第36話 口悪剣鬼少年も女の子の涙には勝てない
本日二回目の更新です。
出来れば三月中に一旦区切りたいので猛スピードで仕上げています。
誤字脱字等多くてすみません。報告ありがとうございます。
(生きてるモノってこんな感じなんだな)
幼いケンはどこか他人事のようにぼーっとその感触残る剣を握りしめていた。
そして、徐々にその感覚はケンの手を伝わり、身体の表面には鳥肌を立たせ、その波に中も呼応するように何かがせり上がり、
「お、げぇえええ!」
ケンは吐き出した。
「はあっはあっ……ふ、ざけんな! ふざけんなよ!」
「どうした? ケン」
院長先生がケンに話しかけると、ケンは今度は院長先生の方を向き叫ぶ。
「どうしたじゃねーよ! コイツ……や、やられたぞ!」
「まだやられてないよ。立ってるじゃないか」
「立ってるだけだろ! 俺の、俺の剣がコイツを」
「それでも。ソイツは立ってる。まだ、試験は終わっちゃいないよ」
院長先生のことはケンもよく知っている。
口は悪いし、性格も悪い。だが、信頼できる人だ。信じられる人だった。
だけど、今の言葉だけは信じられなかった。
間違いなく骨は折れている。内臓も潰れているかもしれない。
重たい剣を振るって思いきり当てたのだ。十分あり得る。
なのに、院長先生は止めない。
もっと、戦えと言ってくる。
ケンにはそのことが信じられず、言葉が出てこない。
「は? いや、だって」
「まだ相手は生きてるよ」
「はあ?」
「ケン、殺すんだろう?」
「コイツじゃねえよ!」
話の通じない院長先生にケンはいら立ちを隠せない。眉間に深い皺を刻み、頭を乱暴に掻く。
「じゃあ、どいつは殺してどいつは殺さないんだい? お前さんに判断つくのかい?」
「少なくともコイツじゃねえよっ!」
「だけど、ソイツを倒さなきゃアンタの目標は遠ざかるよ。ほら、殺さなくてもいいから倒しな」
これだけ話していても男は襲い掛かる様子もなく、ただただこちらをじいっと見つめていた。馬鹿にされているようで、仮面の奥で笑っているようで、ケンの気持ちも知らないようで苛立った。とにかく苛々した気持ちが抑えられなくなった。
あまりの怒りに手が震える。
それでも、震える手で剣を掴み持ち上げる。重たい剣だ。脳天に振り下ろせば、一発で……。
それを想像したケンは、あの時の事を思い出す。
笑って、弟分を殺したアレのことを。
「くそがぁああああ! くそが! くそが! くそがぁあああ!」
ケンはがむしゃらに振り続けた。
ただただ振り続けた。仮面の男には当たったり当たらなかったり。
それでも、当たれば避けられない。
肉が潰れる様子。突き刺さる感触、骨が砕ける音。
全てが気持ち悪くて、ケンはどんどんと顔色を悪くしていく。
何度も滑りかけ、苛立ち、目が霞んで、ケンは震えが止まらなくなりはじめていることに気づく。
(なんだよ……スパって斬って終わりじゃねえのかよ。それに、なんでこいつは立てるんだよ。ふらふらのくせに。こんなんじゃ……こんなんじゃ、あの時あの程度の傷で震えて立てなかった俺が馬鹿みてえじゃねえか……!)
