大量に入れば強烈な拒否反応を示す。【食の魔女】はそう言って、食と魔力、そして、調理や食事に使う魔法の注意点を話してくれたのをガナーシャは思い出す。
「お、恐らく、それが……芋か玉ねぎの何かしらの反応を起こし、色を空色に変化させたのではないかと」
魔力による生物の変色は、ガナーシャも友人から教えてもらっていた。
だが、まさか料理の色を変える程の魔力とは。
ガナーシャは改めて、英雄候補である彼女の力に感嘆する。だが、当の彼女はしょんぼり肩を落とし涙目になっている。
「ど、どうしたんですか? リアさん」
「だって……ごめんね、変なの食べさせて。ごめん……もっとがんばる」
そう言ってどんどん小さくなる彼女を見て、ガナーシャは小さく溜息を吐くと、空色のスープを口の中に流し込む。
「ちょっ……! ガナーシャ!?」
「ぐ……ん、んん! 飲みました! 確かに刺激的な味ではありましたけど、リアさんが、リアが作ってくれたんだから。がんばってくれた味がしてうれしかったよ」
そう告げるとリアは瞳を輝かせ、嬉しそうに何度もうなずく。
「うん! うん! あの、失敗はしちゃったかもだけど、がんばって作ったのよ! 『美味しくなれ! 美味しくなれ!』っていっぱい気持ち込めたの!」
(ん?)
ガナーシャはぱあっと輝く表情でどんなふうに作ってどこが大変だったかを表情豊かに語り始めたリアの話を聞きながら固まる。
(美味しくなれって念じるだけで、この魔力? そうか、うん、もうこれは祝福や呪いに近い何かなんだな)
ガナーシャは、綺麗にした皿を見る。なんだかガナーシャの目には、もわあと広がる何かが見えた気がして汗を流す。
「だからね、それがいっちばん大変だったの!」
「そ、そうですか。リアさん頑張ってくれたんですね。ありがとうございます」
ガナーシャの礼を聞いて、また表情を輝かせたリアがきゅっと目を瞑り小さく身もだえをし、はっと気づいたようにガナーシャを見る。
「あ! で、でも、こ、これは、ごめんだけど、練習だからね! 初めてのちゃんとした料理は、やっぱり、アシナガ様に食べてもらいたいから……」
食べてます。
まあ、確かにちゃんとした料理か否かで言えば、ちゃんとはしてないかもしれないが、もう今食べた。
と、ガナーシャは思ったが、口には出さず曖昧に頷く。
と同時に、ふと考える。
(『アシナガ様に出す』ってなると、この子とてつもない念を込めるんじゃないだろうか? あの人も『過剰な魔力が腹の中に入ったら爆発しますよ、ふぁっふぁっふぁっ』とか言ってたし、もし、それが冗談じゃなかったら……!)
ガナーシャが顔を青くしてみると、リアは顔を赤くしてぶつぶつと話始める。
「あ、でも、ちゃんとした練習の料理は、こ、これがはじめてだから! あの、えーと、何が言いたいんだ、アタシ……とにかく、もっともっと美味しいの作って見せるから! じゃあね! たべてくれてありがとう!」
そう言ってリアはパタパタと去って行く。
ガナーシャの足と腹がいたくなった。
ベッドに座り込んだガナーシャは暫く足を擦り続けた。
「ガナーシャさん、ちょっといいですか?」
そうしているとニナがやってきた。鍋を持って。
「ちょっと、味見をしてもらえませんか?」
ニナの持っている鍋は、赤黒い色をしていた。
「ニナ、これは……?」
「芋と玉ねぎのスープです」
じっと魔力探知をしてみるが、魔力はリアのスープ程多くはない。
純粋に、赤黒い。
「うん、ニナ。何か入れた?」
「!! そうなんです! ちょっと辛めのスパイスを買って来まして。ガナーシャさんのお料理を見ていたら、やはりそういったものが大事なのではないかと。うふふ、だから、真似しちゃいました」
違う。ちょっと違う。
ガナーシャはそう思ったが口には出さない。
足とおなかがずっといたい。
「どうぞ、食べてみてください、うふふ」
ニコニコ顔で自信に満ち溢れたニナの顔を見て、ガナーシャの足をさする速度が上がる。
目の前のスープは赤黒い。
ゆっくりとスプーンで掬うがどろどろとしている上に、刺激的なにおいがする。
噴き出る汗をぬぐうガナーシャをニナはニコニコ見つめている。
「じゃ、じゃあ、いただきます」
赤黒い何かを口に入れると、芋のふんわりした食感と玉ねぎの甘味、そして、
「ん、んんんんんんっ!」
「あら?」
強烈な辛味が舌を刺し、ガナーシャはもだえる。
左脚を除く身体中から汗が吹き出し、左脚の付け根との境が燃えるように熱い。
ニナはその様子を見て、少し目を見開き、口元に手を当てる。
「ガナーシャさんには、少々辛すぎましたかね?」
そう言ってニナはガナーシャからスプーンを取り、赤黒スープを掬って飲む。
口に含むとその刺激に少し震えたものの美味しそうに飲み込み、ほうと息をつくその表情は美しく妖艶だった。
だが、ガナーシャにその美しさに見とれる余裕はなく、驚愕の顔でニナを見つめる。
そして、その顔を見たニナは、再びぶるぶると震えだす。
「あ、はあ……意図してそういう顔にさせたかったわけじゃないですが、うふ、はぁはぁ……」
恍惚とした表情を浮かべるニナに今度はガナーシャが震える。震えれば震えるほどニナもまた嬉しそうに震えもだえる。
が、突如として自身の持っているスプーンを見てニナは徐々に顔を赤くし始める。
「あ……ごめ、スプー、ガナ……ま、また作ってみますね!」
そう言ってニナは去っていく。
ぽかーんと見送るガナーシャだったが、残されたスープの皿とスプーンがない状況に頭を掻く。
「えーと、ど、どうしよう……」
「おう、ガナーシャ入るぞ」
ノックをしてケンが入って来る。手には、
「また!?」
鍋が。
「やっぱりあいつら来たんだな。リアは下手そうだし、ニナは味覚が馬鹿だからな。これに混ぜて喰えばいいじゃねえかと思ってな」
そういってケンが見せたのは具材たっぷりで透き通るほど美しい煮汁の入った煮物だった。
「ケ、ケン……!」
「まずいもんをなんとか食えるもんにするんならマシなものと混ぜ込むのが一番早い。どうせガナーシャのことだから残さねえだろ」
そう言ってケンは鍋と食器、パンを置いて去っていく。
「ケン! ありがとう! 助かった!」
「貸し1な」
見るからに美味しそうな料理を置いてケンが去っていく。
ガナーシャは、それでも辛いみんなの料理を食べきり、真っ赤な唇で嬉しそうに微笑む。
「からい……でも、うん、うれしいなあ……」
子供たちが作ってくれた料理が詰まったおなかをさすりながらガナーシャはゆっくりと眠りについた。
その後、
「ガ、ガナーシャ! また作ってみたんだけど、今度は、その、緑色になっちゃって」
「ガ、ガナーシャさん……これも中々刺激的ですよ……ね、一口、一口だけでも」
「お前ら! もう料理すんな! それに合わせて俺が作る羽目になるんだよ!」
「あ、あはは……」
子供たちの料理ブームが続き、ガナーシャの胃が鍛えられた。
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