第45話後半 口悪剣鬼少年も一人では勝てない
「ね、ねえ、なんか……緊張するわね」
「そ、ソウダネ……」
「ふふふ、ガナーシャさん。ガナーシャさん私達より身体が大きいんですからそんな小さくならずに遠慮なくわたしに寄りかかっていいんですよ」
物陰からこっそりと様子を窺いながら、緊張のせいかガナーシャを掴む力がどんどん増していくリア、そのリアに思い切り掴まれ苦笑いを浮かべるガナーシャ、そして、腕を小さく開いてガナーシャを抱きしめようと待ち構えるニナ。
「ふうむ、実に興味深いな」
「ひや~! 甘酸っぱいですねえ!」
更にガナーシャの後ろから眼鏡を直しながら見つめるサーラと鼻息荒く身体を乗り出しその大きな胸をガナーシャにのせるアキ。
「いいわねえ、こういうロマンス」
そして、平民の姿に着替えているオパール。
「「「「「って、オパー……」」」」」
「し……! 気付かれるわよ」
オパールが口元に人差し指を当てて鎮まるよう促す。
「な、何故、王女様が……ご自身の立場を」
「大丈夫よ、強い従者が付いてきてるから」
オパールが親指で指し示した先には、美しい金髪を短く斬り揃えた男装の従者が控えていた。深々と頭を下げ表情は見えないが、少しそわそわしているようにも見える。
「……で、どうなってるの? ねえ」
「ひえ……!? なんで、私に? 私この中で一番下っ端のギルド職員なのに……え、えーと、もう結構クライマックスで……あ、う、動きがあるみたいですよ」
オパール王女に聞かれて顔を引くつかせたアキが指さした先では、ケンとオトが二人並んで夜空を見上げていた。
そう、ただの出歯亀だった。
ガナーシャも悪いとは思ったのだが、リアが暴走しないかが不安だし、ニナが一緒に行ってどきどきしましょうと言うし、ケンには申し訳ないが正直好奇心が勝った。
だが、まさか尾行している先で、サーラとアキがオトを尾行している所に出くわすとは思っていなかったし同行することになるとは思わなかった。
お陰でガナーシャは〈隠魔〉を五人にかける羽目になりとても疲れている。
だが、それ以上に気になった。ケンにはうまくいってほしかった。
その余計な親心がガナーシャの引きずる足を動かした。
「あの、よ」
ケンが、口を開く。
リア達が息をのむ。
ガナーシャもうまくいくよう念を込めながら身を乗り出すが、五人の女性に囲まれて気が気じゃない。
「ね、ねえ……なんかすごいどきどきしてきた、あの、ガナーシャ、頭撫でていい?」
リアが近い。
「ふふふ、ガナーシャさんの心臓もどきどきするんですね」
ニナが近い。
「ううむ、勉強になるな」
「うっひょお、頑張れケンさん」
「ロマンスね、ロマンス! ちょっとあなたもこっち来なさいよ。気になってるんでしょ」
三人が近い。いや、一人増えた気がする。
だが、騒がしいガナーシャ側と異なり、静かな二人の世界で、ケンは話を続ける。
「俺は、多分、もう少ししたらここを出なきゃいけねえ」
「うん……そ、そうだよね、へへ……」
オトがケンを見下ろしながら寂しそうに笑う。
「お前は連れていけない」
「……うん」
落ち込むオトの背中がどんどんと丸くなり、ケンの顔に近づいていく。
俯いて頭を掻いていたケンも近づいてきたオトの顔に驚き、その表情を見て眉間に皺を寄せる。そして、オトの顔を両手で押さえて顔を真っ赤にして叫ぶ。
「いや、そうじゃない! そうじゃねえんだ……ああもう! ダメだ! 先に言っとく。俺にすげえいい言葉を『今』期待しないでくれ……」
「ケン?」
「飾った言葉が言えりゃあいいんだろうが、言おうとすればするほど、うまくいえなくなる。そんで何もかもめんどくさくなって、投げちまう。だから、今はまだ、自分なりの言葉で言わせてくれ」
ケンは、オトの身体を起こし、そして、見上げる。オトの揺れる瞳の中のケンの瞳もまた揺れてるようにケンには見えた。
(それが『今の俺』だ。知れ! そんで、今の俺で戦え)
ケンは腰に下げた真っすぐな『親友』を握る。
ずっしりとした重さがケンの心を落ち着かせ勇気をくれる。
真っすぐにオトを見てケンは一生面伝えようと口を動かす。
「オトが、大切だ。【歩む者達】のみんなと同じ位。でも! 女って意味では多分……いや、多分じゃねえ、絶対一番だ……」
「ケン……」
「だから、お前を危ない目に遭わせたくない。いつだって俺が戦っていることが、世界を守ることが、お前を守ることに繋がってるって思って戦うから。だから、ああなんだ、くそ」
「……へ、へへ、うん、あの、待ってるから、迎えに来てくれると嬉しいなあ」
オトの目から涙が零れ、ケンは慌てて手を伸ばし、その涙をすくう。
「出来るだけ、泣かせないよう、がんばる。だから、よ……これ」
ケンは、懐からあるものを取り出す。
「あ、あれって……ねえ、ニナ」
「ふふ、ケンったら素敵ね」
ケンの手の中にあったのは伝言用魔導具。
アシナガに頼んで調達してもらったものだった。
