第29話 おじさんは約束することがいっぱい
「いやあ、空気が気持ちいいなあ。あはははは、あはははは」
ガナーシャは誰もいないタナゴロの道を歩きながら大きめの声でそう独り言ちる。
恐らく昨日早めに寝たせいだろう早起きしたリアのアシナガ愛が凄すぎて、ガナーシャは少しでも爽やかな空気を吸おうと早朝のタナゴロの街を歩いていた。
リアの好意が嬉しくないわけではない。
ただ、リアほどの美少女で、優れた冒険者であれば他に相手なんていくらでもいる。
ガナーシャとしては親心でいい人と素敵な恋愛をしてもらいたい。
「だから、本当に僕じゃダメだと思うんだよなあ」
「何がよ」
その声にガナーシャは声を上げそうになる。
振り返ると、先程思い浮かべていた金髪のすらりとした美少女、リアが立っていたのだ。
「リ、リアさん?」
「お、は、よ、う、ガナーシャ」
「ええ、リアさ」
「お、は、よ、う、ガナーシャ」
「おはようござ」
「おはよう、ガナーシャ!」
「……あ、あはは……おはよう、リア」
「うん、おはよう、ガナーシャ」
満足そうに笑うリアとは対照的に苦笑いを浮かべるガナーシャ。
「ガナーシャが散歩してる時間って早いのね。アタシ、こんな早い時間に街を歩いたの初めて」
「あはは、いや、僕もここまで早いのは初めてで、だよ。リアは、どうしたの? ちゃんと寝られた? 大丈夫?」
「大丈夫よ。ちょっと身体が火照っちゃってね。このあふれ出るアシナガ様への愛を何かが表現しないとおかしくなりそうで」
「あ、あはは……そう、なんだ~」
リアのその肉食魔獣のごときギラついた目にガナーシャはひょっ……となりながら苦笑いを浮かべる。すると、リアはガナーシャの方をちらりと見て後ろで手を組みながらガナーシャに話しかける。
「……ねえ、折角だから一緒に散歩しましょうよ」
「あ、ああ、構わないよ。一緒に、歩こうか」
「……うん!」
そう言ってリアはまぶしいほどの笑顔で頷いてきたので、思わずガナーシャは目を細める。
「どうしたの?」
「いや、若者の輝きがまぶしくて……」
「なにそれ、おじさんくさい」
リアは笑って、前を歩きはじめる。だが、時折ガナーシャの足を心配してか振り返り、ガナーシャを見て笑ってはまた歩き出す。
そうしている間に街の端までたどり着き、汗まみれのケンと出会う。
ケンは、ゆったりと何か動きを確認していた様子だったが、ガナーシャを見るとぎょっとした表情を浮かべ気まずそうに近寄る。
「……おう、珍しいな。リアが早起きなのも。おっさんと一緒なのも」
「偶然ね。ちょっと、今朝アシナガ様から嬉しすぎる伝言が来て目がさえちゃって」
「……ほどほどにしろよ」
「ほどほどにしてるわよ。アタシの愛の百分の一も伝えられてないくらいよ」
「……ほどほどにしろよ」
ガナーシャはケンに対して心の中で凄く感謝した。
「ケンももう帰る? 一緒に帰る?」
リアがそう言うとケンはちょっと考えるそぶりをして口を開く。
「いいのか?」
「なんで?」
リアの言葉に今度はケンが明確に言いよどみ、顔をうっすら赤くする。
「その、なんだ、あの、くそが! デデデデートじゃねえのかって!」
「はあ!?」
そして、今度はリアが時間差で顔を真っ赤にして否定し始める。
「ばばばっばか! そんなわけないでしょ! ただの散歩よ! ねえ」
リアがガナーシャに同意を求めるのでガナーシャも深く頷き否定する。
「ええ、ただの散歩です。その、恋愛感情等一切ない散歩です。ねえ、リア?」
「……そうね。そうよ、そうですけど」
リアは複雑そうな顔にじとーっとした目でガナーシャを見つめる。
ガナーシャはリアのその表情が読めずに困惑する。だが、それも致し方なくリア自身もその感情を理解できていないのだから。
その状況をなんとなく理解したのかケンは頭をがしがしとかきむしりながら訓練用の剣をおさめる。
「ああ、まあ、ならいい。行くわ」
そして、ケンを連れて三人で歩き出す。
「そういや、ケンさっきの動き何? また、アシナガ様に教えてもらったの?」
ケンはリアのその言葉で苦虫を嚙みつぶしたような顔になりながらちらりとリアの頭越しのガナーシャを見る。
「いや……。おっさん、さ……」
「はい?」
「な、なんでもねえ! アシナガ師匠に聞く! だけど」
「はい?」
「ありがとな、リアを助けてくれて。これからも、頼むわ」
そっぽを向いたままのケンが頬を赤くしてそう言うと、ガナーシャは笑顔でゆっくりと頷く。だが、リアにとっては予想外だったのか、慌ててケンの方を向き口をあわあわさせる。
