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第41話 おじさんだけでは勝てない

「おいおい、雑魚のおっさん一人がオレの相手かよ……!」

「そうだね、よろしく。まあ、君もそうとう辛そうだし、いい勝負が出来るんじゃないかな?」


 血が噴き出る手首に布をきつく巻き付けながらトムは悪態を吐く。

 が、ガナーシャはそれを気にせず困ったように笑い、一定の距離を保ちながら剣を抜く。


「ふざけろ……! オメエの相手なんて左手の指一本で十分だ」

「そうか、かもね」


 トムは、短剣を回収し、左手に持って、ガナーシャに襲い掛かろうとする。

 だが、ガナーシャが地面に何かをばらまくのを見て、慌てて踏みとどまる。


「ち! カルドロップかよ! 次から次へとうっとおしい!」


 ガナーシャがばらまいたのは先のとがった三角錐に近い形をした金属の塊、カルドロップ。

 気づかずに踏めば、足の裏に突き刺さる悪質な罠。


「はあ~! 雑魚はいやらしくて面倒だ! そういうことしねえと勝てねえからってちまちまちまちまと!」

「そうだね、君を倒したいからね」

「ち!」


 トムが大きな舌打ちを鳴らし、ミレニアの方を見る。

 ミレニアも苦戦しているようで、すぐにこちらの援護には来れそうになさそうで、トムは顔をゆがめる。


「あー、面倒だ」


 さっきからガナーシャがゆらゆらと動き続けていて腹が立つ。指がずっと動いていて目障りで腹が立つ。色々話しかけてくるのが腹が立つ、その上、こっちが左ではうまくいきそうにない距離を保ち続けるのも腹が立つ。

 頭がぼーっとしているのに、煩わしいとトムは苛立つ。


「痛みで頭が回らないでしょ? 力が入らないでしょ? 呼吸もどんどん荒くなっている。それが、君が他人に与えて、自分で知ることがなかったのかもしれない。傷つけられる痛みだ」


