表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/109

第31話 おじさんは口悪剣鬼少年に勝てない

「んぎゃああああああああ」


 痛みに苦しむ悲鳴が聞こえた。いや、少年はそれが自分の発した声だと気づく。

 何故なら少年の腹が踏まれていたからだ。

 男が、踏んでいた。

 少年を見下ろし嗤いながら。


 少年はなんとかその腹に置かれた、いや、潰す勢いで踏んでいる足をどかそうと藻掻くが男は一向に動く様子を見せない。

 男はその藻掻くさまを見てずっとにちゃりと笑っていた。


「痛いか? んふふふ、虫のように踏まれている気持ちはどうだ? なあ、貴族様よ。お前のようなガキは家から離れればただの弱者、ゴミ、虫けらでしかない。かってやったワシに感謝しろ」


 首を動かすと、周りには子供たちが倒れていた。肌がただれている子供、何かと混ぜ合わされた子供、刺青のようなものが刻まれた子供、誰もが絶望の色を瞳に浮かべ寝転がっていた。


「お前もああなりたくないだろう」

「あ……あ……あ……あ……」

「さあ、【父】に感謝しろ!」

「あり……」

「三十二番っ!!」


 その時、少年は自分の事を思い出す。


(ああ、そうか。これは、夢か。夢だ。残念だったね。僕は……)


 少年は、いつの間にか手にナイフをもっていた。

 そのナイフを自分の左足に向かって振り上げる。


(夢を見ないんだ。大丈夫、死にはしない)


 ナイフを振り下ろす。足に突き刺さる。そして、





「ふう、やな夢だったな」


 ガナーシャは目覚めた。

 自分で殴った左足と拳の痛みに少し顔を顰めながら、首を動かす。

 まだ日は昇りかけのようで薄暗い。

 おっさんの朝は早い。

 ごそごそと転がり、ベッドの横に置いてある袋から伝言の魔導具を取り出す。


 リアからは二十件で、いつも通りなので最後にしようと横によける。

 そして、各魔導具の伝言を見ては返事を送っていく。

 その一つを見て、ガナーシャは固まる。


『お兄様、シーファです。私は今、ボウエルにおります。また、タナゴロですよね? 贈り物はあとで受け取ります。お兄様の方が大切なので』

「げ」


 妹であるシーファが確実に近づいてきていた。

 ジョワ・ボウエルの間に仕込んでいたサーラ対策も功を奏さなかったようで、ガナーシャは頭を掻きながら、流石わが妹と感心した。そして、ガナーシャが送ったもので釣る作戦の伝言はあっさり躱されていた。困ったガナーシャは、


『シーファへ 実は事情が変わって、王都へ向かう事になりそうなんだ。だから、そっちで待っていてくれるかな』


 嘘を吐いた。思い切り嘘だ。王都に行く予定なんてないが、ボウエルまで来れば、ガナーシャ達がいるタナゴロまではそれなりの距離はあるがそれでも実家よりは近い。

 それまでになんとかタナゴロを出るめどを付けて、あとは、王都にいる友人になんとかしてもらおうと心に決めた。

 そして、次に手に取ったのは、


「ケンか」


 ケンの伝言用魔導具がちかちかと輝いている。ケンは比較的伝言の数は少ない。そんなケンの伝言を見て、ガナーシャは苦笑いを浮かべる。


『アシナガ師匠。僕はダメ人間です。やっぱりうまくしゃべれません。騎士になれない気がします』


 ケンの夢は騎士になること。だが、ケンは生まれた時の環境もあって壊滅的に言葉遣いが汚かった。伝言の魔導具のような考えて、しかも、自分の内面をこっそりアシナガに伝える分には丁寧に出来るようだが、普段の会話では、


「うっせーな! 黙ってろ!(訳:いいからいいから気にしないで、僕がやるから)」

「テメエ! 死にてーのか!?(訳:あぶないよ)」

「はああああああ!? ぶっつぶすぞ!(訳;照れるからやめてくださいよ)」


 壊滅的だった。

 ガナーシャはケンのその中身を知っているので別に気にしないし、リア達はケンのやさしさを知っているのでなんとなく理解している。だが、それを知らない人々は、英雄候補の中でもケンの物言いに怯える者もいた。