「な、なんで、アンタがそんなこと言うのよ」
「お前が一番あぶなっかしいからだよ! 昔っから一人になりたがって、俺とニナがどれだけ探し回ったか。アシナガ師匠に魔力探知を教わって本当に助かったわ」
「え……?」
ケンの言葉にリアは目を見開く。
「昔いわれたんだよ……あ、伝言でな。『魔力探知は冒険者になった時に役立つものだけど、出来れば、それでリアを探してあげて欲しい』ってな」
「~~~~~~~~~!!!」
リアはうつむき小さく身体を震わせる。そして、
「ちょっと、伝言していい?」
「あ……はい」
「ほどほどにな」
リアがものすごい勢いで伝言を送り始める。
ガナーシャは震えた。今、とてもリアとの伝言の魔導具がちかちかしているような気がして震えた。
「あのよ」
そんな震えるガナーシャの背中にケンが声を掛ける。ガナーシャが振り返ろうとするととんと背中に拳を当てられ、止められる。
「はい?」
「俺、おっさんに負けねえから。強くなるからな」
ケンの言葉の意味がガナーシャには分かった。だが、分からない振りをガナーシャはする。
それが、きっとケンを高みに導く最良の道だから。それが、ガナーシャの評価を上げないようにするとしても。
「えーと、ケンはもう十分僕には勝ってると思うけど」
「……! じゃあ、圧倒的に勝つから覚えとけ!」
ケンは勢いよくガナーシャの背中を殴る。だが、それほどの痛みはない。
ケンが本気で殴ればガナーシャの骨など一発で折れる。ガナーシャは弱いから。
(ガナーシャは、僕は弱くていい。弱さの大切さをケンには特に知ってもらいたいから)
ケンがガナーシャを抜いてずんずんと前を行くが、リアを待つためにか少し先で立ち止まる。その背中をガナーシャは嬉しそうに見守る。
「うふふ、珍しいですね。三人一緒なんて」
「ニナ、珍しいわね。今日は随分熱心に祈ってたのね」
猛烈な勢いの伝言を送り終え満足そうなリアが、いつの間にかガナーシャの傍にいたニナに話しかける。
ガナーシャがニナの方を向くと、その後ろには教会が、朝の祈りはニナの習慣だが確かに今日はずいぶんと長くやっていたようだ。
「うふふ、どっかの誰かさん達が大変な目にあったので神様にお願いしていたところです。もう少し無茶をしないようお願いしますと」
その言葉に、リアと、ガナーシャは身を固くする。
「う……心配かけてごめんね、ニナ。ほら、ガナーシャも」
「わ、わかってるよ、リア。ご、ごめんね。ニナ」
「うふふ、いいんですよ……ところで、ガナーシャさんはいつからリアとそんなに仲良くお話を?」
「え? べ、べつに仲良くなんてないわよ。いや、仲良くないわけじゃないけど、ふつーよ、ふつー」
「あら、そうなんですか、肘のところをちょんとつまんでいるのがリアの普通なのね」
そう言われてリアは初めて自分がガナーシャの肘のところを指で掴んでいることに気づく。
ガナーシャは気づいていたが、指摘するとそれはそれで怒られそうだし、リアの精神安定のための無意識の行動だろうとそのままにしておいた。
「な……! なん、で……! アタシの、右手……!」
リアは顔を真っ赤にして己の右手を見つめているがニナは微笑み頬に手を当てて首を小さく傾げる。
「うふふ、仲が良くていいじゃない。それに、言葉遣いもなんだか仲良くなれた感じで、わたしは嬉しいわ」
そう、ニナの指摘通り、言葉遣いも変わっていた。
それは昨日、リアを背負って宿に帰っている途中のことだった。
『……ねえ、ガナーシャ。お願いがあるんだけど』
『なんでしょう?』
『その、リアって呼んでくれない?』
『え?』
『あ、あ、あ、違うのよ! なんかさ、ガナーシャ! 時々呼び捨てになるのに、時々敬語になるじゃない!? なんか、その、アタシ怖いのかなって』
『ああ、いや、違うんですよ。ほら、なんでしょうね、リアさんがリーダーですから』
『……じゃあ、リーダー命令で、敬語禁止。なんか、きらわれてるみたいで、ヤダ』
『……分かりました。いや、分かったよ、リア』
『……! うん! ふふふ! ガナーシャ』
『はい?』
『はい、じゃない! リア、なんだい? って聞くのよ!』
『え、えー……?』
『ほらほら! ガナーシャ』
『え、えーと、リア、なんだい?』
『うふふ、あははははは!』
『笑いたいだけじゃないですか!』
『ち、違うの! その、嬉しいのよ』
