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第37話後半 口悪剣鬼少年は鍛冶師にも勝てない 

 一方、ガナーシャはマックに肩を借りながら歩き、そして、ふと空を見上げた。


「さぁて、あのおぼっちゃんは、大丈夫かねぇ」

「大丈夫だよ、マック」

「ほぅ、ガナーシャんは、なんでそう思うんだぃ?」

「勘だよ」

「……ガナーシャんの勘なら、間違いない」


 二人はふわりと笑い、少年剣士がいるであろう方向に無防備で楽しそうな背中を向けて歩き出した。



 ブオン!


 ヒュッ!


 色んな風切り音を聞きながら、ケンは黙々と剣を振り続けていた。

 メラの言った『一番良いもの』を探して。


(これは、軽い。これならこの前みたいに疲れねえ。なら、これか? いや、でも、さっきのはすげーデカくて重かったが破壊力はありそうだった。いやでも、でも、でも)


「だああー! くそが!」

「おおーい、まだ決まんないのっ?」

「うるせー、もうちょっとだよ!」


 ケンの中で3つに絞られてはいた。

 長くリーチがあり重たい剣、とても軽くあの覆面の大男の早さに勝てそうな剣、そして、宝玉の嵌まった魔力を感じる剣。

 それ以外は、特徴のない剣だったり、逆に癖が強すぎるもので候補から外していた。

 たった一本。

 それを選べなければ、ケンは新しい剣を貰えない。

 ここにある、メラが打ったという剣はどれもタナゴロの武器屋にはない素晴らしいものだった。だからこそ、分からない。どれがもっとも『良い剣』なのか。


「はあ~、仕方ない、ヒントをやるか」


 そう言ってメラは一つ一つの武器を持って素振りをしていく。

 早くはない。ケンと比べれば相当遅い。だが、綺麗な動きだ。

 大きな剣を思い切り横にブオンと振り回し、細く鋭そうな剣でヒュンと突く。

 それを見てケンは首を傾げる。


(アイツくらいの力でも振れるのがいい剣ってことか?)


 メラは全ての剣を振っていく。一番長く振ったのが候補から真っ先に外した先端が独特な形で広がっている剣だった。

 ケンにとっては扱いにくい剣で仮にアレがメラの言う一番良いものだったとしたら、ケンは断るかもしれないなと考えた。


「……ねっ?」

「何がねっ? だ! 余計分かんなくなったわ!」


 ケンは、再び何かを見つけようと我武者羅に振り始める。


(くそ! 大体、自分の子供だって言うんなら)


 ケンの心の中で怒りの感情があふれ出す。


(簡単に一番とか決めるんじゃねえよ!)


 まるで一番じゃなかったら、ダメみたいじゃないか。


 ゴミ捨て場に捨てられた少年は、思い切り眉間に皺寄せ、同じように捨てられたみんなのことを思い出していた。

 何故捨てられたのか。

 理由を知る者、知らない者、それぞれいたが、ケンが思う事は、


『何故こんないい奴がすてられなければならないのか?』


 勿論、悪人もいた。救えない人間もいた。だけど、いい人間もいっぱいいた。

 彼らの誰が一番だったかなんて決められない。


(だって……)


 眉間の皺がとれ、ケンは目を見開いた。


(だって……それぞれにいいところが、ある、から……)


 その時、声が聞こえた気がした。


『闇雲に振るっていたその剣の重さを知りなさい』


 アシナガの言葉。


 風が吹いた。

 大きく息を吸う。

 朝の新鮮な空気がケンの身体を通り、脳を突き抜けていく。

 そして、ケンは剣達を見る。


 剣達はやはりキラキラ輝いているように見えた。

 そして、じいっとこちらを見て伝えようとしているように、ケンには見えた。


 一本の剣を手に取り、振る。

 びゅんという風切り音が声に聞こえた。


『僕だよ!』


 突き、切り上げ、連撃、柄打ち、払い、防御、出来るだけの型をやり、目を閉じて問いかける。剣に、そして、自分に。

 次の剣を手に取る。

 柄が細くさっきよりも握りやすいが、細すぎて『ケンには』持ちにくい気がする。

 さっきと同じくらいの太さだがこちらの方が軽い気がする。

 同じ型をして、次に。

 柄が最初よりも長く、太さは二本の間くらい、重みを感じる。剣の幅は狭めだが剣先が少しだけ広がっている気がする。重心が切っ先にあるからかもしれない。良い剣だが『ケンには』ちょっと振りづらさがあった。

 振る。振る。振る。ケンは剣を振る。

 風切り音が応える。問いかけるケンに何度も何度も教えてくれる。


(僕はこういう子だよ!)


