第40話 おじさんは一人では勝てない
イチカの村での戦いは、じっとりとゆっくりと続いていた。
ケンの戦い方では、トムに決定打を与えられない。
だが、トムもまた隙を見せないケンに対し有効打を入れられずにいた。
一向に戦い方を変えないケンに対しトムは苛立ちを募らせていったが、それ以上にトムにとってはガナーシャの存在が不快だった。
ガナーシャは、ケンに対し〈潤滑〉を掛ける以外は、余程の事がない限り介入せずに、戦闘開始時には何度も掛けてきたいやがらせ魔法もやめたようでじっとこっちを見ていた。まるでそれ以上の手出しをする必要はないと言わんばかりに、気になるのか自身の左脚を擦ったり、とんとんと地面を叩いているのも無性に腹が立った。
『雑魚のおっさん』も『弱い小僧』も自分に負けるとは微塵も思っていない様子が許せなかった。
「はあ、面倒だな。ほんと面倒だ。なあ? こっちはこっちで色んな作戦立ててやったってのに全部パアだ。たまんねえよ」
「知らねえよ」
「ったく、役に立たねえ奴らの面倒見てやってたってのに、本当に全然使えねえんだもんなあ。おまけに、援軍も来たってか。ああ、面倒だ」
トムはガナーシャ達の更に後ろを見てそう言った。
そして、ガナーシャ達の背後から馬の蹄の音が。
「ケン殿! ガナーシャ殿!」
ガナーシャが振り返ると、そこには汗で美しい金髪を顔に張り付けながら馬から降りようとするミレニアの姿。
「ミレニア副騎士団長? どうしてここに?」
「話はあとで! どうやら、我々は罠にかかっていたようですね」
「ええ」
トムを警戒しながらガナーシャがミレニアの方を見て頷くと、ミレニアは頷き返し、剣を抜く。
そして、ケンよりもリーチの長いミレニアは状況を素早く理解し、ガナーシャを守れてケンの援護も出来る、ケンの半歩後ろで構える。
「ち。三対一か……」
「ケン殿、私も加勢する! 君に合わせるから、自由にやってくれ」
「……ああ! いくぜ! ミレニアさんよお!」
「ああ、わかった……!」
そう言ってミレニアは、ゆっくりと後ろを振り返り……ガナーシャに斬りかかろうとする。
だが、ミレニアの一撃はガナーシャには届かない。
ガナーシャは後ろに跳んでいた。まるでミレニアが攻撃してくるのが分かっていたかのように。
「な……!」
「くそがよ……おっさんの勘があたっちまったんじゃねえか!」
背後から声がする。ケンの声だ。明らかにミレニアの方に向いている。
そして、大きな金属音が鳴り響き、ミレニアはよろけた自分の背中が熱い事に気づく。
鎧が大きくへこまされたらしい。
(振りぬかず叩きつけるように……か)
痛みに顔をゆがめるミレニアが再びケンの方に振り返ると、剣をぴたりと地面に水平にして打ち込んだままの体勢で構えているケンの姿が視界に、そして、その後ろから短剣を振りかぶるトムの姿が加わってくる。
「はははははは! ミレニアの事はバレてたか、だが! それも可能性として考えていたよお!」
「そうかよ」
ミレニアは見た。
振り返らない動じないケンの姿を。
振り返らず、自分の気を練り直し、次の体勢に移行し始める。
ケンは思い切り腰を落とし、足を広げ低い体勢に沈み込み、トムの斬撃が届くまでの距離と時間を延ばす。だが、そこからの攻撃よりも早く、その背中を狙う短剣がトムの右手から振り下ろそうとされた時。トムの手首から黒い靄がぼんやりと現れる。
「それも、おっさんは可能性として考えてた。残念だったな」
トムは顔を顰める。手首に奔る、中を抉るような、今まで経験したことない痛みに。
「ぐ……いって! まさか、あの時、毒と一緒に呪いも? あああ畜生があ!」
