第35話 口悪剣鬼少年は過去に勝てない
ラインが未だに把握できていないので念のため。
多少の残酷表現があるかもしれません。
「ふっ……ふっ……ふっ……!」
朝のタナゴロでケンは一人、黙々と剣を振っていた、かった。
「おい! いい加減出てこい! 毎日毎日!」
ケンが物陰に向かって叫ぶと、女が一人現れる。
女は、前回の戦闘で物陰から現れた姉弟の姉。
手にバスケットを持ってケンの方を見ながらうっすらと笑っている。
「あ、の……これ、良かったら、食べてください……えへへ」
そう言いながら、女はパンに野菜や肉を挟んだサンドイッチを差し出す。
「いらねえよ!」
「ひい! あ、あ、あ、の……ごめんなさい」
眉間に皺を寄せながらケンが女に叫ぶと、女は悲鳴を小さくあげて、戸惑いながら頭を下げる。それを見てケンはいつも通り眉間に皺を寄せたまま俯く。
「……その、お前ら姉弟の飯なんじゃねえのか? 俺は飯食ってるから……」
「あ、そ、そうですよね……その、すみませんでした、へへ」
女の諦めたような声にケンは思い切り皺を作って叫ぶ。
「ああーもう! よこせ!」
そして、女からサンドイッチを奪うと、一目散に食べ始める。
その後ろ姿を眺めながら女はまた「へへ」と笑った。
すぐさま食べ終わったケンは懐に手を入れ、ジャラジャラという音のする袋を差し出す。
「……うまかった、ごっそさん! これ!」
「え? あの……」
「金だ! 毎回毎回うめえもん食わしてもらってんだ。金くらい払わせろ」
「い、いや、でも、これ、店の余り物で作らせてもらったもので、その、すみません、へへ」
「店の余り物でこんだけ作れるんならよりすげーわ! いいから受け取れ!」
「あ、ありがとうございます……へへ。あ、あの、隣座ってもいいですか?」
「……勝手にしろ」
背中を向けたままそう告げるケンの隣に女はとててと歩いて近づき遠慮がちに隣に座る。
無言の時間が流れる。ケンはじっと遠くを見つめ、女はちらとケンの顔を見ては同じように遠くを見ていた。
女の名は、オト。
あの事件からオトはケンにこうやって食事を差し入れするように度々やってきていた。
「オト」
「は、はい……へへ」
「アンタ、仕事遅くまでやってたんだろ? 寝てねえんじゃねえのか?」
オトはタナゴロの街にあるレストラン兼酒場で働いておりいつも余った食材を持って帰って、家の食事にしている。
「あ、へへ。その、ケンさんに渡せたんで、またちょっと寝ます」
ケンよりも幾分か年上でケンよりも背が高いオトだがやせ細っていて下手に出る姿に違和感がなく、ケンは眉間に皺を寄せ続ける。
「弟は?」
「あ、働きに出てます……あたしと弟、仕事が別なんで、へへ……」
「そうかよ」
朝の風がケン達をすり抜けていく。無言になった二人の耳に風の音がよく聞こえケンの眉間の皺が少しとれ、それを見たオトはへへと笑う。
「あ、あの……聞いてもいいですか?」
「んだよ?」
「なんで、そんな強いんですか?」
「あん?」
「だ、だって、あの、お、大男の、覆面の大男の剣をはじき返してたじゃないですか」
「あれは偶然だよ」
「で、でも、その、かっこよかったですよ……へへ」
「そうかよ……全部、師匠のお陰だ」
「し、師匠?」
「俺の師匠は、俺に剣を教えてくれた」
ケンが生まれたらしい故郷は、滅んだ。
そこはゴミ捨て場のような場所だった。
要らなくなったものが捨てられていく山奥の場所。その捨てられるものの中には人もいた。
ケンもその一人だった。ケンという名もケンケンうるせーからと襤褸切れをまとった爺さんに言われたが本当かは分からない。
捨てられたもので使えそうなものがあれば奪い合い手に入れたものが使うなり、街に降りて売るなりし、山の植物や魔物を狩って飢えをしのぐような日々だった。
だが、奇妙なもので、同じ時間を過ごすと奪い合う者同士であっても不思議な連帯感が生まれ、そこが魔物に襲われた時は、全員が協力して戦った。
そして、殺して得た魔物の肉を口汚くののりしながら奪い合う。
それがケンの日常だった。
それが終わった。
あっけなく。
盗賊に殺された。
誰も彼も。
生き残ったのはケンだけだった。
それも偶然だった。
そこを襲った盗賊たちは逆らう大人たちを殺し、弱い老人や女子供を広けた場所に集めた。
そして、遊びの相手を決めるかのように歌を歌いながら並んだもの達に指を向けていく。
歌が終わり、向いた指が止まった先にいたのはケンの弟分だった。
「よおし、お前にしようか」
(弟が死ぬ……!)