 特に子供が怯えるのを見ると、ケンは部屋に戻って落ち込んでいるようだった。

 伝言の内容の大体は、言葉遣いでケンが落ち込んだこと、そして、武術に関する質問だった。

 ガナーシャは弱い。だが、長年の冒険と他の冒険者との交流で得た経験と知識があるので、ケンへのアドバイスは出来た。また、分からない時やいいアドバイスが思い浮かばない時は、友人に相談し、その言葉を伝えた。


 だが、今日はそれだけではなかった。


『アシナガ師匠、強さってなんですか?』


 最後のケンの一文にガナーシャは困り笑顔になる。


「ん~、これはまた……」


 ガナーシャは唸りながら寝転がっていた身体を起こそうとした。


「あぐ……!」


 動こうとすると全身に痛みが走る。殴った痛みではない別の痛み。

 筋肉痛だった。


「やー……昨日あれだけケンに付き合わされたからなあ。ま、筋肉痛に負けるおっさんは強くはないよなあ……」




 昨日、ガナーシャ達は【イチカ洞窟】の調査という依頼をこなした。

 元は盗賊が塒にしていた所らしく、その盗賊団はウワンデル王国の騎士団によって潰されたのだが残党がかえってきている様子がないか確認してほしいというものだった。


 報酬も少ない上に【イチカ洞窟】に向かうには【カセ平原】という面倒な場所を通る必要があり冒険者が誰も引き受けたがらず、アキに泣きつかれガナーシャは引き受けた。


「ガナーシャさああああん! だいすきぃいいい!」


 アキには泣きつかれた上に、引き受けて抱き着かれたので、リアとニナからとてつもない圧を掛けられたが、なんとかうまい具合に話を動かし、依頼を引き受けるようにした。


 イチカ洞窟の近くにあるイチカの村には温泉があった。

 リア達は温泉に入ったことがなく、それを聞くとそわそわし始め、


「しょ、しょーがないわねー。まあ、たまにはそういうのもいいんじゃないかしら」

「うふふ、温泉楽しみです」

「温泉に入れば強くなれるか?」


 と、目を輝かせた。

 そして、タナゴロの街を出て、【イチカ洞窟】へと向かった。

 途中の【カセ平原】では。


「ああもう! めんどくさいわね!」

「リア! こまめにニナに回復してもらうんだ!」


 大量の亀馬タトルホルスにリア達は囲まれて苦戦していた。

 亀馬は、背中に甲羅を、身体の表面に薄い鱗があり、攻撃魔法に対する抵抗が強く、しかも、群れで行動するため、討伐するのに面倒で冒険者は避けたがる傾向があった。


 リアもアシナガの教えで近接戦闘も出来るし、レクサスとの事件以降、身体が軽く動きも軽快になったのだが、亀馬のしぶとさに苛立ちを口にしていた。

 亀馬は魔法抵抗も強いが、甲羅や鱗は純粋な硬さもある為、ガナーシャも攻めきれず、囮として逃げ回り敵を引き付けていた。

 そんな中で、


「はーい、リアこっちに引き付けてね。はい、どーん!」


 ニナは笑みを絶やさぬまま、メイスを振るっていた。


「ニナ、すっごいわねえ……」

「まあ、聖属性を付与すれば、魔物に対して中身に直接ダメージを与えられるしね。それに……どこかの誰かさんが胸が大きいだけのお調子者に抱き着かれたのを見てなんだか力が湧いてくるの……!」


 ニナの言葉にガナーシャの足がいたくなった。


「ああ……なるほど……確かに鼻の下が伸びていた気がするわ……! 大きな胸ってそんなにいいものかしらねえ」


 リアの言葉にガナーシャの足がよりいたくなった。

 鼻の下が伸びていたはずがないのだが否定したところで無駄な気がして、ガナーシャは聞こえていない振りをして逃げ続けた。


 そんな中で、


「テメーら! 何馬鹿みてーな話をしてんだよ! くだらねー話してる暇があったら戦え!」


 遠くにいたケンが顔を真っ赤にして叫んでいた。

 ケンの足元には大量の亀馬の死体があった。


「ちい、雑魚がわらわらとよお……! てめえら! そんなに死にてえならお望み通りぶっころしてやるよ! くそが!」


 ケンはそう吐き捨てると、右背後から飛び掛かってきた亀馬の首を切り上げて飛ばす。


 亀馬は、亀と馬の合わさったものというより、亀が馬の形に近づいたもので、馬のように足を使ってくることはなく、首を伸ばしての噛みつきか体当たりが主な為、純粋な力があるケンの相手ではなかった。