伝言用魔導具はとても高価なものだが、ケンはタナゴロの冒険者としてトップクラス、その上、アシナガ、ガナーシャの伝手を使えばいち早く、そして、安く手に入れることが出来、色んな力を借りて最速でケンの元に届けられていた。
「これ……なに?」
「だああああ! そ、そっか、知らねえよな。こ、これは、遠くにいても言葉を送れる魔導具だ。使い方は、教えるから。これ使えば、ちょっとは泣かずにすむだろう」
オトはそれを聞き、ちかちか光る伝言用魔導具を大切に両手で包み込むように受け取り抱きしめる。
「……うん、ありがと……ケン……」
「あの、それ、見てみろ。文字は今冒険者ギルドで習ってるんだろ」
ケンにそう言われオトはちかちか光る魔導具を見る。
そして、笑いながら、伝言用魔導具に一滴零す。
「……あは」
「ゆっくり考えればちゃんと伝えられるから。だから」
言いかけたケンに向かってオトがどんどん近づいていく。
「ちょ、ちょっと……嘘でしょ! そんなの物語でしか読んだ事ないわよ! くくくちづけ」
「こ、こ、これは……すごい……うそ……ほんとに……すごいすごいよ、ね、ガナーシャ?」
「め、眼鏡が曇る……」
「うっひょおおおお!」
「え!? うっそ! すごい、すごくない!?」
「オパール様、静かに。が、がんばれ、ケン……!」
「あのー、ごめん」
興奮する女性陣が近くで聞いたのはおじさんの情けない声。
「足が痛くて限界です」
「「「「「え?」」」」」
女性陣が呆気にとられたその瞬間、中心でもみくちゃにされていたガナーシャが崩れていく。そして、ガナーシャに寄り添っていた彼女達もまた雪崩のように。
「いたたた……ん?」
一番下のガナーシャが這いつくばったまま、近づいてくる影に気が付き見上げると、眉間に大きな皺を作り顔を真っ赤にしたケン。そして、その奥で両手で顔を隠しいやいやと顔を振っているオト。
「どうやって全員が魔力探知から逃れてたか知らねえけどよお……! いや、絶対おっさんの仕業だろ。そんなの出来るのはおっさんだ。おい、いい度胸してるなあ」
「い、いや、その、あの、ねえ、みんな……」
ガナーシャは覆いかぶさっていた女性陣に助けを求めるがいつの間にか、背中が軽い。
誰も居ない。
既にみんな逃げ出していた。圧倒的にステータスの低いガナーシャだけ逃げ遅れたようだった。
「なあ、おっさん……ちょっと男同士でお話ししようぜ。ちょっと口下手な俺だけどよ、まあ、許してくれや」
「あ、あの……ケン、違うでしょ。もっと言いたいことあるでしょ」
オトが顔を真っ赤にしながらもケンの頭に手をぽんと置き、何かを促す。
すると、ケンは眉間に深く深く皺を刻み、そのまま、ぼそりと呟く。
「あ、ありがとう、ございました……お陰で、その、オトを守れた」
ケンのその不器用な言葉にガナーシャは顔をほころばせる。
だが、それは一瞬の事。
「じゃあ、一番言いたかったことは言ったからよ、次に言いたいこと言わせてくれや……! おっさん……!」
ガナーシャは苦笑いを浮かべ、ケンに連れ去られていく。
猛スピードで逃げ、そして、察し帰ってきた女性陣はオトを祝福し、みんなできゃいきゃいと騒ぎながら去って行く。
タナゴロの夜。おじさんの情けない声と女たちの賑やかな声が響き渡った。
『アシナガ師匠へ』
『今日、オトに伝えました』
『まだ、僕はうまく話せません。だけど、伝言用魔導具のお陰で伝えることは出来ました』
『今はまだこれで。でも、いつかもっともっと頑張って、もっともっとみんなを幸せにする言葉が言えるようになりたいです』
『そして、もっともっとつよくなりたい』
『以前おじさんに聞かれたんです「弱いと笑っちゃいけない理由ってなんだ?」と。弱くて笑っちゃいけない理由なんてなかったです。弱くても誰かの為に笑えるのならそれは強いんだと思いました』
『僕、この前聞きましたよね。「強さとは何か?」って。答え難しい理由分かりました。強さは一つじゃないから難しいですよね』
『例えば、オトにはオトの強さがあって、おじさんにはおじさんの強さがあって、あの場所のみんなにも生きていく強さとかそういうのがあって』
『だから、僕の強さ、僕の思う強い人の話です。それは、』
『痛みを力や思いに変えられる人』
『そして、誰かの夢や思い、居場所や世界。そういうのを守れる人が、僕の中での強い人です』
『僕はそういう騎士になります』
『その人にとっての大切な世界を守れるすごい騎士に』
『師匠のように』
『そして、弱くても誰かを守れるおじさんのように』
『強くなります。誓います』
『ケンより』
剣に誓う少年編 完
お読みくださりありがとうございます。
これにてケン編終了です。20万字近くになってしまいました!はっはっは汗
ニナ編へと続きます。よければ、お付き合いください。
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