というやりとりがあった。そこそこの人間に目撃されていたようで、朝から動き出している町の人たちに大人であるガナーシャは冷やかされていたのでそれを思い出しガナーシャは少し顔を赤くする。
ちなみに、リアはあたたかい目を向けられただけなので、目撃されていた事実に未だ気づいていなかったというのもあり、ただ昨日の出来事を思いだし口をもにゃもにゃさせていた。
「うふ、事件は大変だったけどいいこともあったみたいね。じゃあ、みんなで仲良く帰りましょうか、ね、ケン?」
「仲良くかはわかんねーけど、さっさと帰ろうぜ」
「あ、待って!」
背中を向けたまま宿に向かって歩き出そうとするケンの襟首を掴みリアが叫ぶ。
「ぐえ! なんだよ!」
「あ、ごめん。でも、折角だから、このタイミングで言っておこうと思うの。あの、ね……この四人でパーティーを組まない?」
「……はあ?」
リアの発言に一瞬呼吸困難に陥っていたケンが眉間に皺を寄せる。
「パーティーだろうがよ」
「そ、そうじゃなくて」
「ちゃんとガナーシャさんを加えてパーティーを結成したいということね」
「そう!」
「え?」
ニナの言葉にリアは大きく頷き、ガナーシャは目を見開く。
「どうしようか悩んでたけど、決めたわ。この四人のパーティー名を決めようって」
パーティー名は冒険者にとって家名のようなもの。
冒険者によっては、死も含め、別れが必然であると考え、パーティー名をつけないこともある。脱退や加入もあるがパーティー名をつけるということは、その面子でこれからを共にしていく覚悟があるということだと考えられている。
「え、えーと……いいのかな。僕がいて……」
ガナーシャは苦笑いを浮かべて問いかける。
彼らは未来ある英雄候補だ。そして、ガナーシャにとって大切な子供たち。
今はまだ力になれることもあるとはいえ、いつか、邪魔になる時が来るのではないかと。
その時、やさしい彼女たちが自分を切り捨てられるのかと。
それに。
冴えないおじさんとは言え、仲間が死んだ時、彼女たちの心はそれを受け入れられるのだろうか。
ガナーシャは彼女たちを見た。明るい未来を向けてほしい彼女たちを。
彼女たちの目は、輝いていた。
「うふ、わたしは最初から賛成ですよ」
「……俺も異論はねえよ。おっさんから学ぶことはあるだろ」
「じゃあ、決まりね! あとは、ガナーシャ次第! なんだけど……どうかな?」
三人が見つめている。誰もが平気な振りをして、その瞳の奥底では捨てられる恐怖に震えている。
(なら、僕のやるべきことは決まってる)
真ん中で一番不安そうなリアを見る。
ガナーシャはリアと呼び捨てを決めた昨日のあの会話を思い出す。
『わ、笑いたいだけじゃないですか!』
『ち、違うのよ! うれしくて……なんでだろう、アタシね、アシナガ様と院長先生とニナとケンくらいしか、その、信じられなくてね。でもね、ガナーシャは信じられる気がするの。それが、その、うれしいの』
『……リアさんは本が、物語が好きなんですよね?』
『好きよ。登場人物もそこにある世界も』
『その好きな気持ちを現実でももっと見つけられるといいですね』
『え?』
『好きなものって自分で増やせるんですよ。これだけは神様も悪魔も誰も変えられないんです。だったら、好きなものがいっぱいであれば、好きなもので世界を満たすことが出来ればもっともっとリアさんの世界は、リアさんの好きな世界になるはずですよ』
『そっか……じゃあ、アタシもっともっと好きにならないとね。この世界を』
彼女は、ガナーシャの背中でそう言った。
(であれば、僕は僕の全てをかけて、彼女たちに見せてあげよう。美しい世界を、そして、彼女たちが好きになれるものがいっぱいこの世界にあることを)
ガナーシャは、約束したのだ。目の前の女の子を守ると。
「……分かった。ガナーシャ・エイドリオンだ。改めて、よろしく」
ガナーシャは手を差し出す。ボロボロのガチガチの手を。
輝くような笑顔でリアはその手をとる。
その手はやっぱり努力の跡があったが、それでも、まだ、柔らかな幼い手で。
ガナーシャは自らの意志でその手と自分の手を繋ぎ、心の中で誓いを立てた。
もう、誰にも悲しい未来を選ばせない、と
そして、四人は歩き始めた。並んで、一緒に。
「それはいいけどよ、パーティー名は決まってるのか?」
宿への道すがらケンがそうリアに尋ねると、リアは得意そうな顔で頷く。
「勿論、パーティー名はね……」
お読みくださりありがとうございます!
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