薄く切られたものの体に残る×の黒い刀傷と剣を握る手がどんどん熱くなっていく。
熱くなればもう何も考えられない。いつものように頭が溶けて、ただただ気持ちのいい方向へ動き出す。
だが、仮面の奥からケンを見つめるその瞳がケンを掴んで離さない。
そんな気がしてケンは、熱さと冷たさ、そして、わけのわからぬ何かに心の中をごちゃまぜにされ、それを切り裂こうと必死に剣を握る。
「くそがぁああああああああああああ!」
ケンは思い切り剣を振り上げる。だが、剣を必死に振り回すことで限界を迎えた握力ではもはや剣を持つことも出来ず、すっぽ抜ける。
剣は宙高くに舞い上がる。くるくると回りながら落下してくる剣。それは、手を震わせ天を見上げるケンに向かって落ちていく。
「あ……」
ケンは避けようとするが下半身も既に限界を迎えており、膝が笑って逃げることが出来ない。
(死、ぬっ……嘘だろ。こんな馬鹿みたいな……)
とん。
その時、ケンの胸が押され、ケンは後ろへと倒れ込むように尻もちをつく。
そして、ケンがいたはずの場所に、剣が突き刺さる。
「あ……! はあっ……は、はあっ……! い、生きてる……? い、て……」
尻もちをついた拍子にケンは自身の手が剣を振り回したことでボロボロになっていることに気づく。皮が剥け、血が流れ、地面と触れて痛みが走る。
ケンはその痛みに顔を顰め、そして、更に深く深く皺を刻みながら仮面の男を見る。
(この程度の傷でこんな痛みなら、あんなボロボロのアイツは……)
目の前の男は、ボロボロだった。
ケンが何度も剣で斬りかかり、骨を折られ、肉を斬られたはずだった。
なのに、男は一声も漏らすことなく、立っていた。
誰かがここにやってきて『どちらが勝ったと思うか』と聞かれれば、誰もがケンだと答えるだろう。ケンもそう思っていた。だが、今、ケンは地面に手と尻をつき、仮面の男を見上げている。
ケンは座り込んで出来た影が妙に冷たく感じ、また震える。その陰からあそこにいたみんなが、弟分が悲しそうに恨めしそうに囁いている気がした。
負け犬であるケンを責め立てている気がした。
「くっそがぁああああ!」
何に誰に向けてなのかはケンにも分からないが、ケンは両拳を地面に向けてたたきつけ叫ぶ。
すると、手のひらの血が舞い、そこから黒い何かが生まれた。
「……は?」
額に十字の傷を持った黒い何かはケンに迫る。
ケンにはソレが何かは分からない。
ただ、とてつもなく悪いものだということだけは分かる。
裂けるんじゃないかと思わせるほど目を吊り上げ、黒い何かは叫ぶ。
『アアアアアアアアアッ!』
目の前にいたケンは呆然とするしか出来ず、さっきまでの自分の中に溢れていた激情が消えてしまっていた。
まるで、その黒い何かに奪われてしまったかのように。
そして、黒い何かがケンに向かって手を伸ばしたその時だった。
「ケン、避けてね。避けないと、死ぬよ」
声の先を見ると、仮面の男が足を振り上げてこちらに迫っている。
その男のしなる脚は真っ黒に燃えていた。
そして、ケンはその脚と炎を見て確信する。
当たれば、死ぬ。
次の瞬間、ケンの中に、弟分やゴミ捨て場の連中との思い出、院長先生、リアやニナ達の記憶が流れ込む。そして、それは一気に通り過ぎ、ケンは、『その先』を見た気がした。
そして、思った。
(まだ、死にたくない!)