 身体中に身体強化の魔力を纏わせケンは剣を振るう。

 両サイドから同時に迫ってくれば素早く右に跳ね寄り右側から攻めてくる亀馬が慌てて首を振り下ろす前に切り払い、首を失いながらも駆けてくる亀馬を躱し態勢を崩した左側のに対しては飛び上がって脳天に兜割。

 更にその隙をついて背後を狙う亀馬の攻撃を魔力探知で察したケンはくるりと回って躱しながら振り上げた剣を首に打ち下ろす。


 ペキイという鱗が割れる音を響かせながらケンは圧倒的な力でねじ伏せていく。


「はあ~、すご。やっぱり近接戦闘ではケンには勝てそうにないわね」

「ええ、だけど、任せっぱなしはよくないから、わたしたちも働きましょうか? ねえ、ガナーシャさん。ガナーシャさん?」

「ん? ああ、そうだね。ケンを助けないとね。行こう」


 その後、ケンを囲む亀馬達はケンを崩すことは出来ず、そのまま内からケンに、外側からリア達に挟まれ敗走した。

 その後のイチカ洞窟の調査はあっという間に終わり、一行はイチカの村に。

 そこで、ガナーシャはケンに声を掛けられたのだ。


「おっさん、ちょっと相手してくれねえか?」


 そして、ぼこぼこにされた。


「すまん……まさか、こんなに弱いと思っていなかった」


 ガナーシャとケンの能力差は圧倒的だった。ケンが牽制で放った一撃でもガナーシャはよろめくほどの力の差、ガナーシャが二手打つ間にケンは三手という速さの差、身体強化に使える魔力の差と全てにおいて圧倒的だった。


「あ、あはは……ごめんね、弱くて」

「ち。あの、な。おっさんは……なんで、そんな弱くて笑っていられるんだ?」


 ケンは眉間に大きな皺を作りながらガナーシャに問いかける。

 ガナーシャはケンのその顔を見て微笑みながら答える。


「弱いと笑っちゃいけない理由はなんだと思う?」

「は?」

「さ、大分汗をかいたし、ケンも温泉に入ってくるといい」

「いや、おっさん。今の答えは?」

「答え、なんだと思う?」

「おい! ふざけんなよ! おい! くそ! 待ってろ! すげー答え考えてやるからな!」


 ケンはそう言うと、イチカの村に唯一ある宿へとずかずかと歩いて行く。

 ガナーシャはその背中を見ながらゆっくりと追った。




「まったく悪ガキ共! 今度やったらただじゃおかないからね!」


 ガナーシャが温泉場の付近を通ると、入り口でリアが村の子供たちに対して怒っていて、その横でニナがにこにこと笑っていた。


「あら、ガナーシャさん」


 それに気づいたニナが笑顔でこちらを見るが、何故かガナーシャの足が痛む。


「ど、どうしたの? ニナ? この状況は?」

「ああ、この子達が女湯の方を覗こうとしていたので、まあ、ちょっと懲らしめたんです。それで、今お説教中なんです」


 ニナの圧ある笑みの理由が分かったガナーシャは、ただただ笑うしかなかった。

 ニナと話している声が聞こえたのかリアもガナーシャに気づく。


「あ! ガナーシャ! ガナーシャからもなんか言ってよ! 覗きなんてしてたら碌な大人になれないって! 大体、アタシの裸はアシナガ様に見てもらう予約がされてるんだから」


 そんな予約はしてない。


 ガナーシャはそう思ったが、口には出さずあいまいに笑った。と、その時、


「そこの君、お姉さんたちが美人で気になるんなら、やさしくしてあげたほうがいい。そっちの方がお姉さんたちは喜んでくれるよ」


 ガナーシャは後ろからリアのお尻を狙う男の子に気付き声をかけると、男の子はびくっと身体を震わせ、ガナーシャに向かって顔を真っ赤にして叫ぶ。


「う、うっせー! こんな女別によろこばせたくねーし!」


 そう言って、男の子はリアを突き飛ばした。

 突き飛ばされたリアは湯上りで力が抜けていたのかふらりとガナーシャの方に倒れ込む。


「だ、大丈夫? リア」


 リアの身体がとても熱く、湯気も出ているように見えてガナーシャはリアに声を掛けるが、リアはじっとガナーシャの胸に倒れ込んで動く様子を見せない。すぅううと大きく呼吸をする音が聞こえるので大丈夫だとガナーシャは思っていたがそれでも一向に動く気配を見せずどんどん体温が上がっていくのでガナーシャは慌て始める。