 足元にはカルドロップ、いやがらせの黒魔法、他にも何かあるかもしれない。

 だが、ガナーシャの言う通り、痛みで頭が回らない。考えるのが面倒になる。

 そもそもトムは今まであまり考えたことがなかった。

 手に入れた力で大体の奴は弱くて倒せたし、強い奴からは逃げた。

 それで十分だった。

 なのに、今は追い詰められている。

 面倒になった。

 なにもかも。


「はあっはあっ……くそ! オレの負けだ。降参だよ! もうどこにでも連れていけ! だから、助けてくれ! 痛くて痛くて放っておいたら死んじまう! 頼むよ!」


 トムはそう叫ぶと、短剣を前に放り投げ地面に左手をつき頭をこすりつける。


「そっか、わかったよ」


 ガナーシャは優しく微笑み、ゆっくりと警戒しながら近づき、放り投げられた短剣を片膝立ちで拾おうとした時だった。短剣がガナーシャの目の前から消えた。

 そして、短剣はトムの左手に。

 短剣には仕掛けがあった。先に輪を作った細い糸を柄に巻いており、小指を掛けておき、放り投げても手元に引き寄せるようにするという仕掛けが。

 トムにとっては手首ごと飛ばされたのは不幸中の幸いだった。

 糸の仕掛けは生きていた。

 そして、頭を地面に擦り付けながら前に体重をかけておいたトムは一瞬でガナーシャをトムの間合いに入れる。


「馬鹿が! 死ね死ね死ねぇええ!」


 トムが短剣を逆手に構え突き刺そうと動く。速さは圧倒的にトムの方が上。

 トムの短剣がガナーシャの立てていた左足を襲う。


 ガキィイン


 重たい金属音。

 刺さらず止まった短剣。

 それを止めた脚。

 それらを見てトムは呆然としてしまう。


 そして、見上げると、ガナーシャは微笑んでいた。何もかも分かってるというように。

 そして、ぼそりと呟く。


「指一本で相手に出来る。なら、君の指一本なら僕が全身全霊を込めればなんとか出来るのかな?」


 ガナーシャは短剣と一緒に突き出した左手を掌底で思い切り叩く。


「あぐっ……オメエ、また、あの指輪を!」


 ガナーシャは慌てて離れたトムに見せつけるように手を開く。

 そこにある銀の指輪には小さな細工があった。

 毒と呪いを刻み込む刃が飛び出る仕掛けが。

 小さな指輪なので毒も呪いも強烈ではない。

 毒はじんわりとしたしびれ、呪いは一瞬雷がはじける程度。

 その程度でも、手首を落とされたトムにとっては死を感じさせるには十分でどんどん息が荒くなっていく。


「君は確かに強い。僕より遥かに。だけど、弱い人間しか相手にしてこなかっただろう? だから、痛みもそう、こういった危機的状況にもそう、どうすればいいか分からないんだろう。僕は慣れっこだからね、僕より強い人間はごまんとして、危機的状況なんて何度も味わった。君みたいになる人間も何人も見てきた」


 ガナーシャの言葉を聞きながら、トムはちらちらとガナーシャの左脚を見る。


(さっきの金属音はなんなんだよ! 義足か?)


 トムは左足が気になって気になって仕方ない。

 実は、それはガナーシャが戦闘が始まってから、度々無詠唱で掛けていた〈嫌悪〉の効果も十分にあり、そのせいでガナーシャの左脚に意識がいき続けていたのだが、後手に回り続けているトムは気づかない。

 苛立ちや焦りをかき消すかのように短剣を振り回す。何度も何度も振り回し肩で息をし始め、苦笑いしているガナーシャに叫ぶ。


「くそ! くそ! くそおお! な、なんなんだよ、なんでオメエには効かねえんだよ!」

「ああ、もしかして、その呪われた短剣のことかな? 風切り音を聞かせて相手に怒りや嫉妬の感情を増幅させて平常心でいられなくするってところだよね、多分。でも、ごめんね。僕はあんまり人に対して怒ったり嫉妬したりしないんだ。僕は弱いから」

「は?」


 トムには意味が分からなかった。弱いは弱いだ。トムにはそうとしか思えない。

 だが、ガナーシャはそんなトムの貌を見つめながら続ける。


「自分が弱いと分かってる。怒るのは今が理不尽だと感じているからだ。嫉妬するのは自分がそれを得られていないから、自分が得てもおかしくないはずなのに。って、そういう感情でしょ? 僕は今程度の状況を理不尽には思わないし、自分が不当な扱いを受けているとも思わない。もし、僕が負の感情を抱くとすれば、それは死ぬときかな。でも、僕は死なない。死ぬくらいなら逃げるよ。逃げて逃げて逃げて、策を巡らせ、人の手を借り、罠を張り、それでも無理なら、病気や老衰で倒せるまで僕は生き続けるだけだ」

「狂ってる……!」

「狂ってる? 違うよ、僕は弱者として全力で戦っているだけさ」


 トムは、身体を震わせながら過去を呪う。

 あの指輪がなければ、うまくいったかもしれないのに。

 脚を狙わなければ、うまくいったのに。

 糸の細工を気にせずカルドロップを撒く隙を与えなければ、うまくいったかもしれないのに。

 手首を斬り落とされなければ、うまくいったのに。

 ミレニアのことがばれていなければ、うまくいったかもしれないのに。

 今回の作戦が見破られなければ、うまくいったのに。

 誰か一人でも連れて来ていれば、うまくいったかもしれないのに。

 あの時、どちらかだけでも殺しておけば!

 この男がいなければ!!


「オメエさえ! オメエさえいなきゃよぉおおお!」

「僕だけの力じゃないよ、僕だけじゃ倒せない。でも、僕は力の使い方を知っているから」

「あ、あ、ああああああああ! ミレニアァアアアア! オレを助けろ!」


「………!」


 ミレニアはその声を聞いた瞬間駆け出していた。

 ケンは一瞬見せたミレニアの表情に驚き首に置いていた剣から力が抜け、ミレニアに押し返され、脇をに抜けるのを許してしまう。

 ミレニアは反射でトムの声に従う自分に気づき、悲しそうに笑う。


(もう私は戻れないんだな)