その脚が発する禍々しい炎にケンは身震いしながらも歯を食いしばり、必死で身体を捻じり躱す。
顔の斜め上を通過していくその炎が立てた音が呪詛のように聞こえた。
そして、スパアッという音を立てて、何かの首が飛び、ふわりと黒い灰となって消えていく。
「な、なんなんだよ……今の……」
ケンは震えていた。
恐怖。
それもあった。
だが、それ以上に。
強烈な。
(今の、蹴り……)
憧れ。
男の蹴りは美しかった。
あれだけ禍々しい炎を噴出していた脚だったにも関わらず、その描く軌道や身体の動きは洗練され、格好良いとケンは見ほれた。
男の動きには何もなかった。
怒りも奢りも暗い喜びも。
ただ、無心で振るう。自分自身の最高を生み出すために全てを蹴りに集中させたようなその全身全霊という美しさをケンは感じ取っていた。
ケンにとって蹴りも拳も剣を振ることも、話すことも食べることも生きることも復讐に繋がり、何をするにしても憎しみと怒りが付いて回っていた。
だが、男の攻撃には一切それが感じられず、ケンはそうなりたいと思ってしまっていた。
「あんた、一体……」
ケンは必死の思いで立ち上がる。
今、痛みに耐えて立たないとこれからずっと立ち上がれない気がした。
そのケンの姿を見て先程まで詠唱を紡いでいた院長先生は笑い、口を開く。
「ケン、そいつが今回の支援者である、アシナガだよ」
「……! こいつが……。あの、一つ、聞かせてくれ」
「今はちょっと素性がバレたくないみたいでね。この魔導具で会話するよ。言ってみな。アタシがアンタに伝えてやろう」
院長先生は手の中でちかちか光る伝言の魔導具をケンに見せる。
「どうやったらさっきのあんたみたいな技が使える?」
ケンの問いかけに仮面の男は、顔を落とし伝言の魔導具に魔力を込め応えようとする。
ちかちかと院長先生の魔導具が光り、院長先生は嚙み殺したように笑う。
「くく……『一つの事だけ考えていた』ってさ」
「何を?」
ケンは仮面の男を見つめる。背後から院長先生の声が。
「『守ること』」
守ること。
その言葉が、ケンの何かを叩いた気がするが、それが何なのか分からず眉間にしわを寄せ、首をかしげる。
「守ること? さっきのが? 何を守ったってんだよ?」
そう言ったケンに男が伝えた言葉は、
「『君を、守りたかった』」
院長先生はおかしそうに笑いながらケンに告げる。
「だってさ」
意味が分からなかった。
守られる価値などないと思っていた。
何故なら、自分は守れなかったから。
家族を、友達を、みんなを守れなかったから。
だから、出来るだけボロボロになって、アイツを殺して、死ぬべきだと思ってた。
それでも、この男は守ってくれた。
何がかはケンにはうまく言葉に出来ない。だけど、何もかもを守ってくれた。
そんな気がしていた。
「あと、『闇雲に振るっていたその剣の重さを知りなさい』だってさ」
院長先生の声『だけ』が聞こえて、気付く。
あれだけ耳元で囁いていたあの声も。
もう、聞こえなかった。
そして、ケンはアシナガの子になった。
「って、まあ、そんなことがあったわけだ……って、なんで泣いてんだよ!」
話し終えたケンが隣を見るとオトがぼろぼろと涙を零していた。
「わ、わかんないです……わかんないけど……ご、ごめんなさい。ごめんなさい……なんか、涙が」
「あーもう勝手に泣け。俺も、勝手に待つから」
「は、い……! あ、あ、ああああああ」
ケンは宙に浮かんで置き所を失った手を彷徨わせながら、オトが泣き止むのを待ち続けた。
「ご、ごめんなさい。泣いちゃって」
「別に。泣きたいヤツは泣けばいいだろ」
「あ、ありがとう」
「はあ!? 何が!?」
ケンはオトの言葉に顔を真っ赤にし眉間に皺寄せ大声を出す。
「や、やさしくしてくれて」
猫背で小さくなったオトが上目遣いでそう言うとケンは唸り頭を掻き背中を向け呟く。
「……俺はさ、騎士になりたいんだよ」
「騎士?」