血のつながった弟ではない。だが、弟のように思い、共に生きてきた。そんな弟を失いたくない。
そう思ったケンは、慌てて弟の前に立ち、叫んだ。
「おい! 俺が代わりに死ぬから、弟、ころすな!」
そして、その様子を見た盗賊のリーダーらしき人物は、涙を流し、
「美しい絆だ。そう言うのを見たかった。よし、お前が代わりになる。それでいいな」
「それでいい!」
そして、ケンは捕らえられ……それ以外のもの達は殺された。
弟分も呆気なく。みんな。誰も彼も。
ケンは泣き叫び暴れたが盗賊の一人に組み敷かれ、腐った匂いのする地面に全身押さえつけられてただただ見ている事しか出来なかった。
そして、すべてが殺されたあと、ケンは解放された。
「コロス……絶対お前らを、コロス!」
「ハハハハハハハハハハハ! 殺せ殺せ絶対殺せ。なんなら、今殺してみるか?」
そう言ってソレは、ケンに向かって剣を放り投げる。
真っ黒な剣だった。吸い込まれるような漆黒の刀身のその剣をケンは握り、ソレに向かって駆け出した。
「うわあああああああああ!」
「はい、まだまだよわいー」
ソレはケンの一振りをいとも簡単に躱し、地面に刺さった剣を踏みながら、ケンに向かって囁く。
「まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ弱いよ、もっと怒れ、おら」
そう言ったソレの真っ黒な瞳がケンをじいいっと見つめるとケンの身体中が熱くなり、焼けるような感覚が剣を握った手に流れ込んでいきケンは震えながら呟く。
「あ、な、な、なんだ……コレ?」
「ふうむ、まあ、こんなもん、かっ」
ソレはケンを蹴り飛ばし、ケンが手放したことで地面に刺さった黒の剣をひっこ抜くと、蹴られ寝ころんだケンの胴体を斜めに二度切り裂き、×の字を刻む。
「あ、ぎゃ、ぎゃあああああああ! いてええええ!」
「その程度で騒ぐなよ、ゴミ。お前にはもっともっとひどい目見てもらわねえといけねえんだ」
「あ、ぐぅうう、あ! あ! ああああ!」
「聞こえてねえな。ち。もう少し刻んでおくか」
そう言ってソレはケンに再び近づく。
ケンは身体中の至る所から漏らし、理解した。
自分たちが魔物を狩っていたのは、自分たちより大きな存在が助けてくれていたのだと。
腕を失くしながら魔物を狩っていた男を馬鹿にした。
魔物をおびき寄せる係をして足を潰されても何度も引き受けていた女を阿呆だと罵った。
違った。ケン達子供に痛みを与えないためだったのだ。
ケンは痛みを知らなかった。
今、ようやく知った。痛みを。
そして、怒りに震えた。
何故こんなことに。
ソレが近づく。黒の剣を振り上げる。
重くて頑丈で切れ味のある剣。それが振り下ろされようとしたその瞬間、
「待て!」
黒の剣を弾き飛ばしケンの前に立つ鎧の騎士が現れた。
ケンは、その剣技に、姿に、熱い何かを感じ、また震えた。
「……ぁあん? 第三騎士団か、漸く来たか。ずいぶんとうまそうに育ってんじゃねえか」
「気色の悪いことを……! 今日こそ、お前を斬る!」
次々と現れる騎士たちの集団に盗賊たちはあっという間に斬られていく。
だが、黒の剣を持ったソレだけは最後まで笑いながら生き延び、逃げた。
「ご馳走さん」
去り際に、馬鹿にしたように笑うソレの貌が、ケンの記憶に深く刻まれた。
そして、騎士団に保護されたケンだったが、最終的に、リア達のいる孤児院へと連れてこられ、そこで育てられることになった。
そこでの暮らしは穏やかで幸せだった。
だが、穏やかであればあるほど、ケンの心は締め付けられるようだった。
『お前ひとりがのうのうと暮らしていていいのか』
『みんなが殺されたことを忘れていないか』
『お前ひとり幸せで許されるのか』
そんな声が頭の中で鳴り響いた。
声が酷い日には、夜に何度も悪夢を見た。
そして、ケンは一人外に出てがむしゃらに木の枝を振り回し続けた。
あの場所で殺しつくしたアレの貌を思い浮かべ無我夢中で殴りつけた。
その時言い表しようのない安心感に包まれ、ケンは満たされ眠りについた。
(アイツを、コロさなきゃ)
ケンは幻と戦い続けた。
あの時助けてくれた騎士の姿のケンが黒の剣を持ったアレを殺す。
その想像をしながらケンは笑って、細くて軽い木の棒を振り回した。