 足がもつれる。自分の足ではないようだ。

 それもそうか。今、自分は自分の魂に逆らいながら動いている。

 こんな事ではあの少年にも追いつかれるだろう。

 だが、これでいい。

 向き合ってくれた少年に背を向け、極悪人に脅され助けに行く女が裁かれるだけだ。

 ミレニアは目を閉じ、その一撃を受け入れようと力を抜き立ち尽くす。

 だが、少年はミレニアの横を通りすぎ、前に立ちはだかった。

 行かせまいと。正面に。


「な、ぜ……?」

「おっさんが、言ってくれたんだ。やりたいようにやれって。あとは、おっさんが、大人がなんとかするからって。お前はお前の剣を振るえって。俺は! 剣に誓ったんだ! 守るって。俺の守りたいもんを守る!」

「守りたいもの? それは、一体……?」

「知らねえよ! こっちはまだガキなんだ! なんでもかんでもうまく言えるわけじゃねえんだよ! ただ! ここで逃げたら俺は俺を許せなくなる! そんな気がするんだよ!」


 ミレニアは己の剣を見つめる。

 手入れはしていた。

 だが、昔は。

 誰もが呆れるほど美しく磨いていた。鏡のように。

 その剣に自分の誇らしげな顔が映るのが嬉しかった。

 今は、小さな傷だらけのその剣に映った自分は歪んでいて、みにくい。

 それでも。

 握った剣の感触は覚えている。ずっとずっと振り続けてきた剣だった。

 その美しく磨いた刃と同じく美しい音が鳴る様に何百回も何千回も振ってきた。

 そんな音を聞いたのは遥か昔のことのようだ。


 まだ、ふれることができるだろうか。


 ミレニアは剣に問い掛ける。


「おい、ミレニアァアア!」

「ダメだよ、邪魔をしちゃあ」

「邪魔はオメエだよ!」


 トムは震える左手で短剣をガナーシャに投げつける。

 力が入らなかったのだろう。投げられた短剣の速度は遅い。

 その短剣が、ガナーシャの左足に蹴り上げられ真上に飛んでいく。


 蹴り上げたその脚は、燃えていた。黒い炎で。


「なん、だよ……その足……?」

「僕の脚は、特別製でね。……君の短剣と同じように」


 トムは見た。穏やかに微笑むガナーシャの左脚にまとわりつく黒い炎。それがいくつもの人の顔を浮かび上がらせていた。その顔達は醜悪に歪み、トムを見て嗤っていた。


 終わった。


 トムは何がか分からないがそう思った。

 そして、分かることは一つだけ。

 この男は、まるで『悪魔』のようだと。



 そして、もう一つの戦いも終わりを迎えようとしていた。

 ケンは態勢低く構え、ミレニアは真っ直ぐにケンに剣を向けて、互いに気を充実させる。

 張りつめそうな空気の中で、金属音が響き渡る。それはガナーシャがトムの短剣を蹴り上げた音。その瞬間、すべてが弾けたように動き出す。


「行くぞ! ケン!」

「!!! ……はい!」


 ミレニアが真っ直ぐにケンに向かっていく。

 それをケンは真っ直ぐ見据え、


 キィイイン


 ミレニアの斜めから振り下ろされた剣をケンは思い切り弾き上げ、手首を返し、斜めに斬り下ろす。


「……見事だ」

「! だぁあああああああああ!」


「さて、終わりだね」

「うわあああああああああああ!」


 ケンが振り下ろした剣がミレニアの左肩に打ち下ろされ、深くめり込む。

 ガナーシャの黒く燃える脚が落下してきたトムの短剣を踏み折る。


「くそが……くそが……くそがあああああああああ!」


 イチカの村で、ケンの咆哮が響き渡る中、ガナーシャは男を冷たく見下ろしていた。

 トムは、地面に座り込み、黒い炎を足から放ちながらこちらを見つめるガナーシャを震えながらじっと見つめていた。


 口から血を流しながらうつ伏せに倒れた、微笑む女の頬にいくつもの雫が降り注ぐ。


 青い空の下イチカの村での戦いは終わった。

 勝者のいない戦いは静かに幕を閉じた。

お読みくださりありがとうございます。

ケン編残り3話で終了予定。ニナ編へと移ります。ニナ編で余裕で20万字越えます。

どうしよう……。ひとまず、ニナ編で完結にしようかと汗


また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。

少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら有難いです……。

よければ、☆評価や感想で応援していただけると執筆に励む力になりなお有難いです……。

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