第26話後半 おじさんは微笑聖女に怒られることがいっぱい
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怒りの微笑みを浮かべるニナから逃げることは出来ないと悟ったのかガナーシャは、左手で頭を掻きながらゆっくりと身体を動かし、ベッドから降りる。
爪が剥がれ四本の指が折れた右手と、黒焦げになった左足を見て、ニナは息をのむ。
そして、大きくため息をついて、ガナーシャを圧ある笑顔で見つめる。
自分なりに治療魔法でなんとかしようと思ったのか薬指だけほんの少しだけ指先がキレイになりかけていた。だが、ガナーシャの魔力ではその程度の治癒の力・速度しか出ないようだ。それでも、自分を頼ってくれなかった苛立ちがニナの笑顔をよりかたくさせ、ガナーシャもまた身体を固くする。
「ガナーシャさん?」
「は、はい!」
遥かに年下の迫力ある声にガナーシャは震える。
「治療、してほしいですか……?」
「そう、だね……出来れば、お願いしたいかな。ニナの治療魔法は気持ちいいから」
見え透いたお世辞だ。治療魔法に良いも悪いもないだろう。だが、それでもニナは自分の中で溢れてくる喜びを抑えられず、口元を隠す。
「うふ、うふふふ……お代は高くつきますよ」
「あ、あははは……うん、覚悟はしてます」
断るという選択肢がないことをガナーシャは理解している。だから、ただただ頷き、ベッドに腰を掛ける。
ガナーシャの右隣にニナがちょこんと座り、右手を取って治療魔法を行い始める。
うっすらと優しく淡い白い光がガナーシャの右手を包み込み、どんどんと傷をふさぎ、爪を生やしていく。
「流石、ニナ」
「……ガナーシャさん、聞いてもいいですか?」
「答えられることならなんでも」
ガナーシャの卑怯な言い方にニナは口をとがらせながら、それでも、問いかける。
「リアは、大丈夫ですか?」
「あー……うん、大丈夫。もう大丈夫。リアを守ってくれてる存在とも約束したし、もう大丈夫だと思う」
「約束?」
ニナが首を傾げると、ガナーシャは手に入れたおもちゃを自慢したくてうずうずしている子供みたいな様子で目を輝かせてニナに説明し始める。
「知ってる? 小指を絡ませて誓いあうんだって。知らなかったなあ。あ、それで約束したんだ。人を傷つけないようにって代わりに僕がリアを頑張って守るから。ただ、僕は弱いから手伝ってって。……アレは約束や契約を何より重んじる、いや、重んじなきゃいけないから。だから、大丈夫」
「そうですか」
「ただ、もっともっとリアを強くしてあげないとな。自分で自分を守れるように」
ガナーシャは嬉々とした表情から一転して寂しそうに笑う。ニナはその顔が嫌いだった。
そして、悲しみと怒りと寂しさをごちゃまぜにした声のままガナーシャに問いかける。
「ガナーシャさん、いなくなったりしないですよね」
その声と目があまりにも悲壮感に溢れていたためにガナーシャは慌てて首を振る。
「しないしない! 君たちがいらないと言わない限りは。……だけど、僕は弱いから。いつ死ぬかは分からない。だから、出来るだけ君たちの力になっておきたいんだ」
「リアに無詠唱魔法を教えるというのは」
「ん~、出来れば無詠唱魔法は教えたくない」
ニナは、剣士であるケンにガナーシャが教えるのはこれ以上は難しいと思っているし、ニナについては一緒に学んでいくしかないと考えているので、一番早く強くなれる可能性があるのは、リアが無詠唱魔法を覚えることと考えていた。
だが、ガナーシャが『教えたくない』というので首を再び傾げる。
「何故です?」
「理由は二つ。一つは、もし無詠唱魔法を多くの人が使えるようになったらどうなると思う?」
ガナーシャが左手の二本の指を立てると、ニナはガナーシャの治療を行いながら天井を見上げて考える。
「便利になるのでは? それに、魔物退治もスムーズになる気がしますが」