そんなある日のこと。
一人一人が院長に呼ばれ話をすることになった。
「おい、リア。なんなんだこれ」
「『しえんこじ』って言うのを選んでるんだって。ニナが言ってた。選ばれたら偉い人がその子にお金をくれてなりたいものになれるよう助けてくれるんだって」
本に目を落としながらそう答えるリアの言葉に、ケンは今まで必死に木の棒を振るって少し硬くなった手のひらが熱くなるのを感じた。
(しえんこじになれれば、騎士になれるかもしれない)
可能性はある。偉い人というのは貴族であろう。貴族であるならば騎士にならせてくれるかもしれない。そんな考えがケンの頭をよぎる。
騎士になった自分。鎧を着た自分。剣を握る自分。
それを想像しケンは強く拳を握りしめる。
(俺は此処を出る。アイツをコロス為に)
そして、ケンはその興奮を抑えきれず、そして、誰かに見せつけるかのように外で木の棒を振り回し続けた。ケンが呼ばれた時には汗だくになっていて、院長を呆れさせた。
「ケン、今からアタシの聞くことに答えな」
「わかった」
「ここでの暮らしはどうだい?」
「……いいところだと思う。けど、俺はもっと強くなりてえ」
「よく素振りをしてるね、剣術は好きかい?」
「……強くなりたいからしてるだけだ」
「そうかい」
さっきから自分の心臓の音がうるさくて、体中が熱くてケンはじっとしてられず、地面に手をついて院長を見つめる。
「頼む! 俺をしえんこじにしてくれ! 俺は、もっともっと強くならなきゃいけないんだ! 騎士になって……アイツを……!」
そういって懇願するケンを見て、院長は椅子から立ち、床にどかっと座り込んだ。
「ケン」
「おう」
「アンタの夢はなんだい?」
夢。
夢はよく見る。
眠る方の夢だが。
自分が負ける夢。それは悪夢。
そして、目覚めて、ツルギを振るい疲れ果て満たされた後にみる、思い切りアイツをコロシ尽くすユメだ。
だから、ケンはこう答える。
「……俺の村をぶっこわした奴をぶっコロスことだ」
「……そうかい、じゃあ、殺した後はどうするんだい?」
「コロシた後?」
殺した後。
そう言われてケンは戸惑う。
殺した後。
自分がどうするのか。
触れてはならない何か真っ黒なものがある気がしてケンは言葉を詰まらせる。
院長を見るとそんなケンをじっと見つめていた。
そして、ケンがそのまま言いよどんでいると、
ちかちかと。
院長の真剣な顔が下から照らされた。
近くに置いてあった魔導具が、輝いていた。
院長はそれを見つめると、目を少しだけ見開き、床から立ち上がる。
「よし、ケン。アンタにチャンスをやろう。外に出な。お前の相手が待ってる。ソイツに勝てたら、アンタは支援孤児になれる」
院長にそう言われ、はっとしたケンは気づく。
いつの間にか握りしめていた自分の手のひらが汗でびっしょりであることに。
手の汗をこっそりふき取り、院長に連れられて出た外には、男だろうか。
それなりに背の高い、仮面をつけた人物が立っていた。
「ケン用の特別な試験だ。アイツに勝つことが出来ればアンタは支援孤児になれる」
「……分かった」
ケンが頷くと、立っていた男が腰に下げていた剣を外しこちらに鞘ごと放り投げてくる。
受け取ったケンはそのずしりとした重さに驚く。
(あの時の黒の剣は軽かったのに……)
「それでかかってこいってさ」
「は? けどよ」
ケンは院長の言葉に目を見開く。剣は一本しかない。
つまり、今、ケンに剣を渡した目の前の男は丸腰だ。
「いいからやんな」
院長の言葉と男が何も言わない事にケンは全身の毛を逆立たせる。
「わ、かったよ! 後悔すんなよ!」
剣を抜き鞘を捨てる。剣は重く、強く握りしめる。
握りしめた手のひらが熱い。
重さのせいか、呼吸がどんどんと荒くなる。
(す、すげえ重たい……これを使えばアイツだって絶対にコロセる)
「よし! はじめ!」
「いくぜえ! おらああああああ!」
ケンが大きく振りかぶって男に襲い掛かる。
そして、ケンの大ぶりの一撃は男の脇腹を捉え、
ごきり、ぐしゃあ。
「は?」
深々とめり込んだ。
肉と骨の、感触がした。
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