「おう、色んなものを守れる騎士に。だからよ、してほしいことがあったらしてほしいって言ってくれ。俺は誰かさんみたいに察しがよくねえからよ。正直に言ってくれた方が助かる」
「……なんで、そんな、やさしくしてくれるんですか?」
「不満かよ!」
「違いますぅう! 疑問ですぅうう!」
「勘だよ。勘」
「へ?」
「勘が! お前に! やさしくした方が良いって言ってる気がするんだよ! なんかそうしたいって言ってるんだよ! 悪いか!」
ケンが大きな眉間の皺と真っ赤っかな顔で叫ぶと、オトはきょとんとして、そして、遠慮がちに笑う。
「……ふふ、そうですか。じゃ、じゃあ、ケンさんも言ってくださいね、正直に」
「……おう」
「ケンさん、また、あの人たちと戦うんですよね?」
「おう」
「もし、またあたしが襲われたら、守ってくれますか? あたしも」
「勿論だ。ぼけえ」
「いやいや、テメエの剣も守れねぇぇヤツが大丈夫かねぇ?」
「「!!」」
二人が慌てて振り返ると、男がいた。
黒色短髪で黒メガネを掛けた無精ひげの男が、ケンの罅の入った剣を持っていた。
ケンに気付かれず、抜いて持っていた。
「テメ! いつの間に!? オト、下がれ!」
「あーあー、別にとって食う訳じゃないよ。悪魔じゃあるまいし、アハハハハ!」
「師匠っ! 笑えません!」
ケンは拳を構えるが、その先にもう一人、赤髪のポニーテールが増えており、ケンは顔を顰める。だが、そんなケンの様子など気にせずに二人はケンの剣を囲み、話し続ける。
「ごめんごめぇん。にしても、どう思う?」
「あれは馬鹿ですっ! 馬鹿の使い方ですっ! 剣がかわいそうですっ!」
「だ、れ、が! 馬鹿だ!」
「ちょっと! 待った!」
赤髪の女の言葉に怒ったケンが飛び出そうとしたその瞬間、ガナーシャが現れる。
すると、二人は、先ほどまで囲んでいた剣に興味を失ったようで、ケンに返し、そして、その分、ガナーシャに対し目を輝かせる。
「よお、ガナーシャん! やってるかい?」
「お久しぶりですっ! せんせえっ!」
無精ひげの男も赤髪の女もガナーシャを笑顔で見つめ駆け寄る。
「や、やあ、間に合ったようで良かった」
「おっさん、だれだよ、ソイツ、らっ!」
ガナーシャに話しかけようとしたケンは横から迫ってくる熱風を慌てて剣で防ぐ。
鈍い音を立ててケンが受け止めたのは、赤髪の少女の槌だった。
「な、にすんだ、テメエ!」
「なにすんだっはこっちの台詞だよ! せんせえにそんな口利いてっ! 道理で、剣も泣いてるわけだっ! まさか、せんせえ、こんな奴の為にあたしたちを? あたし、せんせえのメンテが出来ると思ってきたのにっ」
赤髪の女は嘆きながら、槌を上下に振るいケンの持っていた剣を叩き落とす。
ケンは簡単に痺れた自分の手に驚きながら女を睨みつける。
「テメエ、何わけわからねえことをいってやがる!」
「わけわからないのはアンタの方だよっ! なんで、せんせえはアンタを」
「ちょっと、待って、メラ」
「はい、せんせえっ! メラはいつまでも待ちますよっ!」
赤髪の女は、極めていたケンへの技を外し、すぐさまガナーシャに駆け寄り、ガナーシャの足をさする。よろめくケンをオトがすかさず支える。
「本気で、なんなんだよ? そいつらは……?」
「あー、と、僕の知り合いの鍛冶師の師弟コンビ。ケンの、剣をね」
「はああ!?」「ええ~!」
ケンと赤髪の女が睨み合うのを、ガナーシャは苦笑いを浮かべながら足をさす、ろうとしたが、赤髪の女がずっと触り続けていたので、宙に彷徨わせ、そして、頭を掻いた。
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別サイトでコケた作品なのですが、諦めきれずアップしましたこちらもよければ汗
『ウバステ村のカイゴウと生ける伝説達のスロー(老)ライフ』
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