「リ、リア!? 大丈夫!? ねえ?」


 大きめの声にびくりと反応したリアは真っ赤な顔を上げてガナーシャに応える。


「だ、大丈夫よ! 全然! うん! いい匂いだったわよ! そうね、なんにも問題ないわ! ありがとう!」


 支離滅裂なリアの答えにガナーシャは困惑するが、隣にいたニナがぽんと肩を叩いた後さきほどの男の子に向かって歩いていくのでそちらを見た。


「あなたたち、良い子だから。これだけは覚えておいてね。女の子を雑に扱ったら神様の代わりにわたしにちょんぎられるぞって」


 男の子たちとガナーシャはニナのその言葉にひゅんとした。

 だが、リアを突き飛ばした男の子はリアの方を再び見ると両手でぎゅっと拳を作って叫ぶ。


「うっせーな! お前らみたいな細い女にやられるわけねーだろ! ばーか!」

「おい、ガキ」


 叫んだ男の子が後ろを振り返ると、宿から湯あみの道具を持ってきたケンが立っていた。

 まだ若いケンではあるが村の子供たちに比べれば年上で身体もがっちりしている。

 そんなケンを見て、男の子は身体を硬直させる。


「俺の仲間は、お前がどうこう出来るほど弱くねーよ。もし、そんな強いってんならまずは俺を倒してみろよ。いつでも相手してやる」


 ケンはそう言って温泉場へと入っていく。

 その様子をぼーっと見ていた男の子だったが、他の子供たちに促されて慌てて去っていく。


「ははは、ケンらしい言い方だなあ、ねえ、リアさん」

「え? ああ、うんそうね! 癖になるわね! これはね! あははははは!」

「えっと……失礼しますね」


 相変わらずの支離滅裂の答えに心配したガナーシャが真っ赤なリアの額に手を当てると、


「きゅうう」


 そんな鳴き声を発しながらリアが目をまわして倒れた。


「リ、リア! ニナ、回復を」

「その必要はありません。ガナーシャさんがおぶって宿まで連れて帰る。そして、その後、わたしと二人きりでこの村を見て回りましょう。それで万事解決です」

「なんで!?」


 そして、リアを背負い宿へ連れ帰り、その後ニナと一緒の村の隅々まで連れ添って歩いたガナーシャは、朝イチカの宿で目覚めたら筋肉痛になっていた。


「あー……ダメだな。年もあるだろうけど、ケンとの力の差が……」


 そう呟きながら身体をほぐしていると、そこにノックの音。


「ガナーシャさん、ニナです」

「どうしたの? ニナ?」


 ガナーシャがドアを開くと、そこには桶を持ったニナが立っていた。


「ガナーシャさんは湯あみしてないだろうと思って、朝、温泉場からお湯をとってきました。拭いてあげます。ああ、そう、それと、リアが恥ずかしくて顔を合わせられないから、そして、ケンが長風呂をしてしまったみたいで、今日はゆっくりしませんかという提案です」


 ニナが、ガナーシャが断ることは考えていないような顔で身体を拭きに来たこと。

 リアが、のぼせて倒れたのがそこまで何故恥ずかしいと思ったかの理由。

 そして、ケンが何故倒れるまで長風呂をしたのかの理由。


 疑問符を大量に浮かべながらガナーシャは苦笑いを浮かべ、


(もしかして、ケン。あの質問の答えを考えてのぼせちゃったんじゃ……真面目だなあ)


 唯一思いついたケンのことでやっぱりガナーシャは苦笑いを浮かべた。

お読みくださりありがとうございます。

新章突入です。宜しくお願いします。


また、評価やブックマーク登録してくれた方ありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら有難いです……。


よければ、☆評価や感想で応援していただけると執筆に励む力になりなお有難いです……。

今まで好きだった話によければ『いいね』頂けると今後の参考になりますのでよろしくお願いします!


また、作者お気に入り登録も是非!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] アキの出番もっとお願いします!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