手首を見るトム、後ろの気配を捉えるケン、そして、振り返って二人を見ているミレニア。誰の視界にも入らないところで、一人の『おっさん』がひっそりと呪詛を紡ぐ。
いやがらせのように、ちくりとした痛みを、与えるためだけに。
「それに、俺もちゃんと『先』を見てたぜ」
そして、ケンは落ち着いて練り上げた気を解放し淀みなく流れるように斬撃を繰り出す。
低い体勢から放たれた切り上げの一撃は正確にトムの右手首を斬り飛ばす。
「あ、ああああっ!?」
さらに、その状態から再び身体を反転させたケンが呆然としていたミレニアに向かって体当たりを喰らわせる。
ミレニアは後ろに飛ばされながら、すれ違う足を引きずり前に出るガナーシャを見た。つるべのようにガナーシャはトムの元へ、そして、ケンがミレニアの所に飛び込んでいく。流れるような交代にミレニアは顔をゆがめる。
「おっさん、大丈夫だろうな!?」
「大丈夫、死にはしないよ」
ケンとガナーシャのやりとりを聞きながら、ミレニアはなんとか態勢を立て直し、ケンの追撃を受け止める。が、前後に喰らった衝撃の影響ではじき返すのがやっと。咽ながらなんとか態勢を立て直す。
「けほ……一体、いつから……私が盗賊団と内通していると気づいていた?」
「知らん。おっさんに聞いてくれ。多分勘だって言うよ。色々おっさんにしか見えないもんがあったんだろ……あんた、裏切っていたのか?」
「まあね」
「騎士なのにかよ」
「そうだな」
「騎士なのに。なんで、奴らについてんだ?」
「正義の為だ。今の王国を変えるには、上に立つしかない。下級貴族の私が早く上に行くには、必要だった。ただそれだけのことだ」
ミレニアの言葉に偽りはない。ケンは表情からそれを読み取ってしまう。
そして、その言葉を受けながらケンは悲しそうな瞳で態勢を正し、剣をミレニアに向ける。
「……そうかよ」
「ケン殿、君の事は知っている。あの、【ハテ】の出身だとな。【ハテ】の事件は良く知っている。君を助けたのがウチの団長なんだ。君に会いたがっていたよ。君は……腹立たしく思わないのか? 今のこの状況を? 世界の理不尽を。そして、怒り狂っているんじゃないのか? 君の全てを奪ったものを。殺された者たちは何故死んだ? すべてはこの狂った世界が原因じゃないか!」
ケンの耳がぴくりと動く。
「……ずっと、声が聞こえてた。アイツらの声だ。復讐しろって言ってるように聞こえてた」
「なら!」
「でもな、違うんだよ」
「違う?」
ケンは、今も自分の耳元で声が聞こえる気がしていた。
誰かが自分の背中にいるような気が。
それと同時に、思い浮かべる言葉があった。
それは、昨日の夜、アシナガに伝言用魔道具でメッセージを送った時の言葉。
『アシナガ師匠、今日この前負けた盗賊と戦います。もし負けたらどうしようかと不安です』
『ケンへ 相手は強いのかな?』
『強いです。僕よりもずっと』
『ずっとというのはどれくらいだろう? そして、その差を埋めるには何が出来るだろうか? ケン、相手を闇雲に強くしてはいけないよ』
『はい、わかりました』
『何にどれだけ差があって、どうすれば埋められる、もしくは超えられるか。時には逃げることも必要かもしれない大切なのは一つだけにするんだ。その一つの為にどうすればいいかを考える。考えて考えて考えて分からなければ、誰かを頼ればいい。それも強さだ』
『アシナガ師匠、ひとつ聞いてもいいですか?』
『僕は、何故アシナガ師匠の支援孤児になれたんでしょうか?』
『怖い話をするね。でも、ケン、君には知っておいてほしいから。するね。私はね、幼い頃に攫われたことがあるんだ。頭のおかしい人に。そこでは沢山の子供たちが飼われていた。より強い大人を作る為に。そして、最終的に僕以外みんな死んだ。その時誓ったんだ』