「……せんせえのさっ、すごいところ分かる?」

「なんだよ、急に! 今、聞いてんだよ!」


 メラが楽しそうに話しかけると、ケンは目を吊り上げて声を荒げる。


「いいからっ。せんせえはさ、自分をよおく知ってる。あんたは自分のことを知ってる」

「自分のことは自分がよくわかってるに決まってんだろ」

「でも、絶対にあんたはせんせえ以上じゃないっ。だって、せんせえは、多分、自分の感じた痛みを数字化出来て、どこをどう痛めたらどう動けなくなるか知ってる」

「は……?」


 ケンはその言葉を聞いて手を止め振り返る。一筋流れた汗が妙に冷たく感じる。


「今、斬られた痛みは2だな、5以上受けたら足が2割遅くなる。骨のこの痛みは、肉だけなら、こことここがこうやられたらどうなる何が出来て何が出来なくなるかって言う事を多分誰より知ってる。せんせえは弱いから。何度も何度も傷ついて、自分のことをよく知ってる。そして、人の身体も心もよおく知ってる。誰がどういう事を考えて、どういう人生を送ってきてが想像できるのよ」


 ケンはメラの言葉を聞きながら汗がどんどん流れ落ちていくのを感じた。

 いままで何度も傷ついた、痛みを感じた。

 だけど、ケンは『痛い』と思い、怒りがわいてくるだけだった。

 けれど、ガナーシャはそれさえも『戦う力』に変えていたのだ。

 ガナーシャは知っている。痛みを。自分を。弱さを。怖いそれらを、知っている。

 知り尽くしている。


 知らない。

 まだ、自分は何も知らない子供だ。


 ケンは顔を赤くしながら再び剣を振り続ける。

 自分は子供だからと、もっともっと教えてくれと。

 『大先輩』達に教えを乞う。


『僕はこう振るんだよ!』『私はこうやって突くのが得意』『君の腕力じゃおいらは難しいかな』


 声がどんどんとクリアになっていく。

 思考もまた。

 垂れ流す汗と共にしがみついていたどろりとした何かが落ちていく気がした。


(もっとだ! もっと! もっともっと教えて! お願い!)


 そして、自分の『剣』を。ケンを求めてくれる『剣』探しを始める。

 それは、剣であり、技。

 あの時、アシナガと出会ったときに見た。自分の目標、夢のあの美しい動きを。


『一つの事を考えていた』


 一つの事。


 一つあれば、出来る。

 いや、一つだから出来る。


 ケンの思考はシンプルに。

 風切り音と共に一つだけの結論にたどり着こうと走り続ける。


(もっともっともっともっともっともっともっ、と……)


 もし、一つ。

 自分が剣に求めるとしたら。

 それは、きっと。


『守ること』


 ヒュン、


 と澄んだ音がした。

 それは今まで自分が振った一振りの中でも美しい音だった。

 一番早いわけでも一番力がこもっているわけでも一番難しい技でもなく。

 ただ、無駄のない、シンプルな一振り。


『僕だよ』


 手に持っていた剣がそう教えてくれた気がしてケンはじいっと見つめる。

 長くも短くもなく、柄はあつらえたように握りやすい。

 重心は手元に近いがその分、小回りがききそうだとケンは思った。

 それは、ケンが最初に特徴のない剣だと思ってしまっていたものだった。

 シンプルで、美しい剣だった。


「これだ。頼む、これを俺にくれ」

「……そうだね。その子が多分あんたにとって一番いいものだ。騎士が使うタイプの剣だね。攻める、守る、色んなことが出来る剣だ。あげるよ、きっとそれならあたしも合格できるはず。……あとさ、気づいてる? その剣。あの罅の入った剣によく似てる」

「……え?」


 罅の入ったその剣はガナーシャが武器屋に交渉して安く買ってきたという剣だった。

 自分が強ければ武器なんて選ぶ必要はないと考えていた。

 だが、自分は弱い。いや、本当の意味で強い人間は分かっているのだ。

 武器の強さと弱さを。

 自分の強さと弱さを。

 だから、力を貸してくれ。

 そう手で妙に馴染むその剣を握りしめ思いを伝えた。


「よっし! それじゃあ、あとはししょおに祈りを込めてもらえば完成だよっ」

「祈り?」


 メラの言葉にケンが首を傾げると、メラはぽんと手を叩き、口を開く。


「あ、そっかっ。あのね、うちのししょおはね、鍛冶師であると同時に聖職者でもあるんだよね」


 ケンは、ニナと共に熱心に祈りを捧げるマックを思い浮かべ小さい皺を眉間に作る。


「あのオッサンがねえ。で、祈りを込めるってなんだよ?」

「持ち主に誓わせるのよっ。この剣をどう振るうかを。そして、その誓いの言葉を魔法で刻み込むの。祝福とも言われたりするけど、そういう誓いを立てることで魔力が宿るのよ。この大陸でししょおは一番の使い手で、あたしは本当に尊敬してるってわけっ」