「そうだね、でも、その先は地獄だよ」
「地獄?」
「無詠唱魔法の一番の利点は、相手に気づかれる前に魔法が使えるという事だ。仮にそれを悪人が使えるようになったら? 今は対魔王で表面上仲良くしている国同士が、魔王を倒して、その後無詠唱魔法が使える人間を持っていたら? 多分滅茶苦茶になる。将来のことをちゃんと考えれば、無詠唱魔法なんてない方がいいに決まってるんだ。弱い者の視点からすればね」
無詠唱の方法を習得するには困難を極める。だが、それでも、不可能ではない。
略式詠唱と無詠唱の発動の速さはそこまで変わらない。だが、声を出すか出さないかの違いは大きい。人込みの中で使えば犯人を捜すのが困難になるし、人に会う時には徹底的に魔法の対策をとらなければ会えなくなる。良い使い道に比べて悪い使い道がいくらでも思い浮かぶ事にニナは納得したように頷く。
「なるほど……では、もう一つの理由というのは?」
「無詠唱魔法を早い段階で、しかも、強力なものが使えるようになるには、『それ専用の子供』を作り出し育てる必要が出てくる。僕はそんな子供を生み出させたくない」
「そう、ですね。そんな子供は、もう」
「ありがとう、ニナ。もう手は大丈夫だよ」
ニナの治療魔法によってほぼ前の状態に戻った右手をぐっぱぐっぱと握っては開いてを繰り返しガナーシャはニナに礼を言う。
「足は……」
「まあ、こればっかりは痛みに耐えてもとに戻るのを待つしかないね」
ガナーシャの右隣に座っているニナがガネーシャの左足を触るために手と身体を伸ばす。それを見てガナーシャは慌てて声を掛ける。
「ニナ!」
「はい?」
「そ、その、僕、戦闘で汗と泥だらけでね。一応、服は着替えたんだけど、まだ身体を拭いていなくてね。その、臭いかもだから、あまり近づかないで」
そうガナーシャが言うと、ガナーシャの声によって腹の前で止まりガナーシャを見上げていたニナはにんまりと笑って、そのままガナーシャの腹に抱き着いた。
「わあ!」
「ふふふ、大丈夫ですよ。いやな匂いじゃあありません。いいおじさんの匂いですよ」
そう言われても、ガナーシャはいいおじさんの匂いを嗅いだことがないから分からないし、仮にいいおじさんの匂いであったとしても体臭を女の子に嗅がれるというのはとてつもない罪悪感がある。なんとか、ニナを引きはがそうと肩を持つが、抱かれた状態になると、どこかの関節をせめる以外に回避方法が分からずガナーシャは手を挙げたままただただ困るばかりだった。
「ふううう、堪能しました」
とてもいい笑顔でニナはそう言った。ガナーシャはレクサスと戦ったあとよりも疲弊してぐったりの様子。
「じゃあ、身体を拭きましょうか」
「じゃあって何かな?!」
「だって、汗と泥だらけなんでしょう? では、こうしましょう。今回の事は身体を拭かせて下されば不問にいたします。さあ、どうします?」
「……ニナ」
「お願いです。私は一人ではない事を教えてください」
ニナの顔が悲痛に歪む。こうなるとガナーシャは勝てない。いや、ニナの為に何かしてあげたくなってしまう。でなければ、彼女が壊れてしまうかもしれない。
(まだ分かってないな、僕は。みんなのことを)
ガナーシャは諦めた顔で頭を掻いてニナを見る。
「はあ……分かった。勿論、背中だけね」
「全身でもいいんですよ」
「ダメです」
ガナーシャが上着を脱ぐと、ニナはその背中を見て悲しさと嬉しさがごちゃまぜな表情を浮かべる。
「拭きますね」
「お願いします」
「ガナーシャさん、聞いてもいいですか」
ニナは傍らにあった桶に最低級の水魔法で水を溜めると、布を浸し絞り、ゆっくりと愛おしそうになぞる様に拭き始め、口を開く。
「何故、私をレクサスとの戦いに連れて行ってくれなかったんですか」
ガナーシャはニナを連れて行かなかった。ニナと食事をしていた時にリアの異変に気付いたのであればニナを連れていくことは難しくなかったし、ニナがいればもっと楽に勝てただろう。
勿論、それはガナーシャも理解していたし、ニナに指示を出した時には、最悪、自分が倒れてもケンとニナがなんとかできるように布石は打っておいた。
だが、それは飽くまで最後の手段として。それがニナにとっては悲しかったようでその声は震えている。
「僕はね、出来るだけ君たちに美しい未来を見てもらいたいんだ」
優しい声でガナーシャは背中越しにニナに伝えていく。
「だから、汚れるのは僕だけでありたい。勿論、それは願望でしかないけれど」
ニナの背中を拭く手が弱弱しい。それが納得なのか寂しさなのか喜びなのかガナーシャには分からない。だけど、ガナーシャは信じていた。自分の選択を。
「それが僕のような大人が、君たち子どもにできることだと思ってる」
「それが私のような人間であってもですか。貴方と同じ闇を持つ人間である私でも」
「君だからだよ。君に少しでも綺麗な景色を見せてあげたいんだ」
ニナの手に一瞬ぐっと力が入るのを感じ、ガナーシャは笑う。
恐らくニナは思い切り目を見開いて、そして、顔を赤くしているのではないだろうか。
ガナーシャはその想像で笑う。
「そう、ですか……ありがとうございます。うれしい、です」
拭き終えた背中いっぱいに刻まれた黒い紋様を愛おしそうに撫で、ニナはその指を離す。
「ありがとう、ニナ」
「こちらこそ……あの、ガナーシャさん。も、もう一つだけお願いが……約束、してくれませんか? 勝手にいなくならないって、私を一人にしないって」
ニナの声は、いつもの堂々とした優しい聖女の声ではない。仮面を外した一人の女の子の声だった。
彼女の孤独は十分に分かる。ガナーシャもかつてはそうだったから。
孤独は怖い。一人の時は、闇の声が良く聞こえてしまうから。
「わかった。約束する」
「じゃ、じゃあ、私とも小指のアレを、しましょう」
そう言うとニナは自身の小指を差し出す。
ニナは、ガナーシャがリアと約束を交わすために小指を絡ませたことがとてつもなく羨ましかった。そして、寂しかった。
「分かった」
「あ! そのまま! そのままでかまいませんから! その状態で小指を立ててお待ちください」
そう言われガナーシャはその指示通りに小指を立ててニナを待っていると、ニナは背中越しに右腕を伸ばし小指を十字に絡ませてくる。そして、そのまま左手で後ろからガナーシャに抱き着いてくる。
「ちょっと、ニナ!?」
「約束ですから。ガナーシャさんは絶対にぜったいに勝手に居なくならないで。私を一人にしないで……お願い……!」
ニナの震える声と身体にガナーシャは困ったように笑い、小指をしっかりと絡ませ、諭すように話しかける。
「約束だ。勝手に居なくならない。君を一人にしない」
ちゅ。
その時、首筋に唇の感触を感じガナーシャは全身から汗を噴出させる。
「ニナ!」
「ふふふ、そういえば首を拭くの忘れてましたね。しょっぱかったです。では、ごゆっくりおやすみなさい」
顔を真っ赤にしたニナが部屋を出ていく。
ガナーシャは赤茶のもじゃもじゃ頭を掻いて困ったように笑う。
外はもう暗くなってしまっている。
ニナは今日は良く眠れるだろうか。
ケンは部屋に帰ってきてるだろうか。
リアは悪い夢を見てないだろうか。
他のみんなも今日一日を笑顔で終えられただろうか。
ガナーシャは小さな祈りを捧げ、そして、止めた。
「さて、ここからは、本当に、醜い大人の時間だね」
そう言ってガナーシャは腰を上げる。
「ああ、じゃあ、行こうか。アシナガさん」
「ん」
迎えに来た二つの影に微笑み、重たい足を引きずりながらガナーシャは夜の闇へと消えていった。
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リライトですがコンテスト用短編もよければ!
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