『なんてですか?』
『もし、その子達が生まれ変わってこの世界にやってきた時に幸せであるように生きよう』
『そう、誓ったんだ。だからね、自分を許せないほど傷ついたケンにやさしくしたかったし、君ならやさしくなれると思ったから』
『ありがとうございます。でも、やさしさだけではダメだと思います。違いますか?』
『違わないね。でも、やさしいから傷つく痛みを知っているから、それを守ろうとするために君は強くなろうとしているように見えるんだ。やさしいから、守りたいから、強くなりたい、そして、努力して誰かを守れる力を手に入れる。それが強いひとだと私は思う』
『私は、君がそんな騎士になれると信じてるよ』
ケンはきれいに笑った。悲しそうに寂しそうに、それでいて、すっきりとした顔で笑い、よく磨かれた剣にその顔が映っていた。
「俺の聞いた声は俺が都合の良いように聞こえる声だったかもしれねえ。ただ、怒ってりゃ許してくれる気がして。『怒れ、怒れ』って。でも違うんだよ。俺の大好きなアイツらは、きっとこう言う」
ケンは少し顔を歪ませにやりと笑い、剣を少し握りなおす。
「『怒ったら腹が減るから。楽しい事考えてろ』ってな」
「……それこそ都合の良い考え方じゃないか!」
ミレニアがケンに向かって襲い掛かる。
ケンと同じような万能型の騎士の剣。リーチはミレニアの方がある。
ケンは後ろに引きながら、ミレニアの一撃を弾く。
重い一撃で、一瞬ケンの手に痺れが。すぐさま握り直し、追撃も叩き落し構えなおす。
「かもな。けど、もう俺はひとりじゃねえから。テメエの都合だけで生きるわけにはいかねえんだ」
ケンには、今リアやニナ、そして、後ろで一緒に戦ってくれているおっさんもいる。
その思いがミレニアに真っ直ぐ向けた剣を重くさせた。
『いいっ? 剣ってのはね、重いもんなんだよ。その重さがどこにあって、どう作用するのか。そして、忘れちゃいけないのは、重さは敵じゃないってこと。頑丈な剣は重いし、うまく重さを使えれば体格の違う相手ともやりあえるっ!』
メラの言葉を思い出す。
剣は、重い。
だけど、それは必要な重さで。
大切なのは、扱える自分で。
ケンはミレニアが打ち下ろしてきた重たい一撃を受け止める。
だが、ミレニアの攻撃は止まらない。
一歩下がったケンを追うようにくるりと一回転しながら払い斬りでケンの胴を狙う。
ケンは、ゆっくりと右手の力を抜き、剣を切っ先から落とし、地面と垂直になった瞬間、強く握りしめ直し全身に力を入れ、払い斬りを受け止める。
「うおぉおおおおおおお!」
雄たけびを上げながらケンは梃子の力で横払いの一撃を思い切り持ち上げ、切っ先にかかる遠心力を利用しぐるりと刃をまわし、柄でミレニアの胸当てを思い切り叩く。
肋骨、そして、肺を思い切り揺らされたミレニアは再び咽ながらよろよろと構えなおす。
「驚いたな、報告ではまだ剣に振り回される少年だと」
ミレニアは空を見る。
そこには、高く飛んでこちらに向かってくる少年の姿。
「この前は、だろ? テメエらがチンタラしてる間に俺は成長してんだよ!」
ケンの剣が振り下ろされる、真っ直ぐに。
ひときわ大きな剣のぶつかり合う音が聞こえ……地面に落ちる音。
「……そうか。そうかもな。私は止まっていただけなのかもしれない」
寂しそうに微笑むミレニアの首筋に、彼女の剣を落とした真っ直ぐな剣が輝いていた。
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