 ケンは自分の剣をじっと見つめ、そして、メラの方を向き剣を差し出す。


「その、よ……あんたは出来ねえのか? その、祝福ってやつ。弟子なんだろ?」

「え……? で、出来るけど、でも、あたしでいいのっ?」

「あんたの打った剣なんだろ。その、お願い、します」

「……わかった。まあ、ししょおレベルになれば半端な誓いと祈りは解除できるから。やってみてししょおに見てもらおう。……じゃあ、やらせてもらうね。さあ、剣を持って……剣に誓って。こうありたい、こうあるという誓いを」


 ケンは剣を構え、思い浮かべる。

 自分の理想と、近くのライバルを。

 仮面の男アシナガ師匠と、弱さを知り尽くし全てを尽くすガナーシャを。


 そして、その周りで笑う、リアやニナ、院長先生や、オト達、そして、死んでいったゴミ捨て場のみんなを。


「俺は『守る』為に、この剣を振るう。力を、貸してくれ」


 ケンがそう誓うと、


「剣よ、新たな持ち主の誓いに応えよ。応えよ、応えよ……」


 メラが剣に向かって手をかざし、ゆっくりと呟きながら、魔力を送り込んでいく。

 真剣な表情で大粒の汗を流しながらメラは丁寧に『祈り』を捧げている。

 ケンはそれを見て再び自分の無知を恥じた。

 そして、またあの『おっさん』を、尊敬した。


(『守る為に』知らなきゃいけねえ。自分に何が出来るか。そして、世界を)


「ふう……終わったよっ」


 メラが滝のような汗を流しそう告げると、ケンは深々と頭を下げる。


「ありがとうございました!」

「な、なに? 急にっ」


 ケンのその様子にメラは目を白黒させる。


「感謝の気持ち、だす……です」

「は、ははははっ! うん、喜んでもらえたなら何よりだよ」


 メラが笑い、ケンはほっと息を吐く。

 その時、メラの腰の短剣が目に入る。黒く禍々しい短剣だった。


「それ……」

「あ、これ!? これは触っちゃだめよっ。これは呪い付きの短剣だからね」

「いや、あんたは触っていいのかよ?」

「人の祝福と呪いなんて紙一重だからねっ。条件が、誓いか代償かって大きな違いはあれど。ウチのししょおは呪いの武具も取り扱ってるのよっ。……呪いはリスクもあるけど、ちゃんと受け止める覚悟のある人なら……それに、使わざるを得ない人だって世界にはいるから」


 ケンはその寂しそうな表情を見て、拳を固める。


「そういう奴のいねえ世界に出来るようあんたの剣でがんばる、ます」

「……うん、がんばってねっ! 小さな騎士殿っ」

「小さくねーわ!」

「さ、ししょおとせんせえの所に行こう! あたし達の成長を認めてもらおっ!」


 そう言ってメラは武器を片付け始める。ケンも手伝いながら、ふと空を眺める。

 空は青く広く、自分はとても小さく、だけど、ちゃんと其処にいることを実感していた。




 一方、その頃、教会の一室にガナーシャとマックは居た。


「はぁ~い、じゃあ、ガナーシャん。やろっか?」

「頼むよ」


 ガナーシャはそう言いながら、左足を見せる。

 そこには文字の書かれた包帯がぐるぐる巻きにされており、マックは丁寧にそれを外していく。

 そして徐々に真っ黒で禍々しい鋼の脚が現れる。


「ふぅむ、これはこれは……痛みは?」

「相変わらずだよ。痛い痛い」

「馴染んでない事を喜ぶべきか嘆くべきか」

「ははは……痛みがあるのはいいことだよ。生きてる証拠だ。痛いけどね」

「祝福も呪いも紙一重、か。ガネーシャんは運命に祝福されているのか呪われてるのか……」

「祝福でも呪いでもいいさ。僕は自分で選んだこの脚で立ち続け、守り続けるだけだよ。あの子達の未来を」

「ふふ、かぁっこいいねえ。じゃあ、いくよ。……痛いからね?」

「お、お手柔らかに」


 マックは笑うと、大きく息を吐き、真剣な表情で祈りを捧げ、両手から溢れる白と黒の魔力でガナーシャの脚をそっと撫でた。






 翌日。


「それでは! 皆! 気合いを入れろ、第三騎士団とタナゴロ冒険者連合軍で、忌まわしき盗賊共を滅ぼすのだ!」


 ミレニアの号令の下、【歩む者達(ウォーカーズ)】も動き出す。

 騎士団の後を、少年とおっさんも並んで歩き始める。

 一人は美しい剣をさげ、一人は汚れた脚をひきずりながら。

 二人の行く先にも青空が広がっていた、青い青い青空が。

お読みくださりありがとうございます。

また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら有難いです……。


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[気になる点] 左脚は呪いと祝福の表裏一体の切り札か!? [一言] 最後の文がほんといい